第六十九話 ガールズトーク
「ゼラはアダムさんが好きなんですか?」
それは余りにも唐突過ぎた。
アダム達を見送った後、ゼラは引き続きサーレインの説得を行っていた。状況は今のところ彼女達に有利に働いている。
嘗ては無かった様々な選択権が、今目の前の少女の手の中には存在している。
パーマネトラの民を思えばこそ、彼女が抱く街への恩義を忘れろとは言わないが、ただ利用されるだけの存在でいる事からの脱却をゼラは繰り返し伝えていた。
しかし、少女のその言葉はそれまでの流れを断ち切る。
ゼラは自分が説得を行っていた少女の発言に目を白黒させた。
「は? 何? どうしてそうなるの?」
サーレインは頬を膨らませながら拗ねたように顔を背ける。
「だって、ゼラが出ていった後、アダムさんが追いかけて、それから――ゼラの様子がちょっと変なんですもの。今だってアダムさんの話を引き合いに出して私を街の外に連れ出そうとして……」
「いや、それはね」
ゼラは中庭でアダムにもたれかかった時のことを思い出す。
あの後、彼女が落ち着くまで傍にいてくれたアラフィフゴーレムは、結局その後もサーレインを説得する材料について相談に乗ってくれた。
異世界であるが故、未だ外の世界を良く知らないゼラにとって、イーヴァやアダムの意見は大いに助けになった。
好意の有る無しで言えば、当然有る。
だからと言ってそれは男女のそれでは無いのだ。
あくまでも経験豊富な男性に対する敬意であるはずだった。
しかしサーレインに指摘され、改めて異性としてゼラはアダムを認識した。
「んー、いや、んー……。んんー?」
初見時の印象、自分と同質の存在であるという感覚が妙な親近感をゼラに与えていたのは事実だが、その人となりを知った今となっては、彼女の中でアダムはそれとは違うカテゴリーで少し特別な存在になりつつあった。
「ゼラ、貴女もしかして、アダムさんと一緒に居たいから私を連れ出そうとしていませんか?」
「それは無い無い! 純粋にここに居るのは良くないと思ったから連れ出そうとしてるのよ。勿論、貴女の気持ちを聞いて無理強いするつもりは無いけど」
ジト目で自分を見つけるサーレインの疑惑を躱しながら、ゼラは自分でも気づかないうちに芽生え始めた何かの萌芽に、年上は趣味でないはずだったのだが、と呆れていた。
そんなことを考えていると、彼女達にあてがわれた部屋の扉が控え目にノックされた。
扉に控えていたイーヴァが覗き間から相手を確認し、その扉を開く。
「――失礼します。アダムさん方をお見送りして頂いていたようで、ありがとうございます。――今後の事についてお話がございましてお伺いしました」
扉の先に居たのは、リヨコ、ライラ、メルメルのミネリア王国三人娘だった。
全員が武装していたが、イーヴァが抵抗なく招き入れたことから分かる様に敵対の意思は見当たら無い。
彼女達はアダムやナタリアの忠告に従ってゼラ達との合流をするためにやってきたのだった。
「ちょうど良かったです。皆さん、うちのゼラがそちらのアダムさんに懸想をしている件についてお話ししませんか?」
だが、そんな真面目な思惑をワクワク顔のサーレインが吹き飛ばす。
籠の鳥であった少女も、年相応にそういう話が大好きだった。
「――は? ――あのそれは……どういう」
「詳しくお伺いしましょう」
リヨコが困惑する中、ライラは素早く入室すると、すとんと空いていた椅子に座る。
「くっ! 素早い! 仕方ないわね。そんなつもりは無かったのだけど、これは第一回ガールズトークパーティーを開くしかないようね!」
やけくそ気味にパーティーの開催を宣言するゼラに、サーレインは楽し気に拍手を送った。
「のるしかね~このびっぐうぇ~ぶによ~」
やけくそ二号がそれに乗る。
そして片思い一号が困惑したまま席に座ると、実は恋愛経験豊富な老婆が追加のお茶の準備を始めた。
「それでゼラさん、収入はいかほど……?」
「タイム。ライラちゃん、貴女どういう立ち位置なわけ?」
誰かに誤った知識を与えられていたライラがその言葉に思考を巡らせる。
「そもそも、ライラちゃんにとってアダムはどういう存在なわけ~?」
自分でもちょっとずるい質問だと思いながらも、ゼラは逆にライラに言葉を投げかけた。
「わ、わ、わわ私ですかぁ? 私にとってアダムさんは、あれです! 恩人で、あの、すっごく頼りになる人というか」
ふむふむと、その場にいる全員が頷く。
「ロットさんと比べて、どちらが――」
「巫女姫様、お茶のお代わりをどうぞ」
火元に爆弾を投げ込みかけたサーレインをイーヴァが寸前で止める。
ゼラとメルメルが老女に向かってそのファインプレーを褒め湛えるジェスチャーを送った。
「私よりもゼラさんですよ! サーレインさん! 先ほどの件について、根拠となるお話を聞かせて下さい!」
「よくぞ聞いてくださいました。ゼラはどうやらあの時部屋を飛び出していった後、中庭でアダムさんと熱い抱擁を交わしていたそうなんです! 掃除中の職員が目撃していました!」
少女達の驚きと興味に満ちた嬌声が部屋に響いた。
「何言ってるのサーレイン。熱い抱擁なんてしてないわよ。ちょっと胸を貸してもらっただけ。いやあー、がっしりとしていて、中々ぐふふな感じだったわ」
しかしゼラは百戦錬磨である。彼女はちらりとライラに視線を送る。
少女がこの発言を看過することが出来ないことを見越しての言葉であった。
敢て接触自体は否定せずに、会話の矛先を再度ライラに向けて放つ。
この女、既に今回のターゲットをライラに定めている。
「あうえ! あうあう……そそそれは」
「私も今はこんなだけど、昔はきちんと女だったもの。やっぱり強い男性には惹かれちゃうのかもねー。サーレインも都市の外に出れば、素敵な出会いが待ってるかもよ」
それでいて、本来の目的も忘れてはいなかった。
「そうですねえ。巫女姫様もお年頃、お顔も大変よろしいですから、ちょっとした火遊びの三つや四つ、街の外なら簡単でしょうねえ」
「おっと、思わぬ援護射撃が……」
小娘共とは格の違いを感じさせる老女が、その謎めいた歴史を垣間見せながら発言を行う。
「す、すげえ。わたしたちとは、れべるがちげえぜ~」
「――いいえ、火遊びなど言語道断です。淑女たるもの、これと決めた男性一人に操を……失礼致しました」
「え!? リヨコちゃん、誰か好きな相手が――」
「ライラさんや、おいしいお菓子をお食べなさい」
こうして、女性陣のパーティーは姦しく続くのだった。
**********
「どうしたアダム? 早よ、余を肩に乗せんか」
ふと残してきたライラやゼラ達の事が気になった私は、ゼラが生まれたという湖畔からパーマネトラの方角を振り返っていた。
虫の知らせという訳でも無いが、なんとも良く分からない感覚だった。
くしゃみが出そうで出ないような、悪寒がしそうで特にしないような。
ゴーレムだからだろうか。
足元でぎゃいぎゃいと騒ぐ幼女を尻目に、私は同行者二人にこれからの進路の確認を取った。
「はい、アダム殿。禁足地である故、この霊峰には登山道などは一切ございません。ですので、野生動物の使う獣道を探すか、この湖に流れ込む水を辿って行くのが得策かと存じます」
美しい湖だった。
魔物が生み出る余地など何処にも感じられない。
ついに私の脛を蹴り始めた幼女を渋々肩に座らせると、私は状況を確認した。
「ふむ、そうじゃな……」
シャール=シャラシャリーアはその双眸を、力持つ龍の瞳に変化させると周辺を探り始めた。
「やはり緩んだ形跡があるようじゃ。今は問題ないが、何かがあ奴に起こったのは間違いない。ここで考えるよりは、直接聞くのが一番じゃな」
良し登れと、幼女が私の頭をぱしぱしと叩いて来る。
本当に大丈夫なんだろうな。
「余を信じろ」
全く、うちの守護龍様は中々難しいことをおっしゃる。
私達は山裾に沿って歩きながら山中に入るのに適した場所を探す。
やがて問題なさそうな地形を発見すると、責任を持って私が先頭になり霊峰へと足を踏み入れた。
一歩、二歩と歩く。
ダイクンとヤノメが固唾を飲んで見守る中、私はシャール=シャラシャリーアを乗せたまま、木々生い茂る原生林に完全に立ち入った。
どうやら本当に大丈夫なようだ。
特に何か、落雷がいきなり起こったり、見えない何者かに突撃されたり、理不尽な攻撃を受けたりはしないようだった。
「じゃから信用しろと言っとるじゃろう。余が一緒なのじゃからな」
ドヤ顔をするシャール=シャラシャリーアが残る二人に手招きを行う。
それを受けた二人は、緊張に体を強張らせながらも私と同じ位置まで登って来た。
では、河を辿るとするか。
私は山頂を仰ぎ見る。
そこには捻じれたような岩山が、その存在を際立たせていたのだった。
ブクマ、評価、如何なる感想でもお待ちしております。
何れも土の下にいる作者に良く効きます




