第八十二話 アーキテックチェーンエッジメタルワークス
「離せええええ! ゴーレム如きがあああ!」
何処から声が出てるんだお前は。
その疑問の答えは即座に判明した。
奴の背中から、這い出る様にして裸の人間の上半身が生み出される。
最初に見た導師ではない別人の姿だったが、それももう、誰なのかは全く分からない。
背中の人間の周囲から、恐らくはそれぞれ別の人間の持ち物であった腕が次々と生えてくる。
それが一つの魔法を練り上げていく。
近づく者を許さない勢いで風の魔力が擦り合わされ、完成された魔法が通る為の経路が奴とゼラの間に形成される。
輪となって人間の身体を囲む腕の間に青白い放電が目に見える形となって表れた。
それを見た時点で、ゼラは自分の両腕を重ね合わせる様にして前方に構える。
彼女の腕から一切の色が急速に抜けていく。
そしてそれが、彼女の眼前で大きく広がり水の盾となった。
本来電気を通さないはずの大気に絶縁破壊が引き起こされ、『雷撃』がゼラに向かって撃ち込まれた。
嘗て私が弾丸として放った『雷球』と同じく風系統で最上位に位置する魔法だ。
衝撃波がその場に居る全員を襲う。
魔法を放った怪物はその余波で、それを放つと同時に炭化していた詠唱者の腕と自身の背中を大きく損なった。
ゼラに襲い掛かった稲妻は、彼女が成形した盾に着弾する。
一瞬でそれは蒸発するが、非伝導体である純水で構成されたであろう盾はその役目を充分に果たした。
だが、自身に向かって横に降った落雷の衝撃を全て緩和できる訳も無く、ゼラの身体が激しく後方に吹き飛ばされる。
「おっご……」
最上階の床を、ゼラが回転しながら転がっていく。ようやく止まった終点で身体を起こそうとするが、衝撃が全く抜け切れていない。
怪物から、泣き声にも似た、擦れ切った複数の人間の笑う声がする。
目減りした怪物の背中が修復を開始し、また別の人間が生み出されようとしていた。
私は左手の甲から刃を展開すると、自分の身体に配置されていた複合剣のパーツを、パイプや装甲ごと集約させる。
現れたのは、銃身を持つ両刃の大剣だ。
私の魔法によって、銃身となったパイプの中に急速に螺旋模様が刻まれ、それより一回り小さい金属の杭が連続して装填される。
その材料は私自身の装甲板だ。身を削って撃ち込むからには、貴様の命も削らせてもらう。
大気を裂く音と共に、奴の全身に中空となった金属の杭が撃ち込まれていく。
それは怪物が引き出しつつあった哀れな犠牲者ごと奴の身体を抉り、内容物を吐き出させていった。
同時に、右手のグレイプニルを高速で巻き取る。
距離が縮まると共に、大剣と化した左手を高速で回転させながら筋線維がむき出しとなった怪物の胴体に力任せに捻じ込む。
肉が引き裂かれる快音と共に、銃身として中央に据えられたパイプの後方から奴の命が排出されていった。
最早全身から発せられる悲鳴を響かせながら、怪物は腕塗れの両腕を我武者羅にこちらへ叩きつけまくる。
元は車のそれに過ぎない装甲が陥没し、身体から剥がれ落ちていく。
互いの距離が恋人のそれを思わせる程に近くなり、奴は自分の身体から触手を生み出しては私に絡みつかせて来た。
望む所だ。
今、殺してやる。
鎖を纏わり付かせたままの右腕で、奴の鰐の頭を抱え込む。
同時に、両手両足に付いているタイヤのチェーンに刃を展開した。
互いに組み付いた状態で、私は自分の身体のパーツで回転できる物を全て全開で回す。
左腕が、四つのタイヤが、右肩のプロペラが、ものみな怪物に対する殺意で高速回転する。
壊れた噴水の様に奴の体液が辺り一面に撒き散らされ、聞くに堪えない悲鳴もまた響き渡る。
「アダム! もうちょい頑張って大しゅきしてて!」
力抜けるわ。
目の前の巨体が邪魔して確認できていなかったが、どうやらゼラは復調したようだ。
言い方に問題はあったが、勿論この状態を継続する事に否は無い。
このまま行ければ私達の勝ちだ。
つまりそれは、このままで行く筈がないという事だった。
「主様ああああああああああああああ!!」
酷い、泣き声だ。
汚濁に塗れた命の咆哮が、懇願と哀切を伴いながら残響する。
「なになになに!? きゃあああああ!」
怪物の身体越しに、統括装置から光の柱が伸びるのが見える。
同時に散水塔全体が震えだす。
「アダム! ズヌバの意識が来る! 奴が集った邪血目掛けて強引に、ここに分体を降ろす!」
未だ邪血の雨を受け止め続けるグラガナン=ガシャが警告を発した。
ここに?
何に?
「グラガナン=ガシャ!」
次の瞬間、散水塔の外壁を吹き飛ばしながら出現した赤黒い触手がグラガナン=ガシャを縛り上げる。
「塔だ! アダム! 塔を止めろ! 身共は気にするな!」
触手に絡みつかれた龍は、緑色の稲妻の如き魔力を纏いながらそれに対抗している様だった。
だが、塔全体の振動は激しくなる一方だった。
「あの御方が応えて下さった! 我らに! 主様ああああ!」
我らとは、笑わせてくれる。
もう、お前達に自意識など残っていないだろう。
これは人形遊びだ。
その叫びに応えたつもりか。
いくら何でも反吐が出るぞ、ズヌバ。
私達の足元が罅割れ、何本もの触手がそれを広げながら天に向かって伸びる。
それが統括装置の真上、その一点て交わり一気に下に降り注いだ。
「栄光に浴せよ! あの御方こそ力だ! 龍だ! 龍の力だ! 授けて下さる! 矮小な我らに! ちか――」
狂ったように叫び続けていた人形がその役目を終わらせたのか、強引にその役目を押し付けられ、穢された命の数々と共に崩壊し、それは啜り貪られるだけの存在と成り果てた。
私が削り取り、床に散らばった命の残滓と共にそれらが中央に吸い寄せられる。
「ゼラ! こっちに来い!」
「来てる! 来てる! 言われなくても一人は無理!」
床を滑るように移動しながら高速でこちらに向かって来るゼラを、私は身体で受け止める。
統括装置が肉で埋もれ、そこから発せられる光に纏わり付くようにして何かが生まれようとしていた。
眼が、こちらを見た。
見覚えのある眼だった。
甘く、苦い匂いがする。
「甘ッ……!」
「しっかりしろゼラ。この世界で私が知る限り、最悪な奴が来る」
やがて、まるで巨木の様に最上階に肉の柱が聳え立った。
その側面全てに、大量の奴の眼が開いている。
黄色く、そして長い瞳孔を細めた龍の眼だ。
「また、貴様か」
「こっちの台詞だ」
とうとう表に出てきたのは、命にしがみ付き、それを啜り喰らう廃龍だ。
「ああ、ここか、色々やってみたが、ここが成功したか。どうやら、精神的に不出来な人間が集う場所は成功率が高いらしい」
百目鬼の如きそれを盛んに動かしながら、ズヌバはそう言い放った。
「そして、面白い奴がいるな。グラガナン=ガシャ。尻ぬぐいの果てに、私に抵抗らしい抵抗すらしないとは。そんなに禁が怖いか」
「貴様の有様を見て、何が正しい行いなのか分からぬ龍はいない。恥さらしめ。疾く滅びよ」
その言葉を聞いたズヌバは面映ゆげに全ての眼を細める。
だが、少ししてその瞳達は一点を見つめだした。
霊峰から、猛烈な速度で飛翔体がやって来る。
「ズヌバ! お主、何という姿じゃ! 汚らわしい! 早よ逝ねよや!」
結晶を纏った龍本来のを取ったシャール=シャラシャリーアが塔の上空でその翼を広げながら言い放つ。
「なんだなんだ。貴様ら、私に手を出せないから、口ばかり達者になって。精々知恵を絞って抵抗するがいい」
ズヌバは自らの触手をシャール=シャラシャリーアに向けて放つ。
彼女はそれを更に高く飛翔することで躱すが、拘束される恐れがあるため、今後高度を下げてこちらに近づくことは難しいようだった。
「アダム! ゼラ! 可能な限り対処するが、事こうなっては最悪も覚悟せよ! だがグラガナン! 短慮は起こすなよ!」
彼女が叫ぶや否や、パーマネトラという都市全体を囲むように水晶の塔が発生する。
こちらに影響が生じなかった事で、それが外側に影響を及ぼさないようにする処置であり、内側を改善する行為でないことが予想出来た。
龍がその力を持って直接対応すれば、この事態はそれで解決するだろう。
この地に散水塔が生まれる前も、その後も、その理屈はこの世界にずっと存在していた。
だがそれは世界の決まり事を破り、更なる災厄を呼び込む事になるのだろう。目の前の肉の柱を見れば、それは火を見るよりも明らかだった。
そもそも考えてみれば、グラガナン=ガシャ達はずっと尻ぬぐいを行ってきた。
禁を破った同族の、思いあがった人間の、その過ちに一番歯噛みしてきたのは彼等だろう。
これは、そういう話で、こういう世界だ。
神様が定めたルールの上で生きるしか無い私達生き物の、世界の話だ。
「ふざけてる」
そうだな、ゼラ。
これはふざけた話なんだ。
だがそれは、諦める理由には、まだ、ならない。
目の前で起こっている事態が大事が故に、逆に周囲を見る余裕が私には生まれていた。
ライラも、サーレインも、まだ、諦めてはいない。
彼女達は、地上の混乱を自分のやれる範囲で何とかしようと頑張っていた。
自分に備わり、鍛え育てた力で魔物を打ち倒し、人々を守っていた。
彼女達は、この世界で精一杯生きている。
だから、諦めない。
このふざけた世界に生まれ変わった大切な人を、ふざけた身体で守る。
「逃げたいか、ゼラ?」
「それは勿論。私、そもそもサーレインを連れて逃げるつもりだった人だし」
そうだな。そうだったな。
「私、正直言ってあの子以外大事じゃないもの」
私達の会話を聞いていたらしいズヌバが、こちらに視線を向ける。
「ほう、なんとも人間らしい。正直神の遣わした貴様達の相手など、面倒極まりない、御免被るのよな。逃げても良いぞ。今はな」
「何話に入って来てんのよ、キモ。あんたに話してないわよ」
おーおー。効いてる効いてる。
ズヌバが不愉快さを眼に表している。
「でも、その大切なたった一人が、困ったことにこの街の人間皆を守りたがっているのよね。それにあんた、何で自分が嫌われてるか分からないわけ?」
私は右腕に絡みつく鎖に力を込めた。
「気色悪い物おっ勃ててるんじゃないわよ。教育に悪いし、くそ邪魔」
ゼラは、恐らく相手には伝わらない私達の世界由来のジェスチャーを行う。
具体的には真ん中の指を立てた。
仕方ないので、私もそれに付き合った。
私の身体は先ほどの戦闘で所々装甲が剥がれ落ち、奴の最後の抵抗で武装も少なからず破損した。
ゼラはその表面積こそ変わっていないが、かなりの体積を損なっている。
二人とも万全とは言い難い。
だが、やる気は充分だ。
それに、思いついたことが有る。
「ゼラ、私を信じてくれるか?」
「えー? んー? いいよ」
妻から見たら、浮気になるかもな。
そんなくだらない事を考えながら、私はグレイプニルをゼラに向ける。
私と彼女の間に鎖が橋渡され、次第に距離か縮まる。
彼女の身体が私に浸透して行く。
そして遂に、私とゼラのそれがゼロとなった。
身体の内側から溢れ出す金属光沢を持った銀色の液体が、私の失われた装甲を補う。
発生した液体金属は全身に浸透し、爆発的に身体を強化した。
右腕のグレイプニルはプロペラに絡まって、輪を描く鎖が右腕に纏めた大剣の縁を彩り、その鎖には、やはりべったりと液体金属が付着していた。
それは瞬間的に凶悪な刃を形成し、最後には巨大なチェーンソーが右腕に生み出されてた。
螺鈿の光彩を強めるグレイプニルが、私達を縛り上げ、理屈を超えるその力を発揮した。
「あらー。経験値沢山持ってる系スライムになっちゃった」
自分の内側からゼラの声がする。
彼女の意識は私とは別にしっかり存在し、それを示すかのように液体金属部分が蠢く。
突如、鎖の巻き付いたプロペラが余りの速さのため逆回転している様に見える程に回転する。
それに伴って右腕のチェーンソーが私の意思とは無関係に爆発的な稼働を行った。
身体に巻き付いたパイプ類から、二人分の魔力が混ざり合って弾けた光が噴出する。
「おっけーいけるいける」
私は暴威の化身と成ったチェーンソーをズヌバに向けた。
「では、教育に悪い輩の伐採と行こう」
ブクマ、評価、如何なる感想でもお待ちしております。
何れも土の下にいる作者に良く効きます




