第18章 第二撃
第18章 第二撃
静まり返った荒野で、白理隊長ハルヴは一歩も動かず、剛を見下ろしていた。
氷のような視線だったが、その奥に、わずかな変化があった。
「……誤認があった」
その声は低く、しかしはっきりしていた。
「お前は“耐える個体”ではない。
積み上がる個体だ」
剛は眉をしかめる。
「何の話だ」
ハルヴは答えず、杖を――逆向きに持ち替えた。
その仕草だけで、空気が変わった。
風が止まる。
魔力が集まる気配すらない。
派手な兆候は何ひとつない。
だからこそ、異様だった。
「第2監理工程に移行する」
淡々とした宣告。
「――《理式・上限定着》」
その瞬間、剛の身体に痛みは走らなかった。
圧迫もない。
衝撃もない。
だが――
(……なんだ……?)
呼吸を整えようとして、剛は気づいた。
呼吸はできる。
力も入る。
筋肉も動く。
それなのに。
身体の奥に、
“これ以上先へ行かない”という違和感だけが残っていた。
(……止まってる?)
剛は無意識に拳を握る。
筋繊維の反応を確かめるように。
いつもなら、
魔力を燃料にして、
熱が走り、
修復と上積みが始まるはずだった。
――だが、起きない。
(……超回復が)
(働いてねぇ……?)
筋肉は健在だ。
だが、その“奥”に、
空白のような感覚がある。
使ったはずの力が、
戻ってこない。
積み上げてきたはずの感覚が、
そこから先に続かない。
剛は、初めて理解した。
(……ああ)
(蓋を、されたのか)
全身が震える。
恐怖ではない。
痛みでもない。
――残念さだ。
昨日より今日、
今日より明日。
その当たり前が、
突然、断ち切られた。
ハルヴの声が、静かに落ちてくる。
「お前は、これ以上“強くならない”」
「正確には――
理が許容する範囲を超えた成長は、固定された」
白理の隊員たちがざわめく。
「上限……定着……」
「回復も……成長も……許可されない……?」
「一撃で殺す必要はない」
ハルヴは淡々と続ける。
「勝てなくするだけで十分だ」
剛は、一度ゆっくりと息を吐いた。
(……無限じゃねぇ、ってか)
だが、次の瞬間。
剛の口元が、わずかに吊り上がった。
「……なるほどな」
リオナが息を呑む。
「剛……?」
「確かに」
「同じ鍛え方は、もう通用しねぇ」
一歩、前に出る。
筋肉はまだ、使える。
ただし――
積み足しはできない。
剛は拳を開き、肩を回した。
「だったら――」
「使い方を変えるしかねぇ」
ハルヴの瞳が、初めて細まる。
「……理解が早いな」
「トレーニーだからな」
剛は静かに、しかしはっきりと言った。
「成長できねぇ時は、
構造と配分を見直す」
次の瞬間。
白理の別の隊員が前に出る。
「隊長、これ以上は――」
ハルヴは一瞬、剛を見つめ――
「撤退する」
その判断は早かった。
「上限を与えた以上、
今はこれで十分だ」
白い霧が再び立ち上る。
撤退する白理の背を見送りながら、
剛は胸の奥で、確かに理解していた。
(……無限成長じゃない)
(だが――)
拳を握る。
(まだ、終わりでもねぇ)




