第六十四話 会議開始
参加国の四分の三が無駄な苦行を受けさせられた顔合わせも終わり、私達はレシナール導師と最後の打ち合わせを行っていた。
「レシナール導師、もう時間も無いので率直に参りますが、私達はゼラをここから出そうと考えています」
ついでにサーレインも、とは敢えて言わない。
私はレシナールの反応を伺うが、彼は予想していたのか全く驚く様子もない。
「そうでしたか。まあ、皆様方は色々と動いていらっしゃったようですし、ゼラ様もゼラ様で動いていらっしゃいましたからね。上手くごまかされているのはプレキマス殿ぐらいなものでしょう」
あまり会話もしていない人物を無能と断じたくは無いが、どうやら件の人物は油断し過ぎの様だ。或いは、抱え込んでいるサーレインが大人し過ぎるというのもあったかも知れない。
「プラージェフ辺境伯には確認が取れております。今回の会議で皆様にお願いしたいのは、パーマネトラがミネリア王国の下から外れるような事態にだけはならないように、という事でございます」
導師も導師でしっかり動いていたようだ。
それにしても最低限が本当に最低限だが、それで良いのだろうか。
「そもそもパーマネトラ、そして我々アトラナン大聖堂の本分は金儲けでも権力争いでもありません。霊峰アトラカナンを源流とする水源の守りと、そこにおわすグラガナン=ガシャ様への祈りこそ重要であれ、世を乱す廃龍に対抗しなければならない今、態々世を乱すという行為は本来あり得ません」
最初に面会した時と比べて随分とはっきり物を言うようになった。
ボイボスティア家の影響とやらが薄れたか、あるいは顔合わせの様子を見て張子の虎である事が判明したか、どちらにしても強気に出ているようだ。
「今更言うのも何ですが、そもそもどうして導師様方は支部ごとに個別の担当をされる事になったのでしょう?」
ナタリアが疑問を投げかける。
他の支部の面々にも聞いてみたが、はっきりとした理由は分からなかった。総じてこの対応には不満があるようだったが。
「それは、お恥ずかしながら全てこちらの不徳の致すところでございます」
レシナール導師の語る所によると、導師達は会議の場を自分達の代理戦争の場として使用するつもりだったらしい。
自分達に都合が良い情報を与え、かつ見返りを約束することで思惑通りに会議を動かし、このパーマネトラにおける自分の権勢を確実なものにするつもりとのことだ。
あまり言いたくはない言葉だったが、彼らは頭があまりよろしくないらしい。
お山の大将という言葉がしっくり来てしまう有様だ。
如何に財力と権力が有ろうとも、あくまでもパーマネトラは一都市に過ぎず、彼らはそこの頂点であるだけだ。
平時ならともかく、千年前の怪物が目覚めている現在、そんなくだらない話に付き合う暇も無ければ義理も無い。
沸々と怒りが湧いてくるが、私は落ち着いて話を続けようとする。
だが、その話を聞いて抑えが聞かなくなった子供たちがレシナール導師に食って掛かる。
「大聖堂は何を考えていらっしゃるのですか! バイストマは戦車に街ごとやられるところだったんですよ!」
「何で一都市が国相手、つーか連合支部相手にそこまでデカい顔してんだよ!」
「ん~。ろうがい~」
「――皆、レシナール導師はきちんと対応して下さっています。――その物言いは失礼ですよ」
「これは私の研究申請を断ったのにも訳が有りそうですね!」
皆落ち着け。そしてマールメア、どさくさに紛れて都合のいい解釈をするな。
詳しく話を聞けば、どうやら各国ともこの会議で主張したい事が有り、それを通すための協力を見返りとして、それぞれ導師が前もって個別に話を持ちかけていたらしい。
やはり皆、腹の内を全て明かしているわけでは無かった訳だ。
自分達を担当する導師以外の他の導師に顔合わせを願ったのも、単なる情報収集以外の目的が有ったのかも知れない。全員、それは叶わなかったわけだが。
バトランド皇国は自分達が後ろ楯になり、何れは南下の足掛かりにするために一番権力欲に取りつかれたプレキマス・ボイボスティアと交渉し、都市への影響力を強めるつもりであると言う。
レストニア都市連邦、或いは都市ハバンと言い換えても良いが、彼らは水源にまつわる権利を要求するためにトレト老人の知己であるネゼタリア導師を脅しつけているようだ。
カルハザール共和国は、個人的な繋がりがあるノトリウス導師と昔からやり取りを行っていたようだが、その内容は不明だという。
なるほど。
「……私達は私達の意見を通すだけね。幸い、遺物に関しては反対意見も出ないでしょう。ゼラの処遇に関しては、思ったよりも鬼札になってしまったようだけど」
間違いなくゼラはサーレインと一緒でなければ動くことを良しとしないだろう。
ゼラを手に入れること即ち、パーマネトラの力を削いで影響力を高めることが出来るの図式になっているは変わらないが、重要度はぐっと増した。
難しくなったか?
いや、寧ろ分かりやすくなった。
「レシナール導師。当日、何が起こるか予想されてますね?」
「はい。アダム殿。存分にやってしまってください」
妙にスッキリとした笑顔でレシナール導師はそう言い切った。
彼の頭がこうなってしまった理由が偲ばれる笑顔だった。
「――アダムさん。何かするのですか?」
リヨコが不安げな顔をしている。
心配するな。
今回の会議で誰がバカなのかこれではっきりしただけだ。
いくつもの思惑が絡んだ所為で複雑に思えたが、その実、使われる手段は一つに限られたという話だ。
「簡単な話だ。当日の会議では――」
続く私の発言に、ライラ達は驚き、ナタリアとリヨコは納得顔になった。
不安要素はカルハザールの出方だけだ。
そしていよいよ、私達は会議の場に挑むことになった。
席順は顔合わせの時と一切変化が無い。
寧ろ、参加者が変化を望まなかったのかも知れなかった。
ナタリアと、皆に配布する書類の最後の確認を行っているとトレト老人とガルナ老がこちらに近づいて来た。
「やあ、お二人とも。今日はお手柔らかに頼むぞ」
「そうね。儂ぐらいの年寄りには、気を使ってね」
二人とも良い笑顔だ。
「カルハザールの様子はどうですか?」
トレト老人が横目で緊張した様子のダイクンを見る。
「あの子は本当にただのお飾りね。腕っぷしは大分強いけどね。蛇みたいな子は、内容にもよるけどね。うちはアダムに寄るからね」
「トレト殿。ずるい言い方ですな。まあ、我々も異論は無いが」
「それを聞いて安心しました」
微笑むことは出来ないが、握手を申し出る事で最大限友好を示しておく。
トレト老人が蛇と称したヤノメは、ダイクンを除いた三人でノトリウス導師と何やら会話を行っていた。
とんでもない事だけは言い出さないで欲しい。
やがて参加者が全員揃った時点で、会議に参加しないロット達だけでなく、ゼラとサーレイン、そしてイーヴァさんまでもが壁際に用意された椅子に座わって会議を見守る形となり、議長を務めるプレキマス導師の宣言の元、会議は開始された。
自分の思い通りに進む未来を夢見て、随分緩んだ表情をしている。
まず、昨今の廃龍ズヌバの復活という報を受け、それが確実である事が連合本部によって確認されたことで、今回の会議が近隣諸国の支部参加の元開催された旨が言い渡された。
その際に重要な証言となったリヨコの体験と報告について、再度本人からこの場で報告を行う様に申しつけられる。
ここまでは事前に話が有った通りだ。パーマネトラ側も、台本通りと言うか、連合本部から伝えられた会議進行の流れを踏襲しているのだろう。
リヨコの話を聞き、ダイクンが驚愕に満ちた顔で感想を述べる。
「グレースさんが!? どえらい強さだべ」
思わず、といった風に方言が語尾に付いてしまっていた。彼は本当にこの会議では名ばかり代表の様だ。前もって報告書を読んですらいないようだった。
そんなダイクンの様子に眉一つ動かさないヤノメだったが、唯一『邪血』について話が及ぶと、一瞬だけその表情が動いた。
同時に、ノトリウス導師は奇妙な笑みを浮かべる。
今のところ、妙な匂いはしないが……。
前提となる情報の再確認が終わると、プレキマス導師から、直接対面したにも関わらずもっと何か情報は得られなかったのかと言いがかりが飛んできたが、リヨコはそれをさらりと受け流した。
「――残念ながらこの場にいるどなたであっても、同じ結果になったでしょう。――尤も、一撃を与え撃退した勇者が我が方にはおりますので、もしかすれば彼がその場に居れば話は違ったのかも知れませんが」
その発言に、プレキマス導師は黙って同意を返すしかない。
私を引き合いに出されては、顔合わせであれだけ褒めちぎった同じ勇者であるゼラの手前、反論をすることも出来ないからだ。
周りの人間も、自分の実力を把握していない人間はもういないため、異論は起こらなかった。
ガルナはこの流れも見越してベルナを止めなかったのかも知れない。抜け目のない爺さんだ。
そしてリヨコはもう大丈夫だ。
ロットとの関係については私にはどうすることも出来ないので、その調子で頑張ってほしい。
良い流れなので、ナタリアと目くばせをして議長に発言の許可を取る。
そしてそのまま、私とライラに対する遺物の貸与について議題を提出した。
完璧に作成された書類を各自に回し目を通してもらいながら、ナタリアがその正当性をアピールする。
事前の根回しの甲斐もあり、殆ど問題無くそれは同意を得る事に成功した。
「それはミネリア王国支部預かりの遺物ですか? それとも王国所有の遺物ですか?」
唯一ヤノメだけがそういった質問を行ってきた。
導師達も、その点だけは確認したがっている様だった。
僅かな違いに見えて、実は大違いなのだ。
前者では連合から持ち出す形になるが、後者では、もしかすれば王国旗下、パーマネトラ等の都市が保有する遺物もその対象になるかもしれないからだ。
「両方です。二人の特性に合った遺物を貸与させて頂く形になります。ですが、王国からは王都で保管されている遺物のみを対象とさせて頂く所存です」
その言葉で、今度こそ異論は消えた。
よし! 喜べライラ! 私はやったぞ!
「いやあ、実に心強いね。勇者が強くなるのは、歴史的に見ても歓迎ね」
ミネリア王国側に弛緩した空気が流れるな中、トレト老人が唐突に発言を行う。
制止しようとした議長でもあるプレキマス導師だったが、隣に座るネゼタリア導師がそれを収めていた。
「こうなってくると、もう一人の勇者であるゼラ殿にも目を向けざるを得ないね」
その発言で、参加者の視線が壁際に座る白いローブを捉えた。
さて、いよいよここからが本番だ。




