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最高の夏休み 1

朝。

まだ完全には目を覚ましていない住宅街に、やけに元気な音が響いた。


「おっはよーございまーす!!」


玄関のドアが勢いよく開き、ほぼ同時に翔の家の静寂が吹き飛ぶ。


「声でかっ!」


リビングのソファでスマホをいじっていた翔が、反射的に叫んだ。


「朝なんだから元気出さなきゃでしょ!」


靴を脱ぎながら言い返す結衣の声も、十分うるさい。


「いや、元気なのは分かるけど限度ってもんがあるだろ……」


「翔くん、まだ寝起きの顔してるね」


後ろから顔を出した夏樹が、くすっと笑った。


「そりゃ起きて五分だし」


「五分でこの騒がしさ耐えてるの、逆に偉くない?」


「それ褒めてる?」


玄関からは、さらに足音。


「お邪魔しまーす!」


響の声が響き、その後ろで柊が静かに頭を下げた。


「……毎回思うけど、ここ来ると一日が始まった感あるな」


「分かる。なんか基地みたいだよな」


「おい、勝手に拠点扱いすんな」


翔が言い返すが、否定しきれない自分もいる。

そんなやり取りを、少し離れた位置から菜々が見ていた。


今日は私服。

柔らかい色合いのトップスに、動きやすそうなスカート。

派手ではないが、ちゃんと“遊びに行く日”の服装だった。


「皆さん、おはようございます」


その一言で、空気が少しだけ落ち着く。


「おはよー、菜々ちゃん!」


「今日も安定の可愛さだな!」


「ありがとうございます」


控えめな笑顔。

でも、その場に自然と馴染んでいる。

翔は一瞬、その光景を見て思った。


(……もう、当たり前なんだよな)


菜々がここにいることも。

この家が、みんなの集合場所になっていることも。



キッチンから、翔の母が顔を出した。


「……修学旅行?」


「修学旅行じゃありません!」


結衣が即座に否定する。


「ただの夏休みです!」


「一番騒がしいタイプのやつね」


苦笑しながらも、母はどこか楽しそうだった。


「怪我しないでね。あと、翔」


「なに」


「ちゃんとみんなに合わせて歩きなさい」


「……俺子どもか」


「迷子常習犯でしょ」


「否定できねぇ……」


菜々が一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。


「いってきます、お母様」


「いってらっしゃい。翔のこと、お願いね」


「はい」


その返事には、迷いも、照れもなかった。



大型ショッピングモール。

駅を降りた瞬間、人の多さに圧倒される。


「うわ、人多っ」


翔が言う。


「夏休みだもんね」


夏樹が周囲を見渡しながら答える。


「家族連れも多いし、学生も多い」


「この空気だけでテンション上がるわ」


結衣が伸びをする。


「まずどこ行く?」


翔が聞くと、ほぼ全員が同時に言った。


「ゲーセン!」


「即決かよ」



ゲームセンター。

電子音、歓声、クレーンの作動音。


どこを見ても人、人、人。


「うわ、久しぶりだわゲーセン!」


結衣が走り出す。


「走るなって!」


翔の制止は間に合わない。


「翔さん、これ!」


菜々がぬいぐるみの筐体を指差す。

中には、やたらと存在感のあるクマ。


「……でかくね?」


「可愛いです」


「それ基準か」


「取ってほしいです」


即答。


「……一回だけな」


「はい!」


クレーンを操作する翔。

自然と全員が後ろに集まる。


「角度、もうちょい左」


「アーム弱そうだな」


柊と響がそれぞれ口を出す。


「うるさい!」


翔が言いながらも、言われた通り微調整。


一回目、失敗。


「惜しい!」


「大丈夫です」


菜々の声は落ち着いている。

二回目、途中まで持ち上がるが落下。


「……もう一回」


三回目。

クマがしっかり掴まれ、ゆっくりと運ばれる。


「来た……!」


ガコン。


「取れた!」


「やったぁ……!」


菜々はクマを抱きしめ、小さく笑った。


「ありがとうございます」


その一言が、妙に胸に残る。



ゲーセンの奥。

電子音と歓声が入り混じる一角で、

ひときわ目立つ赤い機械があった。


パンチングマシーン。


「……あっ」


それを見つけたのは結衣だった。


「ねえ響」


「ん?」


「これ、やってよ」


有無を言わさない口調。


「は?」


響はマシーンを見上げる。


「なんで俺」


「ボクシング部でしょ」


「いや、だからって——」


「パンチ力あるんでしょ?」


結衣がニヤリと笑う。


「見せてみてよ」


「煽ってんなぁ……」


響は肩を回す。


「言っとくけど、壊れても知らねぇぞ?」


「壊すなよ?そんなことは無いだろうけど」


翔が即座に釘を刺す。


「ちっ」


響はコインを入れ、グローブをはめる。


「よし……」


構える姿は、さすがに様になっていた。


「……意外と本気じゃん」


柊が呟く。


カウントダウン。


3、2、1——


ドンッ!!


重い音が響く。

数字が跳ね上がる。


「おおおお!?」


結衣が身を乗り出す。


「すごっ!」


「まぁまぁだな」


響は余裕ぶるが、口元が緩んでいる。


「はい次!」


結衣が即座に言う。


「は?」


「私もやる」


「お前やったら指折れるぞ」


「失礼すぎ!」


結衣はグローブを受け取る。


「女だからって舐めないで」


構えは完全に素人。

でも、目だけは本気。


「……せーの!」


ドン。


音は軽い。

数字も低い。


「……」


一瞬の沈黙。


「ほら!だから言ったじゃん!」


響が爆笑する。


「ちょ、うるさい!」


結衣は真っ赤になった。


「もう一回!」


「金もったいねぇ!」


「翔!」


「え、俺!?」


突然振られる。


「やって!」


「いや、俺は——」


「逃げるな!」


半ば強引にグローブを渡される。

翔は苦笑しながら構える。


「…勝手がわからん」


ドン。


数字は、結衣より少し上。


「微妙!」


「平均的すぎ!」


「普通代表だな」


散々言われる。

その横で。


「……私も、やってみたいです」


小さく言ったのは菜々だった。


全員が一斉に見る。


「菜々?」


「え、いいの?」


「……はい」


グローブをつける菜々。

構えはぎこちない。

でも、目は真剣。


(……力じゃない)


そう言うように、一歩踏み込んで——


コツン。


小さな音。

数字は、最低だった。


「……」


「菜々!」


結衣が慌てる。


「気にしなくていいからな!?」


菜々は、少しだけ笑った。


「大丈夫です。予想通りなので」


翔が、少し慌てて言った。


「……でもさ、菜々の方がちゃんとフォーム綺麗だったぞ」


「え……?」


「ほら、なんか……真面目に打ってる感あった」


菜々は一瞬きょとんとしてから、

小さく笑った。


「……そう言われると、嬉しいです」


その一言が、逆に場を和ませた。


「じゃあ」


夏樹が一歩前に出る。


「私、見本見せよっか」


「え」


「夏樹?」


軽く構えて、軽く打つ。


ドン。


数字は——翔と同じくらい。


「おお、安定!」


「狙った?」


夏樹は肩をすくめた。


「さあ?」


その笑顔を見て、柊が呟く。


「……全員、キャラ通りだな」


「じゃあ次、柊な」


響がニヤニヤしながら場所を譲る。

柊は一瞬だけ機械を見上げて、軽く肩を回した。


「……別に期待しないでくれ」


そう言って、構えも作らず、力を溜める素振りもなく――


ただ、コン、と地面を蹴る音の直後。


ドンッ!!


鈍くて重い衝撃音が響く。

表示パネルの数字が跳ね上がり、止まる。


《987》


「…………は?」


一拍遅れて、全員が同時に声を漏らした。


「え、ちょ、待て待て待て!?」


「響の記録、普通に超えてんだけど!?」


「なんでそんな感じでそんな数字出るの!?」


柊はグローブを外しながら、少しだけ首を傾げる。


「……昔、ちょっと空手やってただけだ」


夏樹は笑いながら拍手していたが、

その目だけ、ほんの一瞬だけ柊の拳を見ていた。


(……あれ、本気じゃない)


「“ちょっと”のレベルじゃねぇからな!?」


響のツッコミが、ゲーセンに虚しく響いた。


パンチングマシーンの前は、

笑い声で満ちていた。


菜々は拍手しながら、

なぜか胸の奥が少しだけざわついた。


(……この人、なんでこんなに色々隠してるんだろう)



ゲーセンの空気は、まだまだザワついている。


「……マジで意味わからん」


響がパネルを見上げたまま、頭を抱える。


「俺、ボクシング部だぞ?なんで素人みたいな顔してる柊に負けてんだよ……」


「いや、顔は関係ないだろ」


結衣が即座にツッコむ。


「でもあれはズルいって!なんかこう……才能の暴力じゃん!」


柊は少しだけ困った顔をして、視線を逸らした。


「……悪い」


「謝るな!余計ムカつくわ!」


響は大きくため息をついてから、急にパン、と手を叩いた。


「よし、切り替え!」


「お?」


翔が眉を上げる。


「力勝負はもういい。完全に俺の負けだ。だから次は――運と頭使う勝負しようぜ」


その瞬間、結衣の目が光った。


「……なにそれ」


「クレーンゲーム対決だ!」


響がビシッとアームコーナーを指差す。


「男チームと女チームで分かれてさ、一時間でどんだけ景品取れるか勝負!」


「負けたチームは?」


夏樹が興味ありげに聞く。


「勝ったチームの荷物持ちな!」


「うわ、雑用押し付けルール来た」


結衣が笑いながら言う。


「でもまあ……面白そうじゃん」


菜々が、ぬいぐるみが並ぶ棚を見つめながら、小さく頷いた。


「……やります」


その声が、やけに真剣で。


「絶対、負けたくないです」


夏樹が、小さく笑った。


「……じゃあ、今日は“遊び”じゃなくて“戦い”だね。

負けたくないの、私も一緒」


その瞬間。


「よっしゃ決まりな!」


響が両手を上げて叫ぶ。


「じゃあ、チームは男チーム対女チームな!」


「ちょ、勝手に決めんな!」


「いいじゃん、ここらで男の威厳見せたらあ!」


笑い声が広がって、

ゲーセンの一角が、完全に“戦場”になった。


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