第31話
ドラード古城道中の城――
焼けた石の匂いが、まだ空気に残っている。
崩れた外壁。
砕けた門。
戦いの痕が、生々しく刻まれていた。
ゼルグは振り返らない。
「……任せたぞ、ティマ坊」
短く言い残し、先へ進む。
「はい」
オーティマは頷き、兵士の手当に戻る。
その背を確認することなく――
ゼルグは城内へ足を踏み入れた。
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「……どこにいやがる」
低く、呟く。
城壁門をくぐった、その瞬間。
骨の擦れる音。
無数のスケルトンが、一斉に襲いかかる。
だが――
止まらない。
ゼルグは歩いたまま、拳を振るう。
一撃。
衝撃だけで、数体が吹き飛ぶ。
骨が砕け、壁に叩きつけられる。
まるで障害物を払うように。
ただ、それだけだった。
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ドスン。
ドスン。
ドスン。
重い足音が、地面を揺らす。
現れたのは――
巨大な影。
体長五メートルはあろうかという、
エンペラートロールが五体。
ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。
「……でけぇなー」
それ以上の感想はない。
ただの“確認”。
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一体が、棍棒を振り下ろす。
風を裂く音。
だが――
止まる。
ゼルグの片手で。
「軽い」
そのまま、握り潰す。
棍棒が粉砕される。
「気合いが足りねぇーな」
軽く跳ぶ。
次の瞬間――
正拳。
トロールの腹に、穴が空く。
巨体が宙を舞い、壁を砕いて吹き飛ぶ。
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残りも、同じだった。
殴る。
砕ける。
吹き飛ぶ。
それだけ。
戦いですらない。
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最後の一体。
棍棒を躱す。
拳を躱す。
懐へ潜り込む。
ゼルグの手が、腹に触れる。
「――終わりだ」
内側へ、魔力を流す。
ドクンッ――!!
内側から弾ける。
トロールの全身が震え、
目、耳、鼻、口から血を噴き出し――
崩れ落ちた。
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「……うわー」
背後から声。
オーティマが追いついていた。
最後の一撃を、見ていた。
「ほぼ身体強化だけでこの威力……」
軽く引きつった笑み。
「こいつらに同情しますよ」
ゼルグは振り返らない。
「手当ては?」
「とりあえずは大丈夫です。安全な場所に避難させました」
「なら安心だ」
短いやり取り。
ゼルグは周囲を見渡す。
「……しかし、親玉が出てこねぇな」
その言葉に応じるように、
スケルトンたちが、また集まり始める。
「数だけは多いですね……」
オーティマが手をかざす。
「――ウィンドソード」
無数の風の刃。
一斉に解き放たれる。
骨を断ち、粉砕し、吹き飛ばす。
広範囲が、一瞬で更地になる。
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「こいつらだけって事は――」
言いかけた、その時。
オーティマの目が見開く。
「!!」
次の瞬間――
空が、赤く染まる。
無数の円錐型の業火球。
唸りを上げて、降り注ぐ。
「――ウォーターランス!」
即応。
水の槍が無数に展開され、
正確に迎撃する。
衝突。
蒸気爆発。
視界が白に染まる。
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やがて、晴れる。
ゼルグが呟く。
「……見つけた」
視線の先。
城の正門前に、一人。
動かない影。
「……あいつですね」
オーティマもつぶやく。
ゼルグは迷わず歩き出す。
重く、静かな足取り。
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近づくにつれ、輪郭がはっきりする。
スーツ姿の魔族。
体格は――ゼルグに近い。
「……これやったの、てめぇだな?」
ゼルグが問う。
「ああ、俺だ」
男は両手を広げて笑う。
「歓迎してやるよ」
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「おまえ、“十魔”じゃねぇな」
ゼルグが見抜く。
「手下か何かか?」
男は肩をすくめる。
「そうだ。クローシュ様の家臣――ルチェロだ」
「……そのクローシュってのはどこだ?」
「はっはっは……聞いてどうする?」
嘲るように笑う。
「おまえは今、死地に立ってるんだぞ?」
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ゼルグは視線を外す。
「……ここには来てねぇのか」
一瞬の思考。
「って事は、ドラードか」
「いないみたいですね」
オーティマが索敵魔法を解く。
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「なら――さっさと終わらせるか」
ゼルグの口角が、わずかに上がる。
歩き出す。
ルチェロの眉が歪む。
「終わらせる?死を前にして――」
笑う。
「おかしくなったか?」
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その瞬間。
無数の業火球が放たれる。
轟音。
空気が焼ける。
だが――
ゼルグは止まらない。
歩いたまま。
拳を振るう。
一つ。二つと。
殴り消す。
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(速ぇ……)
オーティマが目を細める。
(この人に、速度も温度も関係ない)
思わず、笑みが漏れる。
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「……は?」
ルチェロの動きが止まる。
(何をした?)
(なぜ消えた?)
理解が追いつかない。
(……素手で?殴った?まさか)
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「……なら」
魔力を収束させる。
黒く濃い剣が、手に現れる。
空気が軋む。
「これはどうだ?」
踏み込む。
一瞬で間合いを詰める。
速い。
「終わりだ」
黒い斬撃。
――止まる。
ゼルグの右腕。
黄金色の魔力が、静かに輝く。
それだけで、受け止める。
「……は?」
ルチェロの目が揺れる。
「やる気あんのか?」
ゼルグが言う。
「おせぇーよ」
左拳。
振り抜かれる。
その瞬間――
ルチェロの背筋に、冷たいものが走る。
(死ぬ)
本能が叫ぶ。
紙一重で避ける。
だが――チッ!
頬を、かすめた。
次の瞬間。
ドゴォンッ!!
地面がゆれる。
爆風。
ルチェロの体が吹き飛ぶ。
地面を滑り、止まる。
「……はぁ……はぁ……」
立ち上がる。
(かすっただけで……この威力……?)
信じられない。
(……たかが人間が)
歯を食いしばる。
「……殺す」
目の色が変わる。
深い赤。
次の瞬間。
さらに速く。
踏み込む。
連撃。
斬撃の嵐。
空間が裂ける。
だが――
当たらない。
ゼルグは、表情一つ変えず、
すべてを捌く。
「死ねぇぇぇ!!」
さらに加速。
だが――
変わらない。
その時。
ルチェロの視界から、
ゼルグが消えた。
「?!」
低い姿勢。
足払い。
宙に浮く身体。
無防備。
「歯、食いしばれ」
黄金の拳。
一直線。
顔面へ。
スパンッ――!!
音が遅れる。
ルチェロの首から上が、
弾けるように消えた。
残った身体が崩れる。
風に溶けるように、消えていく。
(……あれなら、痛みもないか)
オーティマが目を閉じる。
手を合わせる。
「ご愁傷様です」
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「終わりだ」
ゼルグが呟く。
「ゼルグさん……もはや敵が可哀想ですよ」
「……あの程度でか?」
少し笑う。
「全然だろ」
ゼルグは城へ視線を向ける。
「城内は大丈夫そうだな」
「そうですね。中も確認しときましょう」
「だな」
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二人は扉の前に立つ。
重い扉。
ゆっくりと開く。
軋む音が、静寂に響いた。




