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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第1章   失踪  〈 Ⅰ -邂逅編〉
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失踪


 空に一番星が瞬きだした頃、城下町の海岸側は一段と活気づく。安い料理屋や酒場が犇《ひし》めき合うそこは、毎夜多くの傭兵や若者たちで賑《にぎ》わっている。


 店内には、オリーブ油で焦げる肉や魚の香ばしい臭いが漂《ただよ》い、様々な食材を惜しみなく使って調理された料理が、それを運ぶウェイトレスによって忙《せわ》しなく行き交っている。


 この国では、豊富に獲れる魚介類はずいぶん安く食べられた。味付けには岩塩や魚醤《ぎょしょう》、そして多種多様の香辛料が使われる。酒はビールを始めに、ワインや地酒、そしてアルバドルの帝都から輸入されるものの中には強い焼酎《しょうちゅう》が多くあった。


 その立ち並ぶ酒場の一つに、剣を腰に帯びた若い男が駆け込んできた。


 オリーブ色の長髪を一つに纏《まと》めているその男、彼がレッドの戦友としては最も親しいスエヴィ・ブレンダンである。レッドとは約一年間、職を探しながら旅路を共にした仲だ。


 混みあう客席を縫《ぬ》って進み、奥の丸テーブルを囲んでいる、いつもそろう顔ぶれのもとへ駆けつけるなり、スエヴィはこう喚《わめ》いた。


「大変だ、皆聞いてくれ!」と。


 だが目を向ける者はいなかった。連中の誰もがギャンブルで忙《いそが》しいから。


「スエヴィ、先に言っておく。冗談はその面だけにしとけ。」

 鼻の下に細く髭を生やした男が、チラとも目をくれずに言った。


「レッドがお嬢様と駆け落ちしたんだと!」


「今日も冴《さ》えないたわごと聞かせやがって・・・。」その男は呆《あき》れたように呟くと、「あのなスエヴィ、お嬢様はまだ・・・確か四歳くらいだろ。で、レッドは二十歳《はたち》だっけ?年の差十六か・・・ありえるかもな。」


「ていうか、それって失踪《しっそう》っていうんじゃないのか。」


 また別の男がそう口を挟んだ。


「駆け落ちよりは失踪だな。」と、また違う男が言った。


 誰も彼もがスエヴィの顔を見もせずに、ただひたすらカードのマークや数字を睨《にら》みつけながら会話をしている・・・が・・・。


「・・・失踪《しっそう》?」


 一人がそう口にすると、テーブルを囲む全員が、仰天《ぎょうてん》しながら勢いよく立ち上がった。


「なにいっ⁉」と、見事に声をそろえて。


 なにしろスエヴィは、冗談でない面をしている。


「どういうことだ。」

 髭《ひげ》の男が真顔できいた。


「知るかよ。けど、直接城のヤツに聞いたから確かだ。」


 その召使いは、お嬢様を捜索中に、知人であるこのスエヴィに街角《まちかど》で偶然会った。そこで、スエヴィがレッドの親友であることから、何か有力な情報を得られると思い、極秘であるにもかかわらず、事情を説明してしまったのだ。そして最後に、この話は内密にと伝えたものの、この男に事情を話すということがそもそも間違いであって、十分と経たないうちにこういうことになる。


「あのヤロウ、俺たちに一言の挨拶も無しで。」


「お嬢様が一緒だからじゃないか。」


「そんなこたあどうだっていいが、あいつめ、いったい何考えてんだ。」


「けどあいつのことだから、何か考えがあるんだろう。」


「どう考えたって正気の沙汰じゃないだろ。閣下のご令嬢だぞ、あの子は。」


 たちまち口々に騒ぎ出したが、彼らがそのお嬢様・・・ミーアを、実はここトルクメイ公国の公爵令嬢であると理解したのは、つい数日前のことだ。しかも、その驚くべき瞬間は、ここで起こった。


 その時の彼らは、愛想のいいミーアのお酌《しゃく》を、公爵閣下の一人娘であるとは知らずに、酔ったノリで気分よく受けているところだった。城の使いたちがお嬢様《ミーア》を見つけ出したのは、まさに、ちょうどその瞬間だったのである。


 そして、さすがに血相を変えた彼らの前から連れ戻される時、ミーアは同じセリフを夢中で連発していた。


「いやーっ、放して!まだ帰りたくないんだってば!レッド、助けてレッド!」と。


 だが、レッドもまた唖然《あぜん》と口を開けたまま、小公女のお帰りをただ見送っていただけだ。


「とにかく、えらい事になったぞ。」


 顔を見合った一同は、そのあと言葉もなく黙り込んでしまった。







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