ランチャー・グレネード・バスター・トリガー
てーっ!
「よく戻った。無事なようで、まずは何より。適当に寛いでくれたまえ」
直属の上司に当たる、男性解放戦線東日本地区支部長・石北快慶に促され、ソファ席へと腰掛ける。
このアジトのトップの私室備品であるが、聖少女領域の一般家庭で使われているものより、いくらかのランクダウンは否めない。
「どうぞ」
秘書官から焙じ茶が供される。一見すると女性のようだが、当然の権利のように男性だ。
「鳴海、身体検査の結果は、異常なしか?」
石北は同室していた白衣の男に問いかける。
この部屋の中で、誰よりも尊大にふんぞり返っている者へと。
「聞くまでもない。この私が事前に予測した数値と、大幅なズレなど生じるはずもないのだからな」
その名は鳴海寛貴。
男性サイドに於ける聖女研究の第一人者であり、疑似聖女変身薬『LGBT』を開発した張本人である。
彼がいなければ、男性軍の状況はもっと絶望一路であったことだろう。
「相変わらずだな、キミという奴は。それにしても、すまなかったね。僕の力が及ばないばかりに、聖女の籠絡などという追加任務を背負わせることになってしまい、本当に、申し訳なく思う」
紳士的で、教養のある佇まい。
蒼汰は常日頃、石北は反政府組織にはおよそ似つかわしくない人物であると感じていた。
「気にしないでください、石北さんのせいではありませんから」
「しかし、そういった交渉事みたいなものは、蒼汰くんにとっては苦手分野だろう? 戸惑うことや、困難なども多いのではないか? 何かトラブルなどは起きていはしないか?」
(まぁ……戸惑うことも、困難も山積みではあるけど……いきなり正体がバレるトラブルが起きました、なんてのは……流石に言い出しにくいな……)
誤解されることが非常に多いが、組織の上下関係に於ける『報告・連絡・相談』という標語は、部下に強要するものではなく、萎縮したりせずにそれらを行える環境づくりを上司が積極的に行うべき、という主旨である。
その点に於いて石北はよくやっていると言えよう。
蒼汰を始めとして、部下たちから充分な信頼を得るに至っているのだから。
「……いや、まだ潜入して数日だ。キミの中できちんと整理できていない部分もあるだろう。結果を焦る必要はないのだ。腰を据えて、じっくりと任務に取り組んでくれれば、それでいい」
経過報告については、逐次提出を済ませている。
特にアジトへ来る前に伝えておいた、麻薙葵の、空間連結能力を持つ聖神聖衣に関する情報は高評価らしかった。
あくまで状況証拠から推察した性能、という具合にぼやかしての報告だが。
「石北。すまないが、もう一度黒崎くんを借りても構わないか? ふと確かめておきたいことが浮かんだものでな」
黒崎蒼汰。本名である。
家庭環境が崩壊して久しい今更、ファミリーネームに大した意味などありはしないけれど。
「わかった。最後に蒼汰くんの方から、僕に聞いておきたいことなどはないか?」
「えっと……そうですね……結果を焦る必要はないと言っていましたけど、この任務に期限などはないのですか?」
「今のところ、明確に定められてはいないな。聖少女領域内の情報を探ることは、この支部の目的の中でも上位に当たる。大きな問題さえ起きなければ、半年から1年くらいは様子見する腹積もりなのではないか……と僕は睨んでいる」
(やはり、手を拱いていても、状況は改善されそうにない、か……)
「リスクを考えれば、もっと早くに引き上げさせるべきなのだろうが……残念ながら上層部の老人どもは、末端構成員の身の安全など、想像の埒外だ。これからも掛け合う努力だけはしてみるが……」
「はい、それで充分です。今の世界では、他の任務に就いたところで、リスクの大きさはそこまで変わらないでしょうし」
「そう言ってくれると助かる。繰り言になるが、くれぐれも慎重にな」
「はい。では失礼します」
*
支部長室を退出し、鳴海の後を追って別の一角を訪れる。鳴海の研究室だ。
計器類や、大型コンピュータなどが無数に置かれているが、それでも整理整頓が行き届いているおかげか、こざっぱりしている印象がある大部屋。
蒼汰はその一番奥の区画へと通される。
「鳴海先生、確かめておきたいことというのは……? 何か追加の検査でもするのですか?」
「その必要はない。言っただろう? 私の予測値を大きく外れることなどありえないのだと」
鳴海の机には美少女フィギュアや人型ロボットのプラモデルなどが飾られており、あまり科学者らしさは感じられない。
「えっと……それじゃオレはなんのために呼ばれたんです?」
蒼汰は別の来客用の椅子に座るよう勧められ、素直に従う。
「単刀直入に聞こう。正体が誰かに露見したのか? と」
心臓が止まる気がした。
徹底的な訓練を経ていなかったなら、無様に狼狽していたことだろう。
「……なんで、わかったんですか?」
「おや? あっさりと認めるのだな。決定的な証拠を突きつけたわけでもないのだから、単なるカマかけという線も期待して、すっとぼけてもいい状況だと思うのだが」
「自分なりに、線引きをしてきましたから。積極的に報告はしない代わりに、質問されたときは正直に白状しようと。それで何か、オレは不自然な点を見せていましたか?」
「さぁ。少なくとも、私にはいつも通りのように見えたがね。元より、他人について見定める観察眼にはまるで定評がないものだが」
ペットボトルのカフェラテを一口呷る。来客分を用意するつもりはないらしい。いつものことだが。
「石北とはそれなりに長い付き合いなのでね。先程、些か不自然にキミとの会話を切り上げたように思えたものだから、そこから推察した形だな」
「……そうですか。やはり、石北さんには見抜かれていましたか……それで、オレの処遇はどうしますか?」
「ん? さてね。研究開発のためにいる私に聞かれてもな」
「……報告、しないんですか?」
「ここの責任者である石北が、見て見ぬ振りをしようとしている。ならば、私がどうこう口を挟む必要などないだろう。加えて、黒崎くん自身も、まだ逆転の可能性を感じているのだろう? でなければ、黙秘などはしない……いや、それ以前に、アジトまで戻ってきはしないだろう?」
「……精神操作とかで、この場所まで案内させている、なんていうのもあり得ると思います」
「ふむ、成程な。ま、それならばそれで、もはや逃げ場などあるまい。ならば考慮するには値しないな」
「豪胆ですね」
「そうでなくば、このような世界では生きていけないだろう?」
「……ですね。じゃあオレは、このまま任務続行する形でいいんですね?」
「ああ。キミの戦闘データは実に興味深い。これからも期待させてもらうとするよ」
肩の荷がいくばくか軽くなったような安堵感と、問題を先送りにしただけのような不安感がないまぜになったような、複雑な心境だった。
(利用価値がある間だけは、かろうじて生かされる……今に始まったことじゃない。ああ、そうだ、何も変わらない。闇雲だろうと絶望だろうと、ただ突き進むのみだ)
唐突に、研究室の扉が大きな音を立てて開かれた。それに伴い、静かで厳かだった雰囲気は一瞬の内に消え失せる。
「すんませーん! 蒼汰がこっちに来てるって聞いたんっスけどー!?」
「鳴海先生! 大変な事実が判明しました! 今すぐ、これを見てください!」
我先にと奥までやって来た人物は2名。
1人は蒼汰と組織の連絡仲介も担っていた涼風咲人。
もう1人は鳴海の助手であり、研究員の朝倉尊だ。
「女3人集まれば姦しい……というやつかな」
鳴海が目を伏せ、軽く横へと首を振る。
「別にオレは騒がしくしてないと思いますけど。っていうか見た目がそうなだけで、ここにいるのは全員男じゃないですか」
「果たしてそうかな? 意外とこの私の正体が、女性であるかもしれないぞ?」
見た目からして男性そのものの鳴海が言う。
幼少期の内に、この男性解放戦線に拾われ、工作員候補として育てられた者たちは、皆外見的には女性そのものである。
が、聖女戦争終結時点で第二次性徴期を迎えていた場合は時既に遅しで、見た目も中身も男性そのもの。
故に現場での活動に赴くことはない。
無論、反政府組織などの財政事情がそこまで潤沢であるはずもなく、鳴海や石北のように、秀でた才覚を持つ一部の者たち以外は、既に放逐されている。
とどのつまり、女性への反抗のために集まった組織のアジトであるにも関わらず、外見的には、ほぼ女性だけで構成されているかのように見えるのだった。
「おっすおっすー。元気そうで何よりじゃん。で、どうなんよ、女どもの楽園で過ごした感想は?」
「涼風さん、雑談なら後にしてください! 僕が発見した事実は、黒崎さんに関わる重要なことなんですから!」
手近にあったテーブルの上で、尊は持参したノートPCを立ち上げる。
聖神力によって生まれる技術があまりにも便利すぎる故、電子機器の発展は聖女戦争以降、牛歩状態となっている。
単純に頭打ちなだけかもしれないが。
「なんだよ、勿体ぶった割には、蒼汰と河嶋翔子の戦闘記録じゃん。これならもう何回も見たって。実況解説つけるのにさ」
「早まらないでください。ここに僕の開発した聖神力解析のソフトで得られたデータを重ね合わせると……」
高速タイピングでプログラムを打ち込むと、映像のカラーリングに変化が起きる。
現実的な色合いからかけ離れた。サーモグラフィーのようなグラデーション具合だ。
「へー、こんなん見られるんだなー。なんの意味があんのか知らんけど」
「極めて重要ですよ。よく見てください。黒崎さんと、河嶋翔子の両者に於ける、決定的な違いがわかるでしょう?」
「決定的な違い……? ああ、おっぱいの大きさか。蒼汰の方が、ずっとでかい」
「何処を見てるんですか、何処を!? いいですか? 僕の開発したソフトでは、聖神力が高い程、赤や白に近づいていくんです。河嶋翔子の全身は、白に近いピンク色をしているでしょう?」
「そだねー。で、蒼汰の方は右腕以外ほぼ真っ青だな。バランス悪すぎー」
ふざけ半分に軽口を叩いてばかりの咲人。
対して尊の様子は極めて深刻だ。
「そう、そこなんですよ。問題は。次にこれを見てください」
画面表示を切り替える。身体検査のために撮影した、蒼汰の全身写真へと。
「先程撮影したものです。当然、LGBTは使用していない、素の状態です。ここも同様に、聖神力解析ソフトを通すとですね……」
「これがなんだよ? 全身ほぼ真っ黒だけど、要するに聖神力がない状態ってことだろ? 疑似聖女になんなきゃ使えねーんだから、当たり前じゃん」
「重要なのはそこではありません。胸の中心部、つまりは心臓周辺を見比べてみてください。通常時の黒崎さんだけ、仄かに黄色くなっているのがわかりませんか?」
「ん~……? あ~、言われてみればそうかも。誤差だよ、誤差」
「そんな気軽に流していい問題じゃないんです! いいですか? 聖神力というのは、聖女でなくとも、微弱ながらも有しているものなんですよ! それこそが、生物と無生物とを決定的に隔てている概念、つまり魂なんです! あまり知られていませんが、魂と聖神力とは、同種の力なんです!」
「ん……どゆこと? 邪神装甲展開中の蒼汰は、魂が抜けちゃってるん?」
「いいえ、そうではありません。擬似聖女の邪神装甲は、使用者の魂を変異させたものなんです」
本来の聖女であれば、外部から集めた聖神力を凝縮して聖神聖衣を具現化する。
だが、紛い物である疑似聖女の場合は、自らの魂を媒介とする必要が生じてしまう。
「ですから、もし邪神装甲が破壊されてしまった場合、即座に使用者は死に至ることになるでしょう。魂自体が霧散してしまうのですから、当然即時転生なども不可能です」
「へー。そりゃ大変だ。けどやっぱ誤差だろ。疑似聖女には、2回目の邪神装甲を具現化する余力なんてねーわけだし。負けたら即死亡、なんてのは理不尽でもなんでもねー。聖女の方がチートなだけだろ」
「……わかりませんか? 黒崎さんの場合、それだけでは済まないんです」
2人の間でどんどん話が進んでいくのを脇で聞いている立場だが、やはり蒼汰が渦中の人物であるらしい。
「右腕のみに装着するという、特異な邪神装甲形態……だからこそ生まれてしまった、想定外の弱点……黒崎さんの場合、邪神装甲を破壊されるまでもなく、右腕部を肩口あたりから切り落とされるだけで、おしまいなんです。魂が肉体から分離してしまうわけですから、生命活動の維持は不可能です」
「え……マジで? やべーじゃん……どうすんだよ、蒼汰?」
最後まで説明されて漸く、咲人の顔色が変わる。
しかし、張本人である蒼汰は慌てることもなく、落ち着き払っている。
それもそのはず、何故ならば。
「長々解説してもらって申し訳ないんですけど……その弱点、製作中に鳴海先生から指摘されてます」
「……え?」
次に驚き戸惑うのは、尊の方だった。
我関せずといった調子で、バニラ味のアイスクリームを食していた鳴海の方へと、視線で回答を求める。
「1から10まで説明せずとも、自力で辿り着くだろうと踏んでいたのだが、思ったより時間が掛かったな。しかし安心したまえ、他の研究のこともある。充分、許容範囲内だよ」
尊を指したのは、プラスティック製のスプーン。金属製は、アイスの味がぼやけるから嫌いらしい。
「……なんでこんな偉そうなんですかね、この人」
「今更言うなよ。パワハラくらい、平常運転じゃんかよ」
「陰口なら、聞こえないように叩きたまえよ」
「それより問題なのは黒崎さんの方ですよっ! 重大な欠陥があると忠告されたのに、なんでそのまま実装しちゃうんですかっ!?」
「聖神聖衣を真っ向からブチ抜く威力を出す手段が、それ以外になかったからですけど……」
「そんなことはないだろう。頭に付けて突撃した方がまだマシだと、助言したではないか。首を斬られれば死ぬのは変わらないのだから、と。因みにその場合、必殺技の名前はスイカバーだ」
鳴海の言には耳を貸さず、話を続ける。
「そこまで大袈裟に騒ぎ立てる必要ありますか? 邪神装甲を使っても、依然として聖女には遠く及ばない。なら、その程度の弱点が増えるくらい、些末な問題ですよ」
平然と答える蒼汰に、尊の方が閉口してしまう。
「ま、尊の言う通りではあるけどさ。蒼汰はアホだから」
そして咲人も、あっけらかんと罵倒する。
「けど実際に河嶋翔子の防御を貫通して、殺害することに成功した、っつー結果出してんだから、外野がとやかく言うことではねーんじゃねーか? 鳴海先生も、問題点の指摘ってよりかは、最終的な意思確認の意味合いだったんじゃないスか?」
「そうだな。命知らずは嫌いではない。スイカバーのプランもオススメではあったのだが」
「……イカれてますよ。みなさん、普通じゃないです」
尊はがっくりと脱力する。
「そんなに変ですかね? 男に生まれた以上、常に死の危険と隣合わせなのは、当然の感覚だと思いますけど……そういえば朝倉さんは、どういう経緯で鳴海先生の助手担になったんです?」
「え、えと、それは……」
尊は言い淀む。
あまり話したくない事情なのか、詮索されるのが嫌いなタイプなのか。
いずれにせよ、無理矢理にでも口を割らせたいほどではないので、深入りはしない。
「経緯が謎なのは、鳴海先生もッスよね? いくら男だといっても、鳴海先生くらいの頭脳があるなら、聖女側からも歓迎されそうなもんじゃないスか?」
(言われてみれば、確かに。最初の聖女の覚醒から10年が経過しているといっても、ロクな研究材料もなしで、疑似聖女に変身する技術を確立するなんて、普通じゃない)
或いは、一般公開されていない、独自の研究データでも持っているのか、とも考える。
(いや、その線も薄いか。そんなものがあるなら、とっくに共有されているはず……いや、敵側のスパイからの情報提供で、利用範囲を制限されているとか……いやいや、そんなことをするメリットがどこに……)
色々と考えを巡らせてはみるものの、答えは出ない。
「その指摘は、概ね正しい。天才たる私がその気になれば、聖女サイドに取り入ることも、充分に可能であろう」
「じゃあ、なんでそうしなかったんスか? やっぱり男だから……あ、それとも石北さんがいたから?」
(そういうタイプではなさそうだけど……)
蒼汰の推察は当たっていた。
鳴海自身の回答が、それを裏付ける。
「私は弱い方につく。それだけの話だ」
しばしの間、静寂が訪れる。
皆それぞれ、意味を理解するための時間が必要だったのだろう。
「えと……普通、逆じゃないッスか? 強い方につく、なら聞いたことあるんスけど」
「くだらんな。勝利が濃厚な側について、順当に勝ちを得たところで、それがなんになる? 驚きも意外性もない、つまらない結果ではないか。壁というのは高ければ高い程、倒壊させたときの被害が甚大になるのだよ」
「乗り越えたときに達成感がある……とかじゃないんですね」
「残念ながら、鳴海寛貴というのはそういう存在なのだよ。ついでに言えば、黒崎くんの邪神装甲方も、実に私好みだ」
「……望み通りになったのなら、何よりです。話が終わりでしたら、これで失礼します。聖少女領域に戻る前に、少しでもゆっくりしておきたいので」
軽く会釈して、立ち上がる。咲人もそれに続こうとしていた。
「そうか。では最後に1つだけ。まだこれは確定情報ではないのだが……十二死兆怪妖についてだ」
「十二指腸潰瘍? 鳴海先生、病気なんスか? 甘いもんばっかり食べてるからッスよ?」
「違う。十二死兆怪妖。キミたち2人も所属していた、疑似聖女開発のための、LGBT試験部隊の名称だ」
「えぇ……あれって、そんな名前だったんスか……?」
咲人はげんなりした様子だ。
勿論蒼汰にしてもまったくの新情報。寝耳に水である。
「一足先に邪神装甲を完成させたキミたち2人は、実地試験のために、異動になったわけだが……残りの10名が、まるごと西日本支部の管轄に入ることとなったそうだ」
「西日本支部って……五輪長官のところッスか? なんでそんな……明らかに石北さんへの妨害工作ッスよね?」
「上の人間に媚び諂い、取り入ることには長けた男だからな。決定権を持つ上層部の人間も、耄碌しかけの老人どもだ。適当に言いくるめられてしまったのだろう」
鳴海の辞書に配慮や忖度という文字はない。いつでも誰でも、隙あらばフルボッコだ。
「更に、新たなリーダーを加えた彼らは、部隊名を『五憎六腐』と改め、活動を開始したとのことだ」
「五憎六腐……まさかとは思うんですけど、鳴海先生のネーミングじゃないですよね?」
「何故そんなことを聞く?」
「いや、さっきの十二死兆怪妖と、センスが一緒じゃないですか」
「よくぞ見抜いた。だが、あくまで私は名称をパクられただけだ。キミたちが抜けた後の、試験部隊の運用についてもいくつかの構想はあったのでね。故に現状の実態については、残念ながらノータッチ。既に私の手を完全に離れた状態だ」
「……それをオレに言うってことは、彼らが聖少女領域で何かを画策している……ってことですか?」
「あくまで可能性の1つだよ。だが、五輪長官の性格を考えれば、石北の部下であるキミが功績を挙げるのを、傍観しているとも思えないのでね」
(……所謂、内ゲバってやつか……面倒くせぇことしやがって……)
まったくである。明確な敵戦力がいる状態での、味方サイドでも内輪揉めなんて、おもしろいもんじゃないからね。やれば大抵人気が落ちる。
「ライバルの戦力を横取りして、元部下同士でぶつけようってことッスか? タチ悪いッスね。あのオッサンなら、やりかねないッスけど」
「表立って、黒崎くんを直接攻撃してくるような真似は、流石にしないだろうがね。そこまですれば責任問題だ。だが、地味な嫌がらせめいたことを仕掛けてくることは充分に考えられる。一応、警戒はしておいてくれたまえ」
「……わかりました。肝に銘じておきます」
咲人と2人で、鳴海の研究室を後にする。
「やれやれだなぁ……ただでさえ勝ち目のほぼない戦いだっていうのに、余計な労力を割くつもりなのかね?」
咲人も同様の感想であるらしい。
「けど鳴海先生が、わざわざ忠告するってことは、かなり信憑性が高いんだろうな。まぁ、試験部隊まるごとってことなら、濱屋さんもいるはずだし、上手いこと歯止めを掛けてくれることに期待しよーぜ」
「ん……ま、そうだな。あの人がいれば、あいつらだってそこまで無茶はしないか」
濱屋稔。
蒼汰たちより少し年上の、頼れる兄貴分。
クセがすごい連中を集めたLGBT試験部隊が空中分解せずに、どうにかやってこられたのも、彼の存在が大きかったと言えよう。
「んなことより、潜入中のこと、詳しく聞かせろよ。任務中とはいえ、女の園だろ? 美味しい思いとかもしてたんじゃねーの?」
「美味しい思い……ねぇ……」
葵との間に起きた出来事は、客観的に見れば、それに該当することとして間違いなかった。
が、正体がバレたことについては、一部の人間だけで黙認しておく形となっている以上、いくら咲人といえども話すわけにはいかなかった。
何より、美味しい思いをしたのだと、認めたくない面が強かった。
「ま、蒼汰のことだし、そこまで積極的な行動は期待できないだろうけどさ。聖女のパンチラくらいならあったりしねー?」
「ん……まぁ、ぱんつなら……うん」
チラではなかったが。寧ろぱんつすらキャストオフした状態まで行っていたわけだが。
「おー、やったじゃん。んで、どうなんよ、感想は?」
「いや、別に……それどころじゃなかったし……」
「またまたー、またまた又吉。かっこつけてんじゃねーよ、このムッツリスケベ! 折角ぱんつ見えたなら『お尻なめたげる』くらい言ってやれば良かったのによー」
「なんでそうなんだよ。意味わからんし、誰が言うか。飛躍しすぎなんだよ、咲人は」
バカ丸出しの、クソみてぇな会話。
しかし蒼汰にとって、これ程居心地のいい時間は他になかった。
明日からは、また敵地の真っ只中で、油断ならない日々が続いていく。
だからこそ、ほんのひとときの安らぎを、しっかりと噛み締めていたかった。
*
聖少女領域と外界との間は、透明な防御フィールドで隔絶されている。
聖神力を用いずとも、一応近代科学でも強引な突破は不可能ではない。
だがその方法では重点的なマーキング対象となってしまい、挙げ句に捕縛されようものなら、協力者まで一絡げに極刑は免れない。
よって余程面倒くさがりな聖女以外は基本、決められた手段での出入りを行うこととなる。
そしてここは、外周にいくつか設けられた関所の1箇所。
黒い外套で全身を覆い隠した人物が、通過時に警報を発動させ、警備兵に呼び止められていた。
「失礼ですが、聖少女領域入国のライセンスはお持ちでしょうか?」
正式には国家ではなく、1地域に過ぎないが、管理の厳しさから、出入国と呼ぶのが慣習となっている。
「ライセンスなど不要だ。死にたくなければ、我の邪魔をするな」
「はぁ……? 何を言っているのかわかりませんが、ライセンスをお持ちでないのなら、聖少女領域への入国は認められません。お引取りを」
「邪魔をするなと言ったはずだ。すぐにそこをどけ。これは最後通牒だ」
2人の警備兵は武器を抜く。
聖神力を用いるスタンガンで、取り回しの良さから、一般女性の主武装として広く採用されている。
射程は最大500mほどで、ロックオン対象へのホーミング機能を備え、アフリカゾウでも一瞬で行動停止させるくらいまでの出力ならば調節可能だった。
「愚かな……このタナトスへと銃を向けるなど……その罪、万死に値する。さぁ、死ぬがよい」
黒衣の人物がフードを持ち上げ、片目を晒す。
「なんだこいつ……? 薬でもやっている……の……」
ただ静かに、叫び声の1つも上げることなく、2人の警備兵は首元を抑えながら絶命し、その場に倒れ伏した。
「フン……邪魔さえしなければ、もう少しくらいは長生きできたであろうにな」
黒衣の人物は2つの遺体を意に介することもなく、悠然と関所を通過する。
「いや……大して変わらないか。死の神たるタナトスが動き始めた以上、聖少女領域は壊滅する運命から逃れられぬのだからな……! 待っているがいい、黒崎蒼汰……お前の出番は、間もなく終わる……!」




