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第六十八話 名もなき者達

 さて、山登りをするにあたって色々と準備をしなければならない。


 登山装備の用意ではなく、パーマネトラに残るメンバーに警戒を促すなど、この後に何が起こっても大丈夫なようにするための準備だ。


「やはりプレキマス導師は動くでしょうか」


 ナタリアがこちらに確認を行ってきた。


 絶対に動く。


 彼にしてみれば、ここで座して待つ選択肢は無い。


 サーレインとゼラは、実際はまだ問題だらけだが、彼にしてみれば都市の外に出てしまう事がほぼ確定している上、味方だと思っていたバトランド皇国には横っ面をひっぱたかれたのだからな。


 次の会議が開かれるまでに何かしらのアクションを取るだろう。


 とは言え、現在彼の味方はほぼゼロに等しい。


 子飼いの戦闘要員ぐらいはいるかもしれないが、それでどうにか出来る問題でもない。


 だが、やけになって攻撃を仕掛けてくる可能性は否めないので、サーレインも含め、皆には可能な限りばらけないようにして帰りを待っている様にお願いした。


「バトランドがやっぱりこっちに攻撃してくる可能性は無いのかよ? 自分の所の禿に恩を売るチャンスでもあるだろ?」


 無い、とは言い切れないが、ガルナ老は先んじてこちらの戦力を図っている。


 私が居なくなるとはいえ、ゼラが居るし、何よりナタリアやロットを敵に回して無傷で済むとは考えていないだろう。


「アダムさん、もしもの時はこの建物を魔法の材料にして抵抗しますね。そうすればきっと向こうは躊躇すると思います」


 中々いいアイデアだライラ。もっとやれ。


「アダムさん。装備は持っていかれますか? マールメア号には緊急時用の装備が積んでありますよね」


 マールメアにそう聞かれ、完全武装で出向くのも何か違うだろうが、念のため私も装備を追加しておくことにした。


 私は持ち込んだダミーの刀剣類を変形させ装甲板に戻すと、それを前腕や脛に追加装甲として取り付けた。


 同時に、いくつかの刀剣は、ガルナ老との模擬戦の際に使用した板剣と組み合わせて、やや複雑な形をした大剣一振りに纏め上げた。


「『組み立て式複合魔導練土剣』ですが、動作は問題なさそうでしょうか? 理論上はアダムさんの魔法を補助することで形状や強度はある程度自由に変えられるのですが」


 私の魔力リソースが跳ね上がった話は既にマールメア達にもしてある。


 身体の巨大化を選択しなかった私の為に彼女達研究班が考案したのが、この複雑に組み合わされた大剣だった。


 昔ライラの目前で、投擲に使用した石斧を修繕したことが有ったが、この剣は私のその魔法を補佐、強化する事を目的に作られた武装だった。


 複数の形状をテンプレートとして魔術式に取り込み、瞬時に周囲の土元素を取り込んで変形が可能であり、また理論的には私の魔力が許す限り望んだ形に変形も出来るという優れモノだ。


「正直私には種類が多くて覚えきれていないのだが、まあ何とかなるだろう」


「アダム~おじん~。ま~ちかづいてくるてきは~わたしがみつけられる~。だから~あんしんして~」


 メルメルが、大分ページ数が戻って来た本を開きながらそう言った。


 最後に、車を何時でも出せる様に確保しておくよう言い含め、私はシャール=シャラシャリーア達が待つ集合場所へと向かった。


 そこにはゼラとサーレイン達も見送りにやって来ていた。


「もう平気かゼラ」


「んー。なんともねー」


 そんな飄々としたゼラの様子を見て、サーレインは年相応に子供のような仕草を見せながら、彼女を可愛らしく睨んでいた。


 何とかなりそうだな。


 カルハザール共和国支部から同行する二人もきちんと準備は済んでいるようだ。


 元々彼らは行きも帰りも山越えだ。急な出立だが問題は無かったのだろう。


「おー揃ったなようじゃな。では近くまでは馬車で送ってくれるとの事じゃから、気楽に行こうぞ」


 おい、幼女龍。


 何故貴様はピクニック気分な服装なのだ。


 確かに何時ものヒラヒラでは山登りには不適切極まりないが、その半ズボンに帽子な見た目はどういう了見だ。


「どうせ余はお主の肩の上にでも座って楽々よ。偶にはこうして趣を変え、皆の眼福にならんとな。おい! なぜ肩を変形させるのじゃ! それでは座りにくいじゃろうが!」


 元からこういう形の肩鎧です。


 気の所為でしょ、ははは。


「そっちも問題無いようね」


 ゼラに呆れたような顔を向けられるが、実に心外だ。


 同様にヤノメにも妙な視線を向けられたが、ダイクンはにこやかに笑いを浮かべていた。


 こっちの雰囲気も今のところ悪くない。


 私達はレシナール導師が用意してくれた馬車に乗り込むと、そのままパーマネトラの外へと向かったのだった。


*********


 プレキマス・ボイボスティアは焦っていた。


 サーレインという類まれなる資質を持った捨て子を獲得し、自分の養女とした上で水の巫女姫として役割を与えてやった。


 そしてそんなサーレインに妙に固執する、色気だけは認めてやっていたふざけた魔物も、自分の制御下に置いていた。


 後は北のバトランド皇国と連携して口うるさい辺境伯を追い落とし、その功績で持って、かの国で左団扇の生活が待っているはずだった。


 それが今や全てご破算だった。


 脳みそまでカビが生えたレシナールも、亀に(へりくだ)るネゼタリアも、そして田舎国家出身のノトリウスも、全てが自分より劣っているはずだった。

 

 何故、自分がこのような目にあっているのか。


 プレキマスは、能力と家柄に恵まれた自分が羨まれ、そのために周囲から追い落とされようとしているに違いないと考えていた。


 この状況は打破しなければならなかった。


 自分を追い込んだ者達を許してはおけなかった。


 彼は、龍も、霊峰も、何もかも信じてはいなかった。


 信じていたのは自分の力だけ。


 それに疑問を持つことは、自身の崩壊に繋がる。


 だからこそ、彼は何も見えていなかった。見ようとしていなかった。


 彼は頼まれれば応えるが、しかし見返りを必ず求めた。


 だが、翻って自らの頼みの際には相手に無償の奉仕を求め、それを当然と考えた。


 憐れんで欲しいが、自身は憐れみを持たない。


 無知を笑うが、智慧は分け与えない。


 傲慢で、能力は確かにあったが愚かな男。


 それが、プレキマス・ボイボスティアなのだった。


 だからこそ、彼は目を付けられてしまった。


 避けられたはずの破滅が、人の良い笑顔で彼に近づいて行く。


 彼らから差し伸べられたそれは救いの手では無い。


 (こうべ)を垂れ、懇願するように差し出されたその手は、彼にとっては自分を頼る弱者の手。


 彼が一番欲しがっていた、自分よりも下の人間から献上される、甘い蜜。


 プレキマスは、彼らの手から渡されたその小瓶に心を奪われていた。


「これが、カルハザールの開発した『龍の秘薬』ですとな?」


「はい、プレキマス導師。独断で禁足地を犯そうとするあの二人には私達は付いて行けません。また、勇者を騙る魔物共や何もしてくれない龍よりも、長年この都市の要職に就いておられるプレキマス導師の様な御方にこそ、この秘薬を有効に使っていただけると存じております」


「そうか、そうだ。そうだろうとも!」


 男は無知では無いが、愚かである。


 あるいは、その小瓶から放たれる僅かな香気にその魂ごと惑わされているのかも知れなかった。


「この秘薬、作成には必要不可欠な物がございます。まずはさる御方から拝領させて頂いた最も偉大なる血。そして、この地に満ちる霊水でございます」


「ふむ……? 続けよ」


 男達は上位者に媚びへつらう卑屈な笑みを浮かべながら、その表情とは印象の異なるしっかりとした口調で話を続けた。


「水の巫女姫を手放してはなりません。この秘薬無くして、人が龍に勝つことは不可能。霊水は、我々にこそ必要なのです。まかり間違っても龍の小間使いたるミネリアや、汚らわしい獣人共が管理するべきではありません」


「なるほど、それでお主たち三人(・・)が私に声を掛けたという訳か。やはり此度の事はガルナの独断であったか」


 プレキマスの目の前には、カルハザールの人間が二人、そしてバトランドの人間が一人畏まっていた。


 何れも、今回の会議において一言も発していない人間達である。


 プレキマスも彼らの事は印象にすら残っていなかった。


 いや、誰からも、彼らは気にされてすらいなかった。


 同じ国の人間達ですら、彼らを意識の外に置いてしまっていた。


 その異常事態に、誰もが気付いてすらいなかった。


「そういえば、お主ら名前はなんだ? すまないが耳にした覚えが無くてな」


 その質問に、男達は微笑みを返した。


 それだけだった。


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