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第九十一話 英傑都市ヴァルカント

 もし私がこの都市で生まれていたのなら、きっと今とは全く異なる道を歩んでいただろう。


 そう思える程、英傑都市ヴァルカント、ひいては覇者の塔と呼ばれる魔窟は今までの常識から外れていた。


 私は入り口で配布されていた地図に目を落とす。


 高く聳え立つ塔を中心に放射線状に伸びたいくつもの道が、円形の都市を等分にしている。


 都市の入り口から塔を挟んで反対側へと抜ける道は取り分けて広く、それがこの都市におけるメインストリートのようだった。


 道沿いには、店舗を構える食料品店や生活用品店等に混じって、炉端に布を敷いただけの露店なども数多くみられる。


 販売しているのは、雑貨、と呼べばいいのだろうか。


 兎に角種類がバラバラで、ナイフ等の武具もあれば、良く分からない魔物の甲殻らしき物まで販売している。


 いずれにも値札が貼られているが、同じ様な物でも全く値段が異なっていたりするので、正直言って全く理解が出来ない。


「露店通りの名に恥じない景観ね」


 車をゆっくりと進めながら、運転席のナタリアが呟く。


 物珍しさからだろう。道行く人々からの視線を感じるが、思ったよりもその数が少ない。


 街の人々の視線の中心は、どうやら皆が見上げているあの塔にあるようだった。


 英傑都市ヴァルカントは、あの覇者の塔を『攻略』するために集った人間と、それを目当てに商売を行う人間達で構成された都市なのだった。


 この場合の攻略と言うのは、連合が魔窟を制圧する際に用いるそれとは趣が違っている。


 覇者の塔の迷宮核は、遥か千年近くも前に勇者によって制圧されているのだ。


 この都市での攻略とは即ち、現在の魔窟管理者である龍が繰り出す全百階層の魔窟を、限られた期間でどれだけ上へ進めるか、という事に他ならない。


 命の危険がある魔窟探索を娯楽の様に扱う事に対して少々の忌避感を覚えるが、挑戦者たちは何も遊びでやっているわけでは無いらしい。


 誰が何処まで進んだのかという情報は随時収集され、この都市の冒険者ギルドでその結果は公表されている。


 それはそのまま、本人の実力を分かりやすく示すバロメーターとして機能し、名誉と実績は仕事を呼び込む。


 所謂成績上位者、トップランカーともなればバトランド皇国での栄達は約束されたも同然という事だった。


「それに、覇者の塔では失われた技術を基に作られた前時代の物品が、他と比べれば良く見つかるそうです。アダムさんも、すっごい前に魔窟内で金貨を拾ったと仰っていたでしょう?」


 マールメアが、やはり入り口で貰ったパンフレットを私に差し出しながら話しかけてきた。


 本当に昔の事となったが、宝箱としか言いようのない例の箱の事だ。中身の金貨は神経網に変わったので、現物はもう無い。


 魔窟内では極稀にそういった財貨等が納められた箱が見つかる時がある。


 それは単に『箱』とも、あるいは『漂流財』とも呼ばれ、魔窟に備わった不思議な機能の一つとして認識されていた。


 研究によると、魔窟で命を落とした人間の所持物、あるいは持ち込まれたが手元から失われた物品は、何時の間にか魔窟に取り込まれその姿を無くすという。


 それは、全く異なる場所、そして時代を経て、他の魔窟に出現した箱から見つかることが有るのだという。


 これは、魔窟全体が一つの大きな繋がりを持つことの表れで、その事実はやはり魔窟と言う存在が、魔物同様人知の及ばぬ神の領域に存在することの証左でもあった。


「私は、やはりこの都市は好かない。いくら勇者の遺言とはいえ、魔窟を軽視し過ぎだ。そんなだからバトランド皇国は未だに大戦の時の思想が抜けきらんのだ」


 セルキウスは仏頂面で道行く人々には聞こえない程度の声量をもって不満を告げる。


 正直、私もセルキウスの意見には頷けるところが大きい。


 だが、この都市が、私も良く覚えの有る、まるでテレビゲームのようなシステムの上に成り立っているのには理由があった。


 ズヌバが倒された後、生き残った勇者の一人である『キサラギ』は、一体の龍と共に世界を旅したのだという。


 その旅の途中に、当時誰も制圧することが出来なかったこの超大型魔窟に辿り着き、集めた仲間と共にこれの制圧に成功した。


 以降は、元々周辺の土地を治めていたバトランド皇国で高い地位に就き、寿命が尽きるまでこの都市で暮らし、以降は英雄として祀り上げられている。


 その勇者の遺言が、死後もこの魔窟を現在のシステムで運用し続けて欲しいとの事だった。


 もしかしたら、私以上に過酷溢れるこの世界の有様を思い知らされていた現代人の、世界に対する抵抗の一種だったのかも知れない。


 種族として、その言動などの端々から神々に良い思いを抱いていない事が垣間見える龍が、そんな遺言を今も守り続けているのが、その証ともいえるのかも知れなかった。


 私は、都市に入る前に塔の頂上で翼を広げていた黒い龍の姿を思い返していた。


 あの龍こそが、魔窟管理者。だが、その名前を知る者は殆どいない。


「百階層まで行けたら、名前を教えて貰えるそうです。現在彼の龍の名前を知っているのは、人間ではバトランド現皇帝だけだそうです」


 話を続けている内に、私達は大通りを少し外れた所に位置する今回の宿に到着した。


 しかし宿と言っても、宿屋ではない。


 私達が到着したのは周囲を塀に囲まれ、大きな門構えを備えた邸宅であった。


 邸宅の使用人が私達の身元確認を取り、しばらくして門が開かれた。


 門の向こう側から、ゆっくりとした足取りでやって来て私達を出迎える、威風堂々とした老人の姿が見えた。


「どうやら、また会えたようだな。ゼラ殿が居ないのが、少し残念ではあるが」


 にやりと笑うその老人は、この邸宅の持ち主でもある元バトランド皇国将軍、そして現バトランド皇国連合支部所属のガルナ・バートンだった。


「この度は、ご厚意に与らせていただきまして、誠にありがとうございます」


 車から降りたセルキウスがしっかりと頭を下げながら挨拶を行う。


 他の車に乗っていた面々も、それぞれ足早に集合して挨拶を行った。


「何、貴殿達には大変世話になった。この程度であれば協力は惜しまんよ」


 にこやかに受け入れを進めるガルナの視線がロットを僅かに捉える。


「自分の家の様に思ってもらって構わん。儂は、この後帝都に戻らねばならないのでこの家からは離れる。用が有れば、使用人に声を掛けてくれ」


 少し予感がする。


 私は丁重にお礼の言葉を述べた後、ガルナのいなくなった後、この家に残る人間について質問を行った。


「なに、掃除や料理等、貴殿らの世話を行わせてもらう使用人と……ああ、一から鍛えなおすつもりでいるベルナがおる。今は塔に向かっているだろうが、話は済んでおるよ」


 なるほど、そう来たか。


 ベルナも連合所属の人間。しかも家主の類縁だ。


 間借りするのがこちらである以上、何も問題は無い。


 私は特に気にする様子も無いロットの様子を見て、これからの展開に気を揉むのだった。


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