第一〇〇話 シモの毛の話
「お帰りなさいませご主人様~!」
夜、フレンを連れてやって来たのは、当然例の店だった。
別に私がこの店を気に入ったという訳ではなく、今後の活動を円滑にするためだ。
ふぇに子の借金問題は、魔窟での稼ぎが暫く安定化しない以上、スピネが彼女の監視と保護を兼ねてこの店に通う限り改善はしない。
そうなるとふぇに子の精神状態も安定せず、不安を溜めたままの心では、それが表に直接出てしまう彼女の場合あらゆる点で命取りとなるだろう。
だから、決してまた来てみたかったとかそういうのでは誓って無い。
「アダムさんはこういう店が好きなんすか?」
違うってば。
グレースだってこの店に入ったんだから、文句は言わせないぞ。
私のその言葉に、フレンは一応の納得を見せた。
相変わらず、グレースが絡むと弱い。
ついでに後でライラ達に言いふらさないように釘を刺しておかなければ。
店内は、以前とは異なり夜半という事もあってかちらほらと他の客の姿も見られた。
意外にも、女性の姿も見受けられた。
あの宣伝が多少なりとも効果があったという事かもしれない。
だがそうなると、明日以降もふぇに子の辱めは続くという事になる。まあ、良いウォームアップだと前向きに捉えてもらおう。
私達がメイドに手を引かれて案内されたのは、やはり奥まった位置にあるテーブルだった。
そして、予想通りそこには三度目の邂逅となる人物が鎮座していた。
「よう。あいつから聞いたよ。調子は中々、みたいだな」
初めて会った時同様、メイドを両脇に侍らせたスピネである。
フレンはその迫力か、異様な光景か、或いはその両方に多少気おされている様だった。
「名前の件、こっちで勝手に決めさせてもらったよ」
私は必要な措置だったとはいえ、事後承諾になってしまった件について軽く謝罪した。
「いや、完全にこっちの怠慢だったしな。それに『フェニコ』だっけ? 悪く無いんじゃねえの」
スピネがタバコを一息、吹かしながら答える。そして、その灰が落ちそうになる前に、それを灰皿の中に無造作に差し入れた。
私は発音的にもう少しマヌケな音が含まれる旨を説明して、それを聞いたスピネは爆笑しながらもそれに付き合ってくれた。
「ふぇに子、ふぇに子ね。もうそれで決定で良いんじゃないか?」
私達に付いた周りのメイド達も、口々に面白そうに彼女の名前を口にしていた。
嘲りではなく、職場の友人に対する親愛を込めて行われるそれを見て、私は安心した。
「それにしても、フレンとか言ったか。グレースの奴が昔に話した元冒険者だっけ? 連合とか、堅っ苦しい所によく入ったな」
予想はしていたが、スピネにとって連合とはその程度の認識らしい。
一応世の中のエリートだけが入れる組織なのだが、学校を自主的に中退し、現在は冒険者として名声を得ているスピネからしてみれば、気風が合わないから入らないぐらいの感覚の様だった。
確かに、彼女にお役所は似合わない。
「おーい! ふぇに子ー! ご指名だぞ!」
話が一区切り付いたタイミングで、スピネが声を上げる。
暫くして渋々と言った体でふぇに子が私たちのテーブルにやって来た。
どうやら彼女はテーブル付きでは無くホールのスタッフとして働いているらしい。
理由は簡単。椅子に座ると、背中の羽で椅子の背面が焦げるからだ。
魔窟の中での世間話で、そのせいで寝る時も何時もうつ伏せだとボヤいていた。
「はいはいー……。うわ! エルフ! エルフだー!」
「あー、この子がアダムさんのご同類っすか。ギルドじゃ遠目にしか見れなかったっすけど、確かに魔物っすね」
ふぇに子、失礼だからエルフ連呼はやめなさい。そして火の粉が危ない。
「この子ぐらいなら、アダムさんの時みたく警戒しないで済んだかも……いや、やっぱ拒否ってましたね」
出会った当初は最も私に警戒心を抱いていたのがフレンだった。
それが今や私の奢りでキャバクラに一緒に行く仲になるとは、人生何が起こるかわからないものだ。
「えー? アダムさんって最初の頃はどんなでした? 雑魚でしょ! 小さいゴーレムとか!」
お前と一緒にするな。
散々騒いだふぇに子は背中を座椅子から離して、フレンの隣に浅めに座る。
フレンがちょっと離れたのを見る限り、大分熱量が増しているらしい。
ふぇに子、こっち来なさい。
エッチではない。
どちらかというとアッチだ。
爆笑すんな。
「いや、アダムさんは俺らと会った時既に、こっちを全滅させられるぐらいの魔物でしたよ。そんなのにライラが抱えられてて、そのライラが腕から抜け出してこっちに走ってくるんすよ」
思い返すと、確かにフレン側からはそう見えただろう。
セカンドコンタクトが失敗に終わったわけだ。
「アダムさん、誘拐犯?」
失礼な。揚げ芋スティックでも食ってなさい。
「いもいも、うまうま」
黙らせるために口に突っ込んだ食べ物を、ふぇに子は美味そうに食べる。
多分、私やゼラと一緒で食事は必要無いはずなんだが、まあ良いか。
「へー。私の時は、ふぇに子があんまり雑魚だから敵って感じじゃ無くてね。なんか変なのいる、みたいな」
「いや! まあ、あの時は歩き疲れてて……はい、クソ雑魚でしたすみません」
話も弾んで楽しい時間を過ごしていたが、私は隣から煙が立ち昇るのを発見した。
「ふぇに子、尻」
「何でいきなりセクハラ発言を」
私の指摘に彼女が自分のお尻を見る。
すると、メイド服のスカートと、座っていた座席部分が焼け焦げていた。
その光景に、場が一時騒然となる。
取り敢えず水を掛けて消火を済ませ、炎の半ベソをかいたふぇに子の身体をスピネが検め始めた。
「ん〜? あ、これか」
そう言ってスピネはふぇに子の短いスカートを思いっきり捲り上げる。
酒を口に含んでいたフレンがそれを盛大に噴き出す。
「ぎゃああああー! な、何するんですか!」
ケツが燃えたのだから、ケツを見るのは当然だろうと反論したスピネに猛抗議をするふぇに子だったが、論理的には正しいのが分かっているためか強く払い退けられないでいる。
「下の毛が生えてやがる。ツルツルだったのに」
言い方。
「言い方ぁ!」
ふぇに子とツッコミが被ってしまったが、要は生えていなかった『尾羽』が新しく生えてきたらしい。
背中の羽同様しっかりとしたそれでは無く、ちょこんと一塊だけの毛束にしか見えないそうだが、確かに生えているとの事だ。
流石に私からは直接確認できない。
「し、下着が……! ちょっと! 見ないでくださいよ!」
全天視界の上、目が瞑れない身体なんだから仕方が無いだろう。
彼女の言葉通り、白い下着が焼け焦げているのが見えた。
「スカートも限界まで短くして、下着も買い換えないとな、こう、下に面積少ない奴。出費追加だな」
「お金がー!」
こいつ、文字通りケツに火が付きやがった。
隣で悶絶しているフレン君も楽しそうで何よりだ。
「成長した証だ。良かったな」
「アダムさん! なんかわたしに対して適当じゃないですか!?」
ソンナコトナイヨ。
知っているかい?
これが栄えある百話目なんだぜ?