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夏樹との平和?なデート〜裏〜

夏樹が家を出た、その十分後。


同じ時間帯に、同じ住宅街の別の角で、四つの人影が不自然に固まっていた。


「……確認するけどさ」


結衣が低い声で言う。


「これ、ほんとに“見守り”だよな?」


「見守りです」


菜々が即答した。

一切の迷いもなく、はっきりと。


「尾行じゃないです。観察です」


「言い換えただけじゃねぇか」


響がぼそっと突っ込む。

その後ろで、柊は無言でスマホの地図アプリを操作していた。


「……とりあえず、翔の家から出てくるのを確認してから動く。距離は二十メートル以上。視界には入らない。建物を挟む」


「お前、慣れてない?」


手馴れた柊の動きに、響のツッコミが飛ぶ。


柊は顔を上げずに答えた。


「もう三回目だから、慣れもするだろーよ。お前らくれぐれも冷静にな」


その言葉に、全員が一瞬黙る。


一番冷静でいなきゃいけないのは、本当は誰なのか。 分かっているから、誰も突っ込まない。



少しして、翔の家の玄関が開いた。


私服。 いつもより少し整えているのが、遠目でも分かる。


その直後。


「……来た」


結衣が小さく呟く。

門の前に、夏樹が立っていた。


「うわ……」


響が思わず声を漏らす。


「今日の夏樹、気合入ってんな……」


「声」


柊が即座に制する。


夏樹の服装は、普段の学校の延長じゃない。 派手じゃないのに、明らかに“選んでる”。 隣に立つ翔との距離が、一気に縮まったのが分かった。


翔が何か言って、夏樹が笑う。

その笑顔が、やけに柔らかい。


「……あー、無理」


結衣が顔を背けた。


「何が?」


「心臓に悪い」


「まだ始まってもないぞ」


「始まってるんだよ!」


声を荒げそうになって、結衣は自分で口を塞ぐ。


菜々は、黙ってその光景を見ていた。

表情は、いつも通り。 背筋も伸びている。

でも、指先だけが、わずかに強く握られていた。



二人は並んで歩き出す。

距離は近すぎず、遠すぎず。 肩が触れそうで触れない、絶妙な間。


「……あの歩き方」


結衣がぼそっと言う。


「完全にデートのやつじゃん」


「デートだからね」


響が返す。


「点数で勝ったんだし」


「分かってる!」


分かっているから、腹が立つ。


柊が前を見たまま言った。


「右折するな。あの角、ガラス張りだ」


全員が一斉に止まる。

二人は気づかず、そのまま進む。


「……危な」


結衣が息を吐いた。


「見られたら終わりだった」


「見られたら、ですか?」


菜々が静かに言う。


「“誰に”です?」


結衣が一瞬言葉に詰まる。


「……翔に」


「それだけですか?」


菜々は、視線を前から外さない。


「夏樹さんに見られたら、どうなりますか?」


沈黙。

結衣は歯を噛みしめた。


「……それは」


分かっている。 一番気づいてほしくないのは、夏樹だ。



二人がカフェに入る。

外から見える位置ではない。 だが、窓の配置と反射で、中の様子は何となく分かる。


「……座ったな」


響が小声で言う。


「向かい合わせだ」


「最悪の配置」


結衣が即答する。


「逃げ場ゼロじゃん」


柊がスマホを操作しながら言った。


「店の外周、ぐるっと回れる。非常口側に窓がある」


「お前ほんとに高校生か?」


「今は“見守り隊”だから」


「その肩書きやめろ」



しばらく、沈黙。

カフェの中では、二人が話している。


何を話しているかは聞こえない。 でも、雰囲気だけは分かる。

夏樹が笑っている。 翔も、笑っている。


「……翔、あんな顔すんだ」


結衣が小さく呟く。


「私といる時、あんなに力抜けてたっけ」


響が言葉を探して、やめる。

柊がぽつりと落とす。


「夏樹、すごいな」


「何が」


「追い詰めてない」


全員が、はっとする。


「距離近いのに、逃げ道残してる」


「……それ」


結衣が苦しそうに言う。


「一番ズルいやつ」


菜々は、何も言わなかった。

ただ、ガラス越しの二人を、じっと見つめている。



カフェを出る。

二人は並んで歩く。 さっきより、少しだけ距離が縮んだ気がした。


「本屋だ」


柊が言う。


「中、見えるぞ」


「うわ……」


響が息を呑む。

夏樹が、本を手に取って翔に差し出す。

翔が苦笑する。


「……あれ、絶対ラブコメ」


結衣が即座に判断する。


「刺してくるタイプのやつ」


「夏樹、分かってやってるだろ」


響が言う。

菜々が、初めて口を開いた。


「……あれは、偶然じゃないです」


全員が一瞬、菜々を見る。


「夏樹さんは、選んでます」


「何を」


「言葉も、場所も、距離も」


淡々とした声。

でも、どこか冷えている。


「“今日は逃げなくていい日”を、ちゃんと作ってます」


結衣は唇を噛む。


「……私、それできてたかな」


誰も答えない。



次に二人が向かったのは、雑貨屋だった。

小物。 キーホルダー。 ペア商品。


「……おい」


響が声を震わせる。


「まさか」


「まさか、だな」


柊も、視線を逸らさない。


夏樹が、二つ並んだキーホルダーを手に取る。 翔が迷う。 迷って、頷く。


「買った」


結衣が目を伏せた。

菜々は、その瞬間だけ、視線を落とした。

ほんの一瞬。 でも、確かに。



夕方。


二人は、少し落ち着いた店に入った。

照明が柔らかい。 外から中は見えない。


「ここからは……」


響が言葉を切る。


「想像したくないな」


「同意」


結衣も頷く。


「でも、ここで引くわけにはいかない」


「お前ら、なんでそんな使命感あるんだよ」


「だって」


結衣が言う。


「私たち、もう“当事者”だから」


誰も否定できない。



夜。


店を出た二人は、駅とは逆方向へ歩き出す。


「帰り道だ」


柊が言う。


「……来るぞ」


分かれ道。

街灯。

夕焼けと夜の境目。


「……」


全員が、息を潜める。

距離が、詰まる。

夏樹が、何かを言っている。 翔が、固まっている。


「……告白…した?」


結衣が、ほとんど音にならない声で言う。


夏樹が、一歩近づく。

翔は、動かない。

一瞬、抱き合うような影。


「……ハグだ」


響が言う。


「軽いやつ……でも」


「でも、決定打だな」


柊が続ける。

菜々は、その瞬間を、目を逸らさずに見ていた。

瞬きもせずに。



夏樹が、離れる。

何かを言って、背を向ける。

数歩進んで、止まる。


振り返らずに、口を開く。


「……やっぱり、皆居たんだね」


その言葉に。

見守り隊全員の心臓が、同時に跳ねた。


「……気づいてた」


結衣が息を吸う。


「いつから」


「最初からかもな」


響が言う。

柊が、静かに言った。


「……だから、あの距離だった」


誰にも踏み込ませない距離。 誰にも壊させない距離。

そして、誰にも誤魔化させない距離。


夏樹はそれ以上は何も言わず、歩いていった。



しばらく、誰も動けなかった。


「……帰るか」


最初に言ったのは、柊だった。

結衣は、黙って頷く。

響は、無理に笑おうとして、失敗した。


「なんかさ」


「ん?」


「平和なデートだったな」


誰も笑わない。

菜々が、最後に口を開いた。


「……はい」


声は、いつも通り。


「平和、でしたね」


でも、その目は。

もう、平和の中にいなかった

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