五話 兆候<シンプトム>
「気をつけろよ、まだ居るかもしれないしな」
場所は平原、ひざ上まである草が生い茂っているから草原か。
ブロードソードを両手で構え、軽装の鎧を着た少年が背後の少女に声を掛ける。
「うんっ!」
少年の背後の少女は浅い空色のローブと、短い杖、ショートワンドを持っている。
その二人がいる場所の前方には、頭を叩き割られて動かなくなっている赤茶色の虫。
「まだ居る!」
「撃つよ! 水よ、割り断て<スペル・ウォーターエッジ>!」
見つけると同時に魔術を詠唱し撃ち出す。
少女の前に水が吹き出るように現れ形作り、弾かれるように目標へと吸い込まれる。
鋭利な水の刃物は生え揃う草と一緒に虫、グラーアントを両断した。
「相変わらず良い狙いだ、ユリス」
「一杯練習したんだから」
褒められ嬉しそうに笑う少女、ユリス・フォロト。
笑いながら褒めた少年はケイン・ドレトン。
二人は幼馴染で、冒険者として登録したのは七日前になる。
ギルドでの初心者用訓練、グレニーの指導を受けEランク冒険者として成り立つ。
幼馴染と言う事でパーティ戦の訓練も受け、ケインが前衛、ユリスが後衛と二人組の冒険者としてポピュラーな陣形。
ギルドが推奨する初心者用、Eランク依頼を何度かこなし、そうして一人前の冒険者、二人はDランク冒険者になった。
何度かモンスター、ミニゴブリンも倒し実践も少しだが経験を積んだ。
ある程度の自信も付け、初めてのDランク依頼、グラーアント討伐を受けた。
一人でも十分に倒せるし、二人ならまず負けはしないだろうと考えた。
実際グラーアントと遭遇しても、全く梃子摺らず討伐できた。
まさに『楽勝』だった、これなら何匹でもやれる、そう思ってしまうほど簡単に行った。
それは万全の状態であって、今多少疲れている状態ならそうもいかない。
「ちょっと休むか、戦いっぱなしだからな」
「うん、そうだね。 『マナ』も少なくなってきたし」
体力は無制限じゃない、動き続けばそれだけ疲れる。
「退け、万魔の聖域<スペル・ホーリーサークレット>!」
森と草原の狭間に休憩できそうな場所を見つけ、モンスターが嫌う神聖魔法を張る。
これを張っていれば実力が近いモンスターが寄ってこなくなる。
流石に自分たちより強いモンスターは平然と襲ってくるけど、この一帯のモンスターはほとんどがDランク。
Cランクのモンスターは全くと言って良いほど出て来ないから、安心して休める。
そうして10分ほど休憩していた所に、遠くの方から草原に入ってくる人影を見つけた。
「同じ依頼受けた人かな」
全身を覆うローブにフードを被る、背中に何か長い物を背負った人物。
同じ冒険者だろうか、ユリスの言った通りグラーアント討伐の依頼を受けた人かもしれない。
多分討伐系、ここら一帯は採取できるような薬草などなかったはず。
ランクは分からないが、その戦い振りを見て置くのも良いか、参考になるかもしれない。
「何してるのかな」
「何だろ……」
ローブの下から手が出て、背中に背負う物を取ろうとしているが、手が届かないようで何度か空振っていた。
失笑が出るような動き、実際二人とも少し笑ってしまった。
「まさか、あれ武器か?」
「流石に大きすぎるよー、訓練所にもあんな大きい武器置いてなかったよね」
見れば手が届かない背中から下ろしていた。
「……やっぱり、あれは武器だ」
背中の長い武器、その柄を掴み、鞘から引き出す。
煌く刀身、揺らめくように黒い何かが走っている。
遠目でも分かるほどの、威圧的な物体。
「……揺れてる」
「揺れて? 真っ直ぐ立ってるけど……」
「ううん、あの剣から凄いマナが……陽炎みたいになってるよ……」
そう言われて睨みつけるように見るが、変わらず少しだけ反っている刀身があるだけ。
魔術的な視界なのか? 余り魔術を使えない俺じゃそんな風に見えない。
「うん、すっごいよあれ」
「確かに、凄いな」
素振りなのか、あのでかい剣を振れば周囲の草が吹き飛ぶようになくなっていく。
「高ランクの冒険者なのかな?」
「どうだろ」
あんな物普通は振り回せない、スペル・パワーでも掛ければ行けそうだけども。
少なくとも今の俺にスペル・パワーを掛けても、武器に振り回されそうだ。
「……やっぱり高ランクっぽいね」
あの大きな剣を振った音がこっちにまで届きそうな迫力で、草を刈り取っている。
「でも、何で低ランクのモンスター狩ってるんだろう?」
斬り飛ばされる草と一緒に、グラーアントの斬り飛ばされた部位が宙を舞っている。
「さぁ……」
呟いた時にカチンと、音が鳴った。
「ッ!」
「え?」
何か堅い物がぶつかり擦れるような、カチンカチンと。
それは先ほどまで戦っていたグラーアントの顎の音。
反射的に立ち上がり、ブロードソードを構える。
「……いつの間に」
カチンカチン、カチンカチンカチン、カチンカチンカチンカチン、カチンカチンカチンカチンカチン、カチンカチンカチンカチンカチンカチン。
鳴る音は重なり続けて耳を刺激する不協和音。
草が蠢く、明確な敵意を持って迫ってくる脅威。
十や二十ではない、それは3桁に優に届くグラーアントの数。
「嘘……、なにこれ……」
「どこから、数が多すぎる……!」
草々の間から見える赤茶色の波。
どこを見ても、萌黄色の隙間に見える赤茶色。
視界に入る草むら、その全てに草の萌黄色に混ざる赤茶色。
後ろの森からも、湧き出るかのように大蟻が現れ続ける。
「まさか……」
視線を向けた先、ローブの人のほうを見れば物凄い勢い剣を振るっている。
そうして飛んでいくのはグラーアントの死骸。
あの人はグラーアントを狩っているのではなく、『俺たちと同じ』ように囲まれているんじゃないのか。
「やばい……」
「ケ、ケイちゃん!」
立ち上がり体を寄せてくるユリス、この数は拙い、多すぎる。
「絶対に離れるなよ!」
「何でこんなにいるのぉ!?」
落ち着け、こういう場合はどうすればいい……。
体を寄せているユリスは怖がって震えているし、まともに戦えそうじゃない。
ユリスは範囲魔術なんて覚えていないし、俺も広域攻撃技術をまだ使えない。
「……逃げるしかない」
「ケイちゃん! ケイちゃぁん!」
相手にしてれば間違いなく物量にやられる、死にたくなければ逃げるしかない。
じゃあどこに逃げる? 今思いつくのは二つ。
一つはすぐ近くの森、もう一つは同じ距離の草原。
二つだが、どう見ても森は危険だ。
まず足場が悪い、それに草原以上に草木が生い茂って視界が悪い。
対する草原、ひざ上まで草が生え足元が見えないが、その先にあの人が居る。
今もなおあの大きな剣を振り、グラーアントを叩き斬っている。
振り回しているお陰で、周囲の草は背がかなり低くなっている。
あそこまでたどり着ければ、危険は一気に低くなるはずだ。
「……ユリス、魔術は使えるか?」
「使えるよぉ、使えるけどぉ!」
この数じゃ囮にもなれはしない、ユリスを逃がす為には一緒に動くしかない。
「良いか、全力で走ってあの人のそばまで行け。 絶対に蟻はお前に近づけさせない、だから全力で走ってくれ」
「……うん」
「魔術を使える限り使って走るんだぞ、振り向いている暇があったら前だけ見て走れ」
「……すん、わかった」
「よし……」
フッ、と呼気。
そうして精神高揚<スキル・アップリフト>を発動、身体能力を向上させる。
「行くぞ……」
「……スペル」
俺は両手に力を込め、ユリスは魔術を唱える。
「走れ!」
「ウォーターエッジ!」
水の刃が作られると同時に、はじき出されたように飛んでいく。
風になびく草と一緒に、何匹かのグラーアントに当たって切り裂く。
一匹二匹、三匹と当たれば刃が崩れて水がはじける。
「スペル・ウォーターエッジ! ウォーターエッジ! ウォーターエッジ!」
「ハアッ!」
逃がすまいと群がってくグラーアント、俺たちが走るより早く迫ってくる。
「寄るんじゃねぇ!」
ブロードソードを振り下ろし、側面から寄ってくるグラーアントの頭を叩き割る。
激しい衝撃、強撃<スキル・パワースラッシュ>を使い一撃で倒しきる。
腕を無理やり振り回し、地面ごと叩き切る。
「ウォーターエッジ!」
湧き出る水の刃が、半狂乱のユリスがマナの有らん限り撃ち出し続ける。
「ウォーターッ! ……もうやだぁ」
詠唱を途中で止めたユリス、その声は涙を含んでいる。
徐々に足が遅くなっていく、それを見てケインは怒鳴った。
「走れぇッ!!」
死にたいのか、その意図を含めた怒声。
その声にユリスは足で応える、死にたくないと全力で走る。
「ウオォッ!」
一匹、二匹と頭を割る。
焼け石に水、そう言ったレベル。
グラーアントの死骸を乗り越えて迫るグラーアント。
それはまるで仲間を殺された恨み、仇と言わんばかりに迫る。
これが一匹や二匹ならばどうって事は無い、ケイン一人で簡単に倒しきれる。
だが現実はそうではない、数は軽く見て100を超えている。
たかだかDランク冒険者、そのランクと同等の実力しか持たない人間に三桁も居るモンスターを倒しきれるわけが無い。
囲まれれば死ぬ、ただそれだけしか未来が無い。
なのにだ、何故まだ二人が生きているのか。
そこには二人から離れている一つの存在、『彼女』が居たからである。
剛力、長大な刃が無尽に翻る。
草原の草、グラーアント、そして地面。
その三つが一撃の下に刈り取られ、切り裂かれる。
誰もが逃れられぬ死神の鎌を振るうのは、彼女。
正直に言えば彼女にとってこの武器、断刀<たち>と言う一文字変えただけの大太刀は予想以上であった。
確かに日本の刀は折れず、曲がらず、よく切れると言って世界でも有名な刃物である事は知っている。
だがこれはそれを極限まで追求した物である事が理解できる。
まずは『折れぬ』、岩に叩きつけようと、力自慢の大男が大振りの金槌を思い切り振り下ろしても、弾き飛ばす様に当たった方が壊れる。
次に『曲がらず』、生半可な力では僅かにも曲がらず強靭、曲がったとしてもそれはしなるだけですぐに元通りに戻る。
そして『よく切れる』、刃を上向きにしておき、上から木の葉っぱを置けば葉っぱの自重で両断される。
間違いなく『可笑しい』、三つの相反する性質をそれぞれ極限まで引き上げた代物。
『黒刃金』の店主が言うだけの事はある、それにちょこっと重いし。
そんな事を思いながら彼女は断刀を振るい続ける。
残念な事に断刀は長く重い、その為振り抜くためには足を大股に広げなくてはならない。
そうなるとローブが広がって胸から下が見えてしまう。
姿を晒すのは好まない彼女にとって、それだけが唯一の難点であった。
「一杯居るわね」
そう呟きながら、烈風が周囲を蹂躙する。
既にグラーアントを切り伏せた数は三桁に届く、たかが30センチほどの大蟻が彼女に手傷を負わせる事などありえない。
今この時点での草原の覇者は彼女以外にありえない、だからこそか、まるで無限に湧き出るかのように蟻は襲い掛かってくるのを止めない。
彼女からすれば探す手間が省けて願ったり適ったり、嬉々として……ではないが手間が省けてお金も稼げると一石二鳥。
ストンストンと草を切り裂き、グラーアントを切り裂き、地面に裂傷を作り草原を練り歩く。
お陰で彼女が通った草原は中々に酷い有様。
自然破壊になるが、それに気にする時でもない。
何せ遠くから声を上げて走ってくる人影があったから。
断刀を振りながらもその走ってくる人影、人物をその双眼で見る。
『見よう』と思えばまるで双眼鏡のように拡大される視界。
そうして見た人物は女性、自分の年齢とそう変わりそうではない少女。
短い杖を右手に持ち、少し大きめの水色のローブを着た金髪の少女。
涙を流しながら、大声で叫びながら、なりふり構わないその姿は。
「たすけてぇっ!」
救援を求める姿だった。
声を聞くと同時に身を翻し、少女が居る方向へと一直線。
走りながら断刀を振り回し、進路上に居る蟻をなぎ払う。
「たす、たすけてぇッ!!」
足が縺れ草むらに倒れる少女。
グラーアントはそれをチャンスと見るか、高速で群がり、倒れた少女を食いちぎらんと顎を鳴らす。
が、それよりも早く両断される。
倒れた少女を拾い上げるかのように、その胸に腕を回して抱え起こす。
「たすけてぇ、ケイちゃんが、ケイちゃんがぁ!」
走っていた為に荒い息、咽ながらも名を叫ぶ。
「走るから手を回して」
抱く少女が走ってきた方向に、一人だけ剣を振り回している人が居る。
あの人が少女が呼ぶ人だろう、たった一人で戦っている。
少女を逃がすために囮になったのか、見ていれば腕を背中に回される。
そうして『飛ぶ』、容易く草の丈を超え、人が出し得ない速度で掛ける。
左手に同じ歳位だろう少女と、右手に長大な太刀を持って加速。
「ヒッ!」
急加速により掛かる慣性、全身を押されるような感覚に悲鳴を漏らす少女。
構わず彼女は等間隔で跳ね駆け、十秒も経たず目的地まで届く。
そうして右腕を振るう、抵抗無く軌跡上にある物体を切り裂き、地に足をつけた。
「ッ……あんた」
剣を杖代わりに立つ少年、その左足の踵骨腱、アキレス腱が無残に食いちぎられ、骨まで見えている。
白い骨に、赤い血で彩られた怪我。
これは歩く事すら出来ない、放っておけば出血多量で死んでもおかしくない。
「助かっ」
少年が言い切る前にボンっと草むらが弾け、そこに潜んでいたグラーアントは弾け飛ぶ。
腕が霞むほどの速度で振るわれ、草むらと蟻と、地面が抉れる。
草刈り機も真っ青な、周囲の地面が混ぜ繰り返されるように切り裂かれて拓けた。
少年と少女の顔も真っ青、自身が苦戦した蟻が事なげ無く蹂躙され、殺される。
「……助かった」
左足の激痛に耐え、抱きついている幼馴染に回している腕に力を込める。
森に入らなくて正解、この人に頼って正解だったと思い直す。
「早く飲んで!」
「……ああ」
押し付けられるポーション、赤い液体の即効性治療薬。
そのビンのコルクを空け、一気に呷れば全身に染み渡り、体中に付いていた傷が塞がり始める。
アキレス腱も同様に、しかし効果が足りないのか塞がるのが止まってしまう。
それを確認してもう一本あけて呷る、そうしてやっと傷が塞がった。
凄い……、それが『ヒーリングポーション』の効果を見て思ったこと。
普通ならば外科手術を施しても歩けるかどうか分からない怪我、それが映像を巻き戻すかのように塞がり治る。
ファンタジーならばお約束だろうポーションだけど、実際に目にしてみると凄まじいを通り越して有り得ないほどの効果。
これ程の効果ならば、即死でなければ死なない可能性が大きい。
素早く飲めると言う条件が付く物の、擬似的な不死にでもなれるのではないかと思うほど。
そう思うのは、これでヒーリングポーションの中で一番効果が低いと言うこと。
さらに上位四種類のポーションがある、そんな物を服用すれば胴や四肢が大きく抉れていても瞬間的に治癒するかもしれない。
地球の科学では無し得ないし、医療技術などが全く発達しないのが容易く納得できる物だった。
「………」
一通り断刀を振り終え、切っ先を地面に落ち着ける。
周囲は草が全てなぎ払われ、足元がしっかりと見える。
距離の関係で背丈が不揃いだが、グラーアントが草むらに紛れて近づくのは十分に阻止できる。
と言ってもこれだけで50匹以上切り殺したのだから、それなりには数が減っているだろう。
「……270枚」
「え?」
少年と少女、治療をする必要がなくなった事に安堵し、これまで倒した蟻の討伐部位の確保が出来た数を呟く。
もう少し倒して稼いで置くべきね。
思い立ったが吉日、前に出した足で大きく踏み込み、剛腕を振るう。
変わらず草と一緒に蟻が斬り飛ばされる。
満足はしない、まだ足りないと飢える獣。
それを感じ取ったのか、蟻は寄ってくるのを止め、草むらの奥、森の奥へと消えていく。
だが追撃は止まらない、グラーアントを圧倒的に上回る速度で寄り切り、逃げる蟻を叩き割る。
「逃げるのは駄目」
切って切って、追って斬る。
モンスターなど目の前にぶら下がるお金にしか見えない。
手を伸ばせば十分に届く、だから殺す。
殺せば殺した分だけ早くなる、待たせたくない、これ以上あんな事をさせる心算など無い。
だから。
コロス。
初心者、EやDランク冒険者はかなり少ない。
その理由の一つはランクアップ、もう一つは冒険者の脱落。
これが二番目と三番目の理由。
少なくなる最大の要因が、『冒険者の死亡』。
討伐しに行ったモンスターに殺される、冒険者が脱落する一番の理由がこの原因。
幾らランクが上がろうとも、上には上に強いモンスターが居る。
亜人を含む人間たちが相手に出来るモンスターランクは『S』までだと言われている。
SSにまであがるとAAAランクの実力を持つ人間が1000人居ても、簡単に蹂躙される力の差が出来上がる。
一匹で一国を滅ぼせるだけの実力を持つモンスターが闊歩する世界、弱肉強食が物理的な意味で実在する、弱い者が死んで当然の世界でもある。
それを討伐するとなると、どうしても身近に『死』が纏わり付いてしまう。
それに怯え、冒険者を辞めるものだって居るし、怯む事無く立ち向かいランクアップを果たす者も居る。
だが世界は甘くない、人間が死ぬ要因の実に8割がモンスターによる襲撃で命を落としていると言うもの。
寿命で往生できる者など国の中心、王都など安全な場所に住む者たちばかり。
辺境に住む者が老衰で死ねる事などまず有り得ない。
そうした世界の中でこの二人、ケインとユリスは間違いなく『運が良い』のだろう。
『偶然』『運良く』彼女が同じクエストを受けたから助かった。
もう数分彼女が黒刃金の店主と会話をしていたら、もう数分早く店を出ていたら間違いなく二人とも『死んでいた』。
「……良かったなぁ? 奴さんが居て」
「……はい」
ギルド内の一席、ギルドの教官グレニーと、Dランク冒険者のケインとユリスが向かい合って椅子に座っていた。
「まぁ無事に戻ってこれたんだし良いけどよ、『次』は無いからしっかり気をつけろよ?」
「……はい」
あの後、彼女が蟻を追い回し、全滅させるかと言うほどの蹂躙劇を見た二人は多少怯えながら討伐部位の切り取りを進んで手伝った。
命を救ってもらったんだからこれくらい当然、寧ろ進んでやら無いと気が済まない。
剥ぎ取り用のナイフでチマチマと、グラーアントの討伐部位である触覚を切り取り彼女に渡す。
そうすれば。
『ありがとうございます』
とフードの中から綺麗な声が返ってきて二人はより驚く。
ユリスは先の助けを求めたときに声を聞いていたが、気が動転していてしっかりと覚えていなかった。
グラーアントなど歯牙にも掛けない力を見せ付けた冒険者が、実は女性だったなんて思いも寄らなかった二人。
さらには彼女がいまだCランクと言う低い位置に居るのがより信じられなかった。
「登録したのが二日前だっての、今回の虫退治でBに上がるけど」
「……凄いですね」
「ギルドランクを当てにすんなよ、実力はAAはあるだろうし。 そう言う奴が居ても全く不思議じゃないからな」
通りで、と思う二人。
あんな凄まじい実力でCランクなど、AとかAAランクはどれほどの物か予想も付かない。
「それでもあいつは別格だろうしな、多分何事も無けりゃAAAまで登るだろうよ」
「……凄いです、どうやったらあんな風になれるんでしょうか」
「お前さんじゃ無理、ケインも無理だな。 ありゃあモノが違いすぎる、天性のもんだろうよ」
「そうですか……」
「あいつはあいつ、お前さんはお前さん。 目標とするのは良いが、同じになろうとするのは止めときな」
どれほど鍛錬を積めばあんな風になれるのか。
「死なないように頑張れ、あいつのようには成れんだろうがそれなりの冒険者には成れるだろうしよ」
「……はい!」
「報酬貰ったんだろ、装備揃えて次に備えとけよ」
グレニー教官が立ち上がり、奥の席で話している受付のベリルさんと、あの人が居る所まで歩いていった。
「……凄いね」
「ああ」
「……私ね、ケイちゃんが冒険者に成るって言うから付いてきたんだよ」
「……ゴメン」
「蟻に追いかけられてもういやだって思ったんだ」
「………」
「でもね、あの人に助けられた時とても嬉しかったの。 私ね、あの人みたいに誰かを助けられるようになりたいと思ったの」
「……ああ」
ユリスがこっち向いて笑った。
「ね、強くなろ?」
「ああ!」
「で、100匹どころか370匹? 毎回面白い話を持ってきてくれるな」
「すみません」
「すっごいわねぇ……、保存袋が一杯よ」
大きく膨れ、楕円形にまでなっていた袋。
その中は全てグラーアントの触覚。
「10匹討伐でプラス金貨10枚か、それで合計450枚……やりすぎだな」
本来ならば複数の冒険者が複数回に渡って討伐を行う依頼。
それを一人で、数十人分の数を討伐した物だからこの依頼は取り下げられた。
先のオークも同様、こうなると他のDやCランク冒険者から反感を買ったりするだろう。
「小物狙いじゃなく、大物にしたらどうだ? お前さんならAランクは楽勝だろうし、AAでも十分いけると思うがな」
「反対よ、反対! 危なすぎるわ!」
「お前に聞いてねーよ、それにしてもこのごろ小物がやけに多いよな」
「……確かにねぇ、さっきもクレントフォックスの大量討伐の依頼が来てたわよ」
「……全く、やっぱり魔王関連か?」
「世界を滅ぼすって奴? 本当にそんな奴が居るのかしら」
魔王が小物のモンスターを増やして人間の甚振っている。
そんな噂が数年前から漂っていた、さらにはその魔王を討伐するために専用の軍が発足されたなんてのも聞いた。
果てはどこかの国が『勇者』を輩出とかなんとか。
正直どうでも良い、早くあの子達を解放するためのお金を貯めなくては。
「あら、どこ行くの?」
「依頼を見てきます」
「さっき終わったばかりじゃない!」
「時間がありませんので」
そう言って止めるベリルさんの言葉に返し、依頼掲示板へと足を向ける。
奥の席から掲示板までの間、いくつ物テーブルが並び、そこに座っているほかの冒険者たちが幾人もこちらを見る。
やっぱり依頼潰しが気に食わないだろうか。
「………」
そのまま通り過ぎ、掲示板前まで着く。
ここは大物、一匹で大量のお金を稼げるモンスターじゃないと駄目だろう。
……コボルトオルグ<牙猪>、マンマタンゴ<歩く毒茸>、トライアード<腐敗した木人>、比較的弱い金貨500枚を超えるAAランクのモンスターばかりだが、如何せん出没地域が遠すぎる。
これは駄目、これも駄目、そうして出来るだけあの地域に近く、高い報酬金が出るモンスターを選ぶ。
そうして選り好みした依頼を手に取る。
『銀色の妖狐の討伐:討伐報酬、白銀貨9枚』
白銀貨、1枚で金貨100枚に相当する上位貨幣。
それが9枚と言うことは金貨900枚相当、出没地域もあそこから1日も掛からない。
「……これで」
開放させることが出来る。
そう思えばすぐにでも動かなければいけない。
手に持った依頼を受付へと持っていく。
それを見ていたベリルさんが慌てて受付カウンターへと戻る。
「……これを受けます」
「AAランク、本当に受けるの?」
「はい」
「銀常狐<ぎんじょうきつね>? また希少なモンスターを選んだなぁ」
銀色の光を常に放つ狐、ゆえに銀常狐と呼ばれるモンスター。
特に夜の銀常狐は神秘的な風格さえ宿し、その毛皮は高値で取引される。
希少と言うのは乱獲されたなどと言う理由ではなく、元より数が少ないために希少と言われる。
「流石にこいつと戦ったことないな、噂じゃ尋常じゃない速度で駆け回るらしいぜ」
素早いと言う意味か、多少早い程度では簡単に捉えられるから逆に良い獲物になる。
「大丈夫です」
問題は無い、殺し切って稼ぐだけ。
「え? もう行くの?」
「はい」
水晶球に手を置き受注、そうしてギルドから出て行く。
「急いでるな、お嬢ちゃん。 余程金が入用らしいな」
「……何かあるんでしょうね」
「無けりゃ冒険者やってなかっただろうよ」
「それはそうだけど……」
「気にしすぎだ、中立で居ろとは言わんが深入りしすぎるなよ」
「分かってるわよ」
「そうだと良いがな」
「一々うるさいわね!」
「……危ない感じがする、だから言ってやってんのによ」
「うっ……、あんたがそう言うならそうかもしれないけど」
グレニーの悪い予感、それは大体が当たる。
子供の頃からそうであり、大人となった今でもそれは変わらない。
良い予感は一つ足りとも当たらないけど、悪い方向のは無視できないほど的中率を誇る。
「美人だろうが何だろうが、人を寄せ付けようとしない姿勢は何かあるのさ。 一重にかかわる奴等の心配でもしてるんじゃないのか」
嫌な予感は的中する、だからこそ余計に心配していしまう。
グレニーの言葉、見事その悪い予感は当たっていた。
追加とされ届いた賞金首リストに、彼女の姿が載っていたのだった。
お盆って普通休みじゃないの? 16時間労働とか風呂入って飯食って寝るしかできねー。