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恋の心の行く先は

「……上出来だな」

 グライフは口角をあげた。しかしそのように言うのでメリューナはまた不満に思ってしまう。

「ですから試験ではないと……」

 膨れて言いかけたが、その言葉は遮られた。

「単に嬉しいと言っただけだぞ」

 グライフの言葉には笑いが滲んでいた。けれどわかる。これはからかいたいのではない。

 嬉しさ、からだ。彼の言葉どおりに。ストレートな感情。

 なのでメリューナは不満を引っ込めた。声から、言葉から、そして触れてくれる体から感じられる。

 これが最早、恋人同士のするような触れ合いを模したもの、などではないことを。

 今度、手を伸ばしたのはグライフだった。メリューナの頬に触れる。愛おし気に撫でられた。

 メリューナの目が細くなった。心地良かった。これも。

 触れられている感触だけでない。そこからあたたかい感情が流れ込んでくるから。

 初めて知るそれは、心地良いだけではない。とても、……ああ、きっと。人間はこれを、幸せ、と呼ぶのであろう。

「人間になってしまえばどうだ、などと言っただろう。あれは割合本気だったのだぞ」

 またからかうような口調であったけれど、『本気だった』に重きが置かれていることは伝わってきた。

 そう望まれることは今となっては嬉しくもあるけれど、やはり人間になってしまうのは少々不安がある。なれることはわかったけれど、今のサキュバスという種族を捨てるというのは。

 なのでメリューナはすぐに「嬉しいです」とは言えなかった。

 ただ、思う。

 この方が望んでくれるように、子を作るということ。

 その意味を知った今は、それもいいと思った。

 それどころか、自分を、と望んでくれたことが嬉しくてならない。そんなふうに思い、また感じてしまうのは、グライフを特別だと思う気持ち……恋慕、なのである。

「しかし、もうサキュバスに戻ってしまったからな。子は成せぬが」

 言われて悲しくなってしまった。サキュバスに戻れたことは嬉しくある。

 けれど、グライフの望むことには応えられなくなったのだ。それは純粋に悲しくなる。

「そのような顔をするな。俺は『人間でなければ子は成せない』とは言っていないだろう」

 唐突にそんなことを言われ、メリューナはぽかんとした。ここまでの物言いでは、そういう意味だっただろうに。

「魔なる者。その中には生殖能力のある種族もいると知っているだろう」

「……はい。そう、ですね」

 それは知っていることであったので、よくわからないながら肯定したけれど、それがどう繋がるのかはもっとわからなかった。

「だから。その者から生殖能力を写し取ればいいというわけだ」

「……はぁ」

 間の抜けた声が出た。生殖能力? 写し取る?

 今度は目を白黒させてしまったメリューナの反応がおかしかったのか。グライフはやはり癖であるように、くつくつと笑い、メリューナの頬を撫でた。

「目の前にいるではないか。『生殖能力』を持った存在が」

 目の前……。言われてやっと、はっとした。

 確かにその通りだ。魔王たるグライフ。「世継ぎを」と望まれているのだから、生殖能力がないはずはない。

 そして、『能力』という抽象的なものだけに話を絞るなら、それを得るのは女性という性別からでなくとも良いのだろう。女性型の体は既にあるのだから。そこに生殖能力が宿るだけである。

「純粋なサキュバスという種族から離れるのなら、ほかの男から精気を得る必要もなくなるからな。俺にとって一石二鳥というわけだ」

 それがどうして一石二鳥なのか、メリューナはすぐにわからなかった。また首をかしげてしまう。その反応は苦笑された。

「恋慕の情に目覚めたばかりのヒナにはわかりづらかったか。では……そうだ。俺がほかの女との子供を求めたらどう思う」

 イメージのようなものだったので、メリューナはそのとおり、想像してみた。そしてすぐに顔をしかめてしまう。

「そ、それは……、嬉しく、ない……ですね。いえ、それはちょっと……」

 想像してみて、そこで既に嫌な気持ちが広がった。グライフがほかの女性の子を作る。それはどうにも気分が悪い。

「そうだろう。それと同じだ」

 なるほど。メリューナはやっと納得した。

 そして人間であるところの恋の気持ちを思い出す。人間は一対一でつがいになる。それは、惹かれるのはただ一人の相手であるからだ。

「それはともかく、そういうわけだから。俺の能力を分け与えてやればいいということになる。一朝一夕でできるものではないが」

 それはそうかもしれない。生殖能力というのは大きな能力に間違いない。あげます、と言って、ひょいと渡せるものではないのだろう。

 話は一応ひと段落したようである。が、別のところへ移ってしまった。

「ところで、お前は子を成す方法を知っているのか?」

「え?」

 くちづけ……ではないだろう。それなら人間に近付いていたときに、子ができていたかもしれないのだから。そのような不用意なことをグライフはしない、と思う。

 ではなんなのだろう。

 メリューナが疑問の表情を浮かべていたのから悟ったのだろう。笑みを浮かべられた。はっきりと苦笑、であったが。

「精気を得るのもくちづけだけだと思っていたくらいだからな。いい加減教えてやるか」

 ここまで呆れられたり先延ばしにされたりされていたこと。それをやっとはっきりと教えてもらえる。メリューナがその期待に胸を高鳴らせるより先に言われてしまった。

「精気を得るというのは。人間にとって、子を作る行為でおこなうのだ」

「そう、だったの、ですか」

 そう言われても、『子を作る』という行為がよくわからない。半分わかったような、そうでないような。

「淫魔はそれによって、子ではなく精気を得る、というだけだ」

 なるほど、それでは生殖能力は無いほうが良いのだろう。生き長らえるためには純粋に自分の体に精気を取り込むのが必要なので。

「よって。本来、淫魔のおこなう手段が必要なことに変わりはない」

 説明されたものの、本題にはなかなか入らない。メリューナはちょっと焦れてきた。

「ですからそれは、どのような……、……きゃっ!?」

 聞いた途端、ふわっと体が持ちあがった。抱きあげられたのだ、と理解してメリューナは目を白黒させた。腰の下、尻を持ち上げられて、片腕で軽々抱きあげられてしまう。

 そんなメリューナを見つめるグライフの目は優しかった。滅多に見せてくれたことのないものだ。

「軽いな」

 そんなことだけ言って、グライフは歩き出した。とはいえ遠い場所ではない。先程メリューナの座っていたソファである。

 とさっと降ろされた。が、それだけでは済まなかった。グライフがソファに膝をつき、メリューナの肩を押して体重をかけてきたのだから。

 メリューナはそれに抗えずにうしろに倒れてしまう。どさ、とソファに仰向けに倒れた。

 目をぱちぱちさせたメリューナであったけれど、すぐにそんな悠長な気持ちはかき消えた。

 教授のときに一度そうされたような体勢だ。けれどそのときとは感じる気持ちがまったく違っていた。

 心臓がどきどきと高鳴ってくる。見降ろし、見つめてくるグライフの琥珀色の瞳から目が離せなかった。

 その瞳は優しいのに、どこか奥が硬い。初めて見るような眼であった。

 そしてこの体勢と見つめ合ったことだけではない。きっと教授のときとは違うことが起こるのだろうということも察せた。

 そのことにもまた心臓が高鳴ってくる。きっとこれが、精気を得る行為、また、人間でいうところの子供を作る行為ということなのだろう。

 今の心臓の高鳴りは緊張によるものだろうけれど、高揚も確かにある、とメリューナは感じた。だってこの心臓がどきどきと速くなるのは息苦しくもあれど、確かに心地良いものであったから。

「俺の能力を分けるのだ。いつまでもくちづけだけでは進行も遅い。そういう行為のほうがより多く、より強い能力を与えてやることができるからな。それに」

 グライフはちょっと言葉を切った。ふっと微笑む。今度は目だけでなく口元もあがった。

 きっとこれは、幸せそうな笑み。メリューナはそう受け取ることができた。

「俺も純粋に触れたいのだよ。お前に」

 そのあとはメリューナにとって初めて体験することばかりであった。

 身をかがめたグライフは、メリューナにくちづけてきた。けれど精気は流れ込んでこない。こんなことは初めてだった。

 ちゅ、ちゅっと軽く触れ合わせ、くちびる同士をこすり合わせるような深いものであったというのに。

 メリューナの高揚をもっと高めてしまうようなくちづけ。精気は流れ込んでこない、けれど。

 代わりに流れ込んでくるものがあった。それがなんという言葉になるのかメリューナは知らなかった。

 けれど感じる。とてもあたたかいものが、胸の奥底まで流れ込んでくる、と。その感覚はとても心地良く、安心するもので、でも同時に高揚はどんどん強くなっていった。

 自身の気持ちや反応に心もとなくなり、メリューナは手を伸ばした。グライフの胸元に触れる。シャツをきゅっと握った。

 グライフの手はメリューナの頬を包み込み、もっと深くくちづけてくる。水音が、ぴちゃ、と小さく立った。

 舌同士が触れ合って、メリューナの体の奥がぞくりと震えた。これは知っている。グライフと触れ合ったときに、何度か感じたことがある。しかしそれより随分強かった。

 やっとくちづけをとかれたときには、少々息が苦しくなって、空気をたくさん吸い込もうとしなければいけなかったくらいだ。頭の奥が、くらくらとする。

 酸素がたりないのもあるだろうけれど、それだけではないような気がした。頭の中はとろっと溶けてしまいそうになっていたのだから。まるで心に落ちてきたあたたかなものが、頭の中まで回って、その熱でとろかせられているようだった。

 メリューナの目もとろんとしていたのだろう。グライフは満足げに頬を撫でてきた。

「かわいらしい顔をする。……精気は入ってこなかったろう」

「……はい……」

 どこかとろりとしたまま、メリューナは答えた。その点は謎だったので。くちづけとは、精気を得る行為ではなかったのだろうか。

「今のものは、精気を与えるくちづけではないからな」

 ふっとグライフは笑んだ。

「恋人同士のするくちづけだ」

 言われた言葉に、メリューナの心臓がどくりと高鳴った。

 恋人同士のくちづけ。

 当たり前のように初めて体験することで、そう表されたことに驚いたのもある。

 けれどそれよりも、グライフがそのように表してくれたことのほうに胸が高鳴ってしまった。胸と頭の中にある熱が、頬に集まってきたように熱くなる。

 恋人同士、というのはとても素敵なものだとメリューナは噛みしめることができた。誰かと同じ想いを抱くこと、つまり想い合うというのはこれほどあたたかく、高揚して、また、幸せであるのだ。それを知れたのが嬉しくてならない。

「嬉しい、です」

 メリューナの目元も勝手に緩んでいた。見つめてくるグライフと同じような視線になっただろう。

 このあとになにがあるかはわからないけれど。きっとそれは素敵なことなのだろうと、メリューナは確信することができた。

 見つめあったそのあとに、グライフはメリューナの首すじへ顔をうずめた。そちらへくちづけを落としていく。

 くすぐったくも、心地良いものだった。メリューナはため息をつきながら、腕をグライフの背中に回して、きゅっと服を掴んだ。

 もう教わったことではなかった。勝手に出てくるのだ。

 ただ、教わったという事実も無駄ではない。『どうすれば相手を悦ばせることができるか』という点は知っておいたほうが良いに決まっている。「これでいいのか」「嫌悪を与えていないか」と不安になることがなくなるので。

 グライフはメリューナの首すじを味わいながらそっとその身に手を這わせてきた。しかし途中で顔を上げてしまう。

 なにかしら、と思ったメリューナであったが、すぐに気付いた。グライフが右手を口元へ持っていく。

 ぐいっと引っ張ったのは、着けていた手袋。簡単に脱いでしまって、左側も同じようにして、ぽいっと放ってしまった。

 そうしてから再びメリューナの上に身をかがめた。改めて触れてくる。ただし今度は素手で。

 メリューナの胸は歓喜に沸いてしまう。

 グライフの素手が好きだったから。あたたかくて、そこから気持ちが流れ込んでくるように感じられるから。

 グライフの手は、メリューナの腿をやわらかく撫でた。そこからぞくぞくと体の芯が震えるような感触が起こったが、やはり不快なものではなくて。メリューナはどきどきとしつつもされるがままになっていた。

 次には胸に顔をうずめられ、肩紐を落とされたワンピース。その下の胸に直接触れられた。

 やわやわと揉まれて、今度は胸の奥が、きゅっと締め付けられた。なんだか切ないような感覚がする。

 どうしてこのように感じるのかはわからないけれど、心地良いのは確かなので、そのまま受けていれば良いのはわかった。今のところ、教授でされたことと同じなので安心していたのもある。

「んん……ふ、……ぁ、」

 触れるだけでなく、口であちこち触れられるようになったときには、甘い声が零れてしまった。ちゅ、ちゅ、とあちこちにくちづけられ、ときに舐められ、そして胸の先に触れられたときには声が跳ね上がってしまう。

 これは刺激が強すぎる、とメリューナは戸惑う。なんだか体の奥がじんじんしてくるようだ。どきどきするのとは少し違う。

 大人しく受け取っているうちに、グライフの手は違うところへ移った。先程撫でていた腿へ移ってくるけれど、今度はやわらかく撫でられるだけではなかった。

 もっと奥へ手が入ってくる。下着の上から触れられた。

「ひゃっ!?」

 びくっと体が跳ねる。ひっくり返った声も出た。

 このような場所へ触れられるとは思っていたメリューナは仰天した。このようなところを触ってどうするというのか。

 しかし仰天はしたものの、それどころではなかった。触れられたところから、一気に快感といえる感覚がびりっと身を貫いてきたので。声がひっくり返ったのは、驚きというよりその感覚にだ。

 メリューナの反応を確かめるように、軽く触られる。グライフの手が動くたびにその感覚は次々に襲ってきて、メリューナに高い声を出させた。

 それに満足したように、グライフは身をかがめる。メリューナの耳元へ口を寄せた。グライフの吐息が少しだけ耳をくすぐる。

 明確に吐息を吹き込まれたわけでもあるまいに、感じていた感覚があまりに強すぎて、メリューナの体はびくりと跳ねあがってしまった。

「精気を得るのも、子を作るのも、ここを使うのだよ」

「えっ……!?」

 使う?

 メリューナにその意味はよくわからなかった。確かにここに触れられると妙な感覚がするけれど。それはその準備のようなものだろうか、と予想する。

 そしてそれは大体当たっていたらしい。

「俺の男の部分をここに挿入して繋がるのだ。そこから力を流しこむ」

 同じように、囁くように耳に吹き込まれた。またぞくりとしつつも、メリューナは今までの比でなく驚いた。

 初めて聞く事実である。まさか淫魔がそのようなことをするとは思わなかった。

 ヒナ、いや、グライフの判定によるならひよこ。いくらか手腕を享受されてもメリューナはまだその程度の習熟度なのである。明らかに刺激が強すぎた。

 けれど、嫌だという気持ちは起こらなかった。よくわからないことに心臓は緊張にどきどきとしてきたけれど。

 メリューナの反応か、眼か、それとも違うところからか。グライフもそのメリューナの感じている気持はわかってくれたようだ。安心したように笑みを浮かべた。

 けれどその瞳は硬かった。先程の比ではない。まるで瞳の奥に、熱い炎が燃えているようだった。

 その瞳の色に、ぞくっとしてしまう。まるで獣に食べられそうになっているようだ、と感じる。

 けれど何故か恐ろしくはなかった。自身がどうしてそのように感じるかはわからなかったメリューナであったが、そのように感じられたことを嬉しくは感じた。きっとこれは良いことなのだろうから。

「少々刺激が強いかもしれないがな。任せてくれるか」

 何故かグライフは確認するようなことを言ってきた。やはり硬い瞳でだ。

 メリューナはすぐに頷いた。ためらう理由などなにもなかったからだ。

「はい。お望みのままに」

 そのあとのこと。

 初めて感じるそれは、メリューナの頭をいっぱいにした。初めてのことに、このあとなにがどうなるかわからないのでグライフの背中にしっかりと掴まって耐えるしかない。

 耐えるといっても、苦痛ではなかったけれど。それはメリューナのサキュバスという種族も関わっていただろう。

 性的な行為に対して抵抗が薄い種族だ。体のつくりもそうであるに決まっている。よって、痛みよりもずっと快感のほうが強かった。勝手に甘ったるい声が零れてくる。

 それを味わっていく間にやがて、じりじりと身の奥からなにかが湧き上がってくる気がして、そして、弾けた。まるで胸の奥で熟れた果実がはぜるような、それ。

 それは快楽であり、また、心身ともに満たしてくれるような感覚だった。

 身の奥に注がれたそれが強い力を持っているのをメリューナは感じる。

 刺激は強かったけれど、ただし、ワインのときのように殴られるような乱暴なものではなかった。

 むしろ体温を持ってあたたかく、優しく、身の奥に染み入るような心地良さでいっぱいになるものだった。

 人間がこうして子供を作る行為をする理由を、メリューナはよく理解した。

 快楽だけではない。こうして、繋がることによって得られるしあわせな感覚。きっとこれが一番欲しいものなのだろう。

 そして自分はそれを知ることができたのだ。ほかならぬ、恋慕の情を抱いている相手によって。

 もう、子供を作る能力よりもそちらの幸せが勝った。子供を作る能力も欲しかったけれど。

 人間でいうところの『愛の証』なのだから。この、身をひとつにする幸せからそれが生まれるのならば、それはなんと素敵なことだろう。



「多少なりとも能力が入っただろうな」

 すべて終わったらしく、メリューナを膝の上に抱きながらグライフは満足げに言った。

 快感であり、幸せでもあったが、体力的な消費は大きかった。メリューナは、くたりとしてしまう。

 身は精気と、そして多分移された力で満たされていたけれど、体の疲労はどうしようもない。

 けれどまったく嫌な感覚ではなかった。とろりと蕩けるような倦怠感が、妙に心地良い。

 蕩けたような身と頭の中で、メリューナは背中をグライフに預けた。しっかりと厚い体が安心できる。

「……はい。とても、満たされているような感覚が、します」

 メリューナの返事にグライフは微笑んだようだ。そのようなことすら、顔が見えないのに感じ取ることができる。

 その嬉しさに、メリューナは続けていた。

「でも、それだけではございません。あたたかいものが、身の奥に染み入るようでした。今だって」

 自分の身を抱きしめていてくれたグライフの腕。そこに沿えていた手を離して、胸に当てる。高鳴る強い鼓動はおさまったものの、まだとくとくと速めの鼓動を刻んでいるそこへ。

「胸がとてもあたたかいのです。これは『恋人同士のもの』なのでしょう?」

 メリューナの言葉には、また微笑まれたようだ。メリューナを抱く腕に力がこもる。しっかりと体が密着した。

「そのとおりだ。お前はサキュバスとしては劣等生だったがな」

 言われたこと。それは出会ったときから散々言われてきたことだ。言われて、メリューナはちょっと膨れる……ところだったのだけど。

 グライフが続けた言葉は今までとまったく違っていた。それどころか。

「きっと俺の伴侶としては、きっと誰より出来た女になってくれるだろうさ。……メリューナ」

 初めてグライフが呼んでくれた、自分の名前。ほわっとメリューナの心の中があたたかくなった。

 特別な音と温度を持った、それ。

「もう一度、呼んでください」

 メリューナはついお願いしていた。何度だって聞きたい。

 自分にあたたかな温度を与えてくれる、グライフの言葉。

 ただ一人、自分に向けてくれる、やわらかく甘い、その声で。

 


 (完)

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