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第八十三話 廃された者の足掻き

「調子に乗るなよ! 魔物風情が!」


 肉の巨木に意識を乗り移らせたズヌバが吠える。


 恰好つけてはみたが、状況は悪い。


 統括装置を取り込んだズヌバはそれを扱い、汲み上げた魔力の恩恵を受けることが出来ている。


 相手の魔力は実質無限大だ。


 対してこちらは二人。


 いや、違った。


 向こうが一人、こちらは大勢だ。


 舐めるなよ。


 私達に向かって、四方八方から丸太の様な触手の鞭が繰り出される。


 前方の分は、チェーンソーを振り回すことで事も無げに四散させていく。


 グレイプニルの力が乗った鋸刃の一撃は、僅かに触れるだけで龍であるズヌバの身体を連鎖的に破壊する。


 それは、これまでにも怪物にこの鎖が効果的だった事の理由でもあった。


 そして背後の分は――


「うりゃうりゃあー!」


 ゼラが、肉々しい触手を、私達の身体の一部でもある液体金属を操作して迎撃する。


 装甲の一部が変化した、金属製の鞭の様な極細のそれが、自身の何十倍もの太さの触手を輪切りにしていった。


 その勢いのまま、突撃を敢行する。


 ズヌバの怒りに濡れた瞳共が血走る。


「あっ! アダム、タンマ! 構えて!」


 ゼラの忠告と同時に、聳え立つ肉の柱から衝撃波が同心円状に放たれた。


 前に構えた鋸刃が、それすらも引き裂くことで威力が減じたようだが、それでも私達の身体は大きく後ろに押し戻されてしまった。


 あの時、君を弾き飛ばしたのはこれか。


 私は、光の柱が立つ前にゼラが悲鳴を上げていた場面を思い出す。


「あの時これが無ければちゃんと仕事出来たからね!」


 ズヌバか、統括装置か、その両方かは分からないが、敵意を持って接近する相手に対してカウンターで発動するようだ。


 厄介な。


 全天に確保してる視界の左側で、巨大な三又の指を生やした岩の塊が持ち上がる。


 それが、グラガナン=ガシャの腕である事に気付いた瞬間、それが私達の立つ最上階に落ちてきた。


 衝撃が塔を揺らす。


 それによってこちらへの追撃が緩んだ。


 二体の龍の異なる魔力がせめぎ合っている証の二色の稲妻は、未だにその腕に纏わり付いたままだ。


「はははは! 良いのか? グラガナン?」


「ちょっと寄りかかっただけだ。断じて攻撃ではない」


 彼の頭部が持ち上がり、私達の姿をその澄んだ瞳に写した。


 なんてことだ。


 彼の身体は至る所がピンク色の結晶に侵され、疵の様に罅割れた岩石の隙間から緑色の魔力光が漏れ出している。


 散水塔から降る邪血を含んだ水は、穢れた雨となってその身体を苛み続けていた。


 彼に絡みつく触手はその数を明らかに増やしている。


「こいつは余裕ぶっているが、身共にかまけている。こちらは気にするな。今の内だ」


「グラガナン! 地表の保護を余に回せ! 流石に死ぬぞ!」


 上空のシャール=シャラシャリーアがその翼を大きく広げた。


 無機的なその翼が、格納された機構が展開されるようにその大きさを更に空に広げていった。


 四つのプロペラ上の機構が彼女の翼から離れ、それぞれ円を描きながら四方に飛ぶ。


 そのままそれらは淡い光の粒を地表に向かって降り注ぎ始める。


 光の粒に触れたズヌバの身体が不快な音を立てて灼けて行く。


 ズヌバの触手がそれを振り払うように上空に殺到し、狂った様に暴れ、のたうつ。


「貴様! 偉そうな口を叩くと思えば! 大人しく指を加えていれば良いものを!」


「黙れ! 逝ね! 流れ弾はノーカンじゃ! ノーカン!」


 減らず口を叩いているが、流石にそれは通らないようで、シャール=シャラシャリーアの身体にも亀裂が走る。


 彼女の命もが削れて行く。


 あんなに直接的に罰が来るとは聞いていない。


 灼熱が、心と身体のの中心からせり上がってくるようだった。


 私は右腕の殺戮装置を突き出しながら、爆発的な加速を伴った前進を行う。


 いくつかの眼がこちらに向き直り、再度衝撃波が発生する。


 それを強引に切り裂きながら、突破する。


 装甲板がいくつか剥ぎ取られたが、遂に私達は接敵に成功した。


「ぶった切られろ!!」


 押し付ける様にしてチェーンソーを食い込ませると、それは美しく残酷な歌声を存分に周囲に響かせた。


 横に深く食い込ませ、それが限界に達すると絡みついた肉を吹き飛ばしながら引き抜き、今度は角度を付けて斜めに入刀する。


 大木切り倒す際に追い口を作る様に、奴の身体の一部を切断する。


 ゼラが開いた口に向かって楔型に変化させた杭状の攻撃を絶え間なく打ち込む。


 それを、奴の周囲を沿うようにしながら繰り返す。


「貴様らああああああああ!!」


 奴の百眼に赤い光が灯る。


「ゼラ、鏡――!」


「そういうあれ(・・)ね!」


 (かつ)て魔導戦車が打ち出してきたような魔力弾が、私達目掛けて雨の様に降り注いだ。


 それが放たれるより早く、融合しているためか私の意図を瞬間的に読み取ったゼラが、液体金属を操作して鏡面を持った盾を傘の様に何枚も展開する。


 角度を変えながら降り注ぐ光線を、細かく位置を調整しながら跳ね返し続ける。


 鏡の盾に光線が当たるたび小気味の良い反射音が鳴り、まるで本当に土砂降りの中傘を差しているようだった。


 それ故、被弾は免れなかった。


 互いに互いを本気で殺そうとする殺気に塗れながら、私達は踊る。


 装置は何処だ。


 上か下か。


 ズヌバを切り刻みながら、私は装置の現在地を探った。


 こいつの性格の悪さを考えれば、地面に埋没していた装置の場所を、自分の身体の別の場所に移していても不思議ではない。


 奴は自分の身体を再生させようとしているが、屠龍の力を備えたチェーンソーで抉られたそれは、打ち込まれた楔の効果もあって容易に再生出来ないでいる。


 しかし、装置が大地の魔力を吸い上げている限り、その結果は見えている。


 最後はいつもこれだな。


 降り注ぐ光線と、襲い来る触手をゼラに任せ、私は遂に奴の胴回りの半分に追い口を彫り込んだ。


 私は右手を奴の身体に食い込ませたまま、バック走で反時計回りに追い口の反対側に回る。


「うおおおおおおおおお!!」


 プロペラから枝分かれした失われし理の鎖(グレイプニル)が、遥か昔にそうしたようにズヌバの身体を縛り上るために奴に向けて殺到する。


「只の魔物如きが! 何故!? 何故それを扱える!?」


 知らねえよ!


 グレイプニルが奴の身体の上方に巻き付く。


 ズヌバの光線がそれを焼き切ろうとして、私達に向けていたそれの半数をそちらに回した。


 こちらへの圧力が減る。


 その隙を見逃さず、私は最上階の縁に向かって全力で走行しながら鎖を引く。


 肉の大木が、自身の重さによって傷口を広げ、徐々にだが確実に引き千切られつつあった。


 もう一回綱引きと行こうか!


 鎖自体が自らを縮める力と併さって、ズヌバの身体が引き倒されて行く。


 それに伴って、傷口側の散水装置の出が明らかに悪くなる。


「アダム! あれ! 多分こいつの身体の中に装置が有る!」


 やはり、場所を動かしていやがった。


 だが、このまま引き倒せば、奴の身体と共に統括装置が塔から離れる。


 切り株を滅多切りにする手間が省けるという物だ。


「ふ、ざ、け、る、なあああああ!」


 怒号が、空間を揺らす。


 そして、巨木から突如として飛び出してきたそれが、塔の最上階を揺らした。


「キモ! キモイ! マジで見た目がヤバい!」


 また腕か!


 地面に突っ張る様に、大木の途中から何対もの、鱗が乱雑に生えた腕が現れていた。


「仕方がない! 得られた魔力は少ないが、これで目的は達した! 身体だ! 我に相応しい身体!」


 ぶつんと、奴が塔と繋がっていた自分の身体を自切する。


 同時に、奴を捕縛していたグレイプニルが焼き切られてしまった。


 突然支えを失った私達は込めていた力に比例して地面を無様に転げる羽目になった。


 横倒しになった腕付きの巨木が、全身をまるで粘土細工を捏ねるかの様にその形を変貌させて行く。


「蜥蜴かよ……!」


 龍と呼ぶにはみすぼらしい、だが、私が今までに見たズヌバの身体の中では最もそれに近い存在がそこにはいた。


 頭部は密度を有り得ないほどに増した眼球の塊の如き様相で、しかし爬虫類を思わせる形状をしている。


 鱗がまばらに生えた腕は、その表面をぬらぬらとテカらせていた。


 千切れた部分は肉がそれを塞ぐように寄り集まって、不格好で短い尻尾を思わせる形を取った。


「はははは! 見ろ! 龍だ! 龍に戻ったぞ! 龍だ!」


 最上階の半分を横切るように倒れ伏したまま、ズヌバは喜色に塗れた声を上げた。


 龍ではない。


 何故こいつが『廃龍』と呼ばれ、この散水塔に現れたのか、これで分かった。


 奴は、グラガナン=ガシャやシャール=シャラシャリーアが出来ている事が、出来ていない。


 こいつは神の定めに反し、禁を破って自らの命を長らえさせた。


 だからだろう、龍が龍であるならば持ち得る力を失っている。


 この世界の魔力の流れを、正すために用いられる力。


 世界から、己の役目たる龍を廃された(・・・・・・)のだ。


 こいつは龍であって龍ではない存在に堕ちた。


 だが今やそれは、不完全ながらも奴の体内に宿ってしまっている。


「統括装置を持っていく気か……!」


 装置を失った散水塔は急速にその活動を停止させつつあった。

 

 大きく裂けた口の端を吊り上げ、多数の眼を細める目の前の此奴は、明らかに笑った。


 必死になって、傷つきながらも都市とそこに住む命を守ろうとした者達全てを、嘲った。


 そして腕を使って素早く這いずりながら、塔の上からその身体を翻す。


 急ぎそれを追うが、奴が塔の側面を破壊しながら地面に降り立つ方がどうしても早い。


 その歪な巨体を引き摺り、進路上の建物を破壊しながらズヌバは都市の外に向かって逃走を開始した。


「あいつ! 何あいつ! クソ過ぎる!」


 逃げ足が速すぎる、追いつけない。


 稼働を止めた散水塔にシャール=シャラシャリーアが静かに降り立った。


 全身に罅割れが走り、明らかに憔悴している。


「あ奴、め。やりたい放題、やられてしまったな……」


 その身体が光に包まれると幼い子供の姿が現れた。


 その幼い身体にも、まるで鉱物が砕けた様な、見るに堪えない裂傷が刻まれている。


 散水塔を囲み都市を守っていたグラガナン=ガシャは、最上階に片腕を乗せていた状態から疲れ切ったようにそれを外すと、その頭部を代わりにそこに据えた。


「追えぬ。霊峰に向かったか。カルハザールに抜ける腹積もりだろう。向こうの龍に伝えねば」


 グラガナン=ガシャは平静を装っているが、その傷はシャール=シャラシャリーアよりも深いように見える。


 私の身体からグレイプニルが剥がれ落ちると、それと同時にゼラが元の水の身体を取り戻して床に臥せる。


「ねえ……負けってこと? あのクソキモイのに負けた訳?」


 私は、奴が勝ち誇る様にその姿を晒しながら突き進む姿を眺める。


 早いが、遅い(・・)


 そして、足元の散水塔を見る。


 その形状は元の大聖堂には戻っておらず、中央には統括装置を剥ぎ取られ、無残に空いた大穴があった。


「いや、負けてない」


 恐らく、出来るはずだった。


 感覚でしかないが、それを行えるという自信が有った。


「魔力が、いる。兎に角大量にな」


 ズヌバが駆け抜けていった事で都市には破壊の跡が見られるが、ライラ達は上手くやったようだ。


 都市の外には相当数の人間がその命を拾った様子が伺える。


 そして、ライラとサーレイン達が最上階の縁に立つ私達に向かって手を振る様子も見えた。


 魔物の相手をずっとしていたのだろう。彼女達もボロボロだった。


 さて、さて、さて。


「アダム、キレてる?」


 ゼラが、そんな質問をする。


「キレてるよ」


 キレてる。


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