7.猫だからっ!
宿で過ごす初めての午後。私は冒険者ギルドで貰った書類とにらめっこをしていた。
この世界において不便に感じることといえば、電話の類がないことだろう。離れた人と直ぐに連絡、それに伴って進化したネットワーク。なんてものは全くない。
電波というものはあるのに、なんで電話というものは産まれなかったのか。それはひとえに、直ぐに連絡を取る必要性がなかったことに尽きるだろう。
上司に問わなければ動けない。隊長に判断を仰がなければ魔物と戦えない。そんなことは断じてなくて、この世界では個人の判断で思うように動き、迷惑をかけないようにしようと自然に気を使える――人が多い。
だから、報告するようなことがあったとしても、それは後になってからでも充分なのだ。
まぁ、この辺りは説明するよりも、肌感覚として感じいるものだと思う。だって現代人にとって電話、取り分けスマートフォンがない世界なんて信じられないじゃん。
「私、よくこののんびりとした――けれども危ない世界を受け入れて生活しているよなぁ。あぁ、この書類をスマートフォンで撮影して、AIに要約させたい」
こんな便利なものがあるくせに、と胸元のゴーグルをコツンと叩く。
いっそのこと、私が電話、スマートフォンを発明しちゃったり? それで莫大な利益を上げちゃったり? ……そんな頭脳があったら、とっくにやっているっての。
パタンとベッドに倒れ込んで、もうひと踏ん張りしようと書類に目を向ける。
アキナとハルコは夜にならないと戻らないと踏んで、掲示板には何も書かなかった。
「えっと、加入者は一ヶ月の研修期間が義務付けられる。ただし、期間内にダンジョンを攻略できた者には、その期間を免除する」
要は、明日にでもダンジョン攻略を成し遂げれば、その時点で研修期間は終わるってことか。
免除とか、そういう言い回しはやめてよね。私、そこまでの学力はないんだもん。自慢じゃないけどおバカよ? ノリと感性だけで生きているよ?
気分転換に、ふかふかふわふわな掛け布団を両手でふみふみ。あぁ、なんか落ち着く。
「で、研修期間が終わると何ができるのよー。武器や防具のメンテナンス費用の補助? いらん。そんな金は腐るほどある」
もっとこう、私にメリットはないのかー? と不遜な事を考える。
「併設カフェの割引」
お金に関することばかりなの? いや、まぁ、そりゃそうか。でも、ゴールドカード以上の人が多い環境なら、もっと違ったサービスがあってもいいと思うのだけど……。
「宿の宿泊料の割引」
読めたぞ。ふふっ、バカはバカなりに考えるのだ。この割引連打は、そう。金持ちに金を使わせようとする策略だ。横の繋がりがあって、割引を受けたところが儲けるような仕組みが……。
という、陰謀論。ま、実態はただの善意だと思うけど。
「ダンジョンの攻略状況は、各街の冒険者ギルド支部にて確認ができる、と。縄張りとか、あったりするのかな?」
それに関しての記述は……あった。
「ダンジョンの攻略において、冒険者ギルドで申請を出した順に優先度が付与される。それを侵害したものには罰金が科せられる、か」
つまり、ダンジョンに挑戦する際には必ず冒険者ギルドで受付を済ませてからにしてくれ、ということか。
だから、優先度の付与とかそんな言葉じゃなくて、シンプルにそう書いておくれよって。
「うにゃー、なんか面倒くさくなってきた」
書類はまだ一枚目。少し飛ばして一番最後まで捲っていくと、現時点で存在している街付近のダンジョンが記された地図が載っていた。一つ手前にはこの街の地図。
街の両端にある駅は、それぞれ東西に位置しているのか。つまり、現時点の方角に合わせると……。
書類を車のハンドルのように持って、くるくると回転させる。そもそも、二つの駅の違いを私はまだ理解していない。
「電車に載ったこと、なかったなぁ」
この街に来るだけでも、村から馬車で一週間だ。他の街にだって相応の距離があった。美観地区だから線路も造られなかったし、走る電車なんて写真でしか見たことがない。
「載って、みようかな?」
ダンジョンに挑戦するついでに、ね。かつての電車通学を思い出して、私の尻尾はゆらゆら揺れた。
気になってしまうと、もう、じっとしていられないの。猫だからかな? それは分からにゃいけれど。でも、どうにも落ち着いていられなくて、今日のうちに受付を済ませてしまおうと。
私は宿を出て、再び冒険者ギルドへ向かった。




