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花枝春色 - 鉛筆一本から始まる再起録  作者: 紬 蒼
其ノ弐:絵の世界へ
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37.流行り病

 治兵衛さんを玄斎さんが背負い、私が提灯を持ち、家に戻ると、家の外に佇む人影が。


「ああっ、藤村っ。えらいこっちゃ」

 私達の姿に気が付くと、その人は慌てた様子で頭に手を当てた。

 つるつるの坊主頭ってことはお坊さん?

 お坊さんが慌てて来るってことは……誰か亡くなったのかな?


 けれど玄斎さんは「先生、もしや流行り病のことで?」と問うた。

 先生ってことはお坊さんではなさそう。

 医者仲間?


「せや。ってことは、お前のとこも既に何人か診とるんか?」

「昨日は八人程。しかし、今日は一人診ただけで静かなもんやったんですが……うちの治兵衛がこの通りで」

 玄斎さんが視線で背中を示すと、医者仲間と思しき男性は玄斎さんの背中を覗き込んだ。

「……いかんな。今、近くの寺を借りて病人を一所(ひとところ)に集めとってな。ここいらの医者で診とるんやが……人手も薬も足らん。藤村も来て手伝(てつど)うてくれへんか?」

「分かりました。仕度してすぐ向かいます」

「ところで、そちらは?」

「お梅はうちで治兵衛を診させます。まだ慣れとらんよって、連れて行っても足手纏いになるさかい」

「そ、そうか。ほな、後でな」

 男性はそう言って私をチラ、と見てから走り去った。


「提灯は吹き消して土間に置き。ほんで布団敷いてくれるか?」

 玄斎さんに急かされ、私は玄関から土間に入って提灯の火を吹き消した。

 途端に辺りは真の暗闇に包まれる。

 電気のない生活って……

 こんな中で布団を敷けと?

 戸惑っていると、暗闇の中、背後から小さな溜息が聞こえた。

 玄斎さんが治兵衛さんをその場に背中から降ろす音がして、短い足音の後、物音が少しして、それから灯りが診察室に灯った。

 その間、私は両手を前に突き出して、周囲を探りながら居間の戸を開けたところだった。


 小皿に蝋燭の芯のような物があって、そこに火が点いている。

 それを手に玄斎さんが居間に入って来て、棚の上に置いた。

 ぼんやりとした灯りが部屋の中を照らす。


「俺は仕度するさかい、布団敷いたら桶に水張ったもんと手拭い用意して枕元に置き」

 玄斎さんはそう指示して、診察室に入って行った。

 私も急いで言われた通りにする。

 チラ、と土間を振り返ると、治兵衛さんの辛そうな息遣いが聞こえた。


 指示通りのことを終えると、玄斎さんも仕度が終わったようで、治兵衛さんを布団に寝かせた。

「ウメ、ええか。薬は昼間棚のとこに準備しといた。既に煎じてあるんをやかんに入れてある。棚んとこに置いとる椀に入れて治兵衛に飲ませてやってくれ。手拭いは濡らして絞ってから額に置け。熱うなったらまた水に濡らして、水も時々取り換えてな」

「分かりました。玄斎さんも気をつけてください。昨日もお話しましたが、風邪の患者と接する時は鼻と口を布で覆い、患者が触れたところは焼酎など強いお酒で消毒することを心掛けてください」

「分かっとる。飛沫感染やったか。汗や唾に気ぃつけぇって話やったな」

「はい。隔離すること、換気することも大切です」

「分かった。もし、治兵衛に何かあったら両隣に駆け込みぃ。俺はしばらく帰れん。飯はお菊かお松が来た時に事情(わけ)話したったら面倒見てくれるやろ。何があっても火は一人で使(つこ)うたらあかんで? それから……」

 玄斎さんはまるで小さな子供を初めて一人でお留守番させる母親のようにあれこれ伝えて、何度も念押ししてから家を出て行った。


 玄関の戸が閉まると、途端に家の中は静まり返った。

 ただ、治兵衛さんの苦しそうな息遣いが微かに聞こえるだけ。

 何て呼ぶのか未だに分からないけれど、小皿の小さな灯がとても心許なかった。

 とりあえず、薬を飲ませなきゃと思い、小皿に手を伸ばしかけて止めた。

 うっかり落としてしまったら、火事になりかねない。

 火には注意しろと言われたばかりなので、私は和箪笥の引き出しの奥に隠してある風呂敷包みからスマホを取り出した。

 充電できないので大事に使わないといけないのだけど。

 電源を入れると63%の表示が。

 前回時間を確認してすぐに電源を切ったはずなのに2%も減ってる。

 時間は十八時二十八分。

 細かく時間を知ることができるってすごい安心感がある。

 ライトを点けるとその明るさに感動した。

 が、それに浸っている暇はない。

 急いで家の奥へ行き、薬の入ったやかんとお椀を手に戻る。

 戻ってふとパンツの存在を思い出した。


「あれっ?」

 玄斎さんの部屋に回収に行ってみるも見当たらない。

 確かに鴨居に掛けてたはずなんだけど。

 落ちたのかと畳の上もライトで照らしてみるも見当たらない。

 そんなに広い部屋じゃない。

 物がごちゃごちゃある訳でもなければ、家具もそんなにない。

 けれど、パンツは見つからず、治兵衛さんの苦しそうな咳で我に返った。


 今はパンツより優先せねばならないことがあった。


 それに明るい日中探す方がスマホの充電を消費せずに済む。

 私は居間に戻ってスマホの電源を切った。


 まずは治兵衛さんの風邪を治さないと。


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