天使さま!
「あ、ルナさんだ。おーい!」
待ち合わせの広場には、もうミロとマロが来ていた。
「ごめんなさーい!」
俺は二人のところへ向かう。
――そろそろ、そろそろ。
走れない。
天使の服が、思ったより動きにくいのだ。
原因は、頭の上の輪っか。
魔法でふわふわ浮いているのだが、走ると落ちそうで怖い。
だから俺は、二人のところまで慎重に歩いていった。
「ごめんなさい! またせちゃった?」
「ううん。今来たとこ」
「俺たちも今来た」
二人の声が重なった。
なんだかデートの待ち合わせみたいなセリフだが、俺は男だ。
男友達と待ち合わせているだけである。
「ふふふ! ふたりとも、おんなじ!」
二人とも、バンパイアの仮装をしていた。
黒いマントに、赤い裏地。
長めの黒髪に、中性的な顔立ち。
こうして同じ格好をして並ぶと、本当によく似ている。
違うのは、ミロの目がマロより少し吊り気味なことくらいだ。
それだけなのに、ミロはちょっとやんちゃなバンパイア、マロはおとなしいバンパイアに見える。
「ふたりとも、かっこいい!」
「お、おう」
「ありがとう、ルナさん」
俺が天使の羽で、二人は蝙蝠の羽。
なんだか対になっているみたいだ。
――と思っていたのだが。
「……?」
二人とも、何だかもじもじしている。
「ルナ、へんだった?」
「いや、その……」
「似合って、るよな」
歯切れが悪い。
ミロは思いきり目を逸らしているし、マロは口元を押さえている。
「あ! そうだ」
俺は肩から下げた袋を持ち上げた。
「ルナ、おかしつくってきたの!」
「え?」
リボンを解いて、中を見せる。
星と月とコウモリと猫。
昨日、月菜と一緒に作ったクッキーだ。
「つきなおねえちゃんといっしょに、つくったの」
「ルナさんが作ったの?」
「うん! がんばったんだよ!」
「へえ……」
二人に一枚ずつ渡す。
ミロは受け取ったクッキーを、じっと見つめていた。
「……食っていいのか?」
「たべるためのだよ?」
「まあ、そうだけど……」
「?」
ミロがしばらく悩んでから、一口かじった。
さくっ。
もぐもぐする。
飲み込む。
「……うまい」
「ほんと!?」
「うるせえ! 二回は言わねえからな!」
「えへへ」
よかった。
ミロはそっぽを向いて、またクッキーをかじった。
今度はさっきより、少しだけ小さな一口で。
マロはというと、クッキーを両手で持って、大事そうにかじっている。
「い、いこーぜ!」
なぜかミロが急に大声を出して歩き始めた。
「ミロ?」
「早くしねえと時間なくなるだろ!」
その手には、まだ食べかけのクッキーが握られていた。
※
最初に向かったのは、クロエの家。
もとい、ギル魔法店だ。
「どんなおかしなんだろー?」
「楽しみだよね」
「だな!」
やばい。
楽しみすぎる。
ミロも隠しきれないくらい嬉しそうだ。
こいつもお菓子大好きだもんな。
わかる。
「それじゃ、いこー!」
扉を開ける。
カランカラン、とベルが鳴った。
「わぁ……!」
店の中が、いつもと違っていた。
オレンジ色に光るカボチャのランタンが宙に浮かび、ゆっくりと店内を回っている。
棚にはコウモリやお化けの飾り。
天井からは、蜘蛛の巣みたいな白い糸まで垂れていた。
「いらっしゃい」
カウンターの奥で、ギルさんが待っていてくれた。
「トリックオアトリート! ギルさん、おかし、ちょーだい!」
「ルナさん」
マロが小声で教えてくれる。
「『お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ』だよ」
「あ」
「ははは! いいよいいよ」
ギルさんが笑った。
「さあ、お菓子をどうぞ」
「やったー!」
差し出されたのは、大きな袋だった。
受け取った、その瞬間。
もぞっ。
「……?」
もぞもぞ。
「え、うごいてる! うごいてるよ!?」
「逃げるグミが入ってるからね。捕まえてから食べるんだ」
「にげるの!?」
「あとは、色が変わる飴。食べてる間に味も変わるよ」
「かわるの!?」
「それと、口の中で花が咲くチョコ」
「さくの!?」
すごい。
ハロウィン、すごい。
俺の声が跳ね上がるたび、ギルさんが楽しそうに笑っている。
横を見ると、ミロは袋の中を覗き込んだまま固まっていた。
マロに至っては、
「わあ……」
しか言えなくなっている。
※
「あれ?」
俺は店内を見回した。
「クロエおねえちゃんは?」
てっきり一緒にいると思っていたのに、姿が見えない。
「ああ、クロエなら――」
カランカラン。
後ろで扉が開いた。
「ただいま! ルナちゃんたちって、もう来ちゃ――」
振り返る。
クロエと目が合った。
「クロエおねえちゃん!」
俺は両手を広げて飛び跳ねてしまう。
「トリックオアトリート!」
背中の白い羽根が、ふわりと持ち上がった。
頭の輪っかも、それに合わせてゆらゆら揺れる。
「…………」
クロエが立ち止まった。
買い物袋を提げたまま、微動だにしない。
「……クロエおねえちゃん?」
「……天使が」
「うん! てんしなの!」
「天使が、いる」
「いるよ!」
するり。
クロエの手から、買い物袋が滑り落ちた。
「あ」
中身が床に転がる。
大量のお菓子だった。
「クロエ、袋」
「お父さん」
「うん」
「私、今日という日のために生まれてきたのかもしれないわ」
「そうかい」
ギルさんが落ち着いた様子で、床のお菓子を拾い始めた。
慣れている様子だ。
クロエはゆっくり俺の前まで来ると、覗き込んできた。
「…………」
じーっ。
「クロエおねえちゃん?」
「……ちょっと待って」
「まってるよ?」
「心の準備が」
「じゅんび?」
「いい? ルナちゃん」
「うん」
「私は今から、あなたにお菓子をあげるの」
「うん!」
「でも、その前に」
クロエが真剣な顔になる。
「目に焼き付けさせて」
「はい?」
「…………」
本当に無言で見つめ始めた。
すごく長い。
ちらっと横を見る。
ミロが「なんだこいつ」という顔をしていた。
俺も少しだけそう思う。
「……よし」
「おわった?」
「ええ。永久保存したわ。ありがとう、ルナちゃん」
「?」
何を保存したんだろう。
クロエは立ち上がると、店の奥へ消えた。
そして――。
「はい」
どんっ。
「おっき!?」
巨大な袋が出てきた。
俺の体くらいある。
「クロエおねえちゃん、これ、ぜんぶ?」
「ええ」
「こんなに!?」
「足りなかったら言いなさい。まだあるから」
「まだあるの!?」
「三倍あるわ」
「さんばい!?」
ギルさんが横で静かに首を振っていた。
※
その後も、俺たちは街を回った。
「トリックオアトリート!」
お店や家を訪ねるたびに、お菓子が増えていく。
というか。
なぜか歩いているだけでも、やたらと注目された。
「あら、天使さまだわ」
「お菓子を献上しなきゃ」
「かわいい天使さんねえ」
なんだか知らないが、次々にお菓子を渡される。
しまいには。
「まあまあ。ありがたや、ありがたや」
通りすがりのおばあさんに、両手を合わせて拝まれた。
「えっと……?」
どうすればいいんだ、これ。
とりあえず俺も手を合わせておいた。
「ありがたやー」
「ルナさん、それ違うと思うよ」
「え?」
マロに止められた。
気づけば、お菓子の袋は持ち上げるのも大変なくらい重くなっていた。
「うぐぐ……」
「ほら、貸せよ」
「僕も持つよ」
ミロとマロが、両側から袋を支えてくれる。
「ありがと!」
「ルナさん、すごい人気だね」
「てんしさんって、にんきなんだねえ!」
「……気づいてねえのかよ」
ミロが小さく呟いた。
何のことだろう?
「なあに?」
「なんでもねーよ」
ミロが笑いながら歩き出す。
マロもその隣で笑っていた。
俺は二人の間を歩く。
天使の輪っかをふわふわ揺らしながら。
そうして――。
いよいよ、ハロウィンのカボチャ探しの時間になったのだった。




