文化祭1日前
文化祭まで、あと一日。
朝、教室へ入ると黒板中央には太く書かれていた。
『文化祭 前日!失敗しても泣くな!!でも成功しろ!!!』
……担任らしい雑な励まし文だ。ってかこの担任当初とキャラが変わりすぎじゃないか?
すでにクラス中がざわざわ、机と椅子は移動待機状態。
熱気で教室の温度が二度ぐらい上がってる気がする。
「翔さーん!材料チェックしてきました!」
菜々が小走りで報告書片手に来る。
「厨房は仕込み分担完了した!今日で完成させる!」
結衣はエプロン姿でもう仕事モード。
「装飾もあとちょい、リボンと布足りない!」
夏樹はハサミぶんまわしながら机の上に乗ってた。危ない。
「翔、お前は接客準備と看板撮影だぞ」
柊が肩を叩きながら言ってくる。
「俺は力仕事!段ボール運びは任せろ!!」
響はすでに汗だく。まだ始まってないのに。
……いつも騒がしいのに、今日はなんか違う。
文化祭前日だけあって、空気が浮ついてるのに引き締まってるというか、
「青春イベントの本番直前」みたいな熱さがある。
いいな、こういう雰囲気。
◆
午前は授業がある……はずだったが、
「授業?そんなものは無い!!!作業しろ!!!」
秒で作業時間になった。教師ってなんだ。あの担任回を重ねる事に壊れてないか?
まぁそんな事よりも、まずは厨房チームの試作確認。
家庭科室には甘い匂いが充満していて、腹が鳴る。
「翔さん、試食お願いします!」
菜々が焼きたてパンケーキを差し出す。
「またか。昨日の結衣のと比べられるじゃん」
「比べてくださいね」
笑顔が怖い。
……一口。
「……うまっ」
生地ふわふわ、バターの香り、甘さもちょうどよく思わず声が漏れる。
「っしゃあ!」
菜々ガッツポーズ。背中のエプロンのリボン揺れる。どいつもこいつも文化祭効果でキャラが崩壊しているらしい。
そんな俺たちを見て結衣もすかさず自分の皿を出す。
今度はホットサンド、チーズとベーコンの香りが食欲を刺す。
「こっちは軽食枠ね。厨房チーフの本気だ」
食べろと言わんばかりに近づけられた。
一口。
「これ……マジで店で売れる」
「それが聞きたかった」
ほっと息を吐く結衣。
昨日より目が柔らかい。ってかコイツ軽食までこんな完璧に作れるのかよ、相場こういうタイプは料理下手だろ…。
「翔の一言、私のエネルギーになるから」
小声で呟くのズルいんだよ。
菜々が負けじと隣で言う。
「じゃあ私の甘味部門も笑顔にさせ続けますね?」
瞳がキラキラと燃えてる。
二人の張り合いが静かに炎上し始めているが、
どっちの料理もガチで美味いから困る。
思わず俺は笑った。
「文化祭……めっちゃ楽しみじゃん」
ほんとうに心の底からそう思った。
◆
午後――装飾班の応援へ。
廊下には紙テープがずらり、
教室前には看板立ての木枠とペンキが広がり……まさにカオス。
「翔ーー!!看板用の撮影タイムだ!!」
夏樹が俺の腕を掴む。逃がさない握力。
俺はチャイナ姿でなく制服+エプロン姿で撮影することに決まっていた。
チャイナは本番にお披露目したいという夏樹のこだわりだった。
背景は白布、ライトはスマホライト3台、やる気と行動力はプロにも匹敵するだろう。
「翔くん、ここに立って!」
「顎上げてー!笑顔!微笑みのやつ!!」
「“いらっしゃいませ”言いながら手振って!」
指示が飛ぶ飛ぶ飛ぶ。
気付けばポーズ十種類、表情八種類、動画も撮影された。
俺は看板素材として大量生産された。こういうのは絶対に俺じゃなくて女子の仕事だろう…。
なんやかんやで完成したポスターがこれ。
《喫茶 朝日》
店名の下にはエプロン姿の俺が微笑む写真がドーン!
そして端に小さく
《※当日チャイナあります》
書くなぁあああ!絶対に書くな!
結衣「これで客入り倍増するな」満足気。
菜々「当日は私の隣に立ってくださいね?」微笑。
夏樹「チャイナで客引きは任せた!」ニヤリ。
響「翔が看板なら勝てる」サムズアップ。
柊「なんやかんや楽しんでるだろお前」笑う。
……俺、逃げ道消えた。
でも、不思議と嫌な気分ではない。
皆が笑ってるから。
◆
夕方。
飾り付けはほぼ完成、厨房の仕込みも終盤。
黒板には大きく「開店まで18時間!」と書かれていた。
各担当が最後の確認に走り回る中、
俺は教室の真ん中で深呼吸した。
「……文化祭、いよいよだな」
独り言のつもりだったが、
「だな」
後ろから柊の声。
「翔、最近よく笑うようになったな」
ぽつりと言ってくる。
「文化祭の準備、楽しいか?」
「そりゃ色々面倒だけど……悪くない」
「悪くないって?」
一瞬考えた。
父親の事、まだ心の奥がざわつく。
けど――今は。
「そうだな、最高だよ。……まじで」
柊の口角が少し上がった。
「なら良かった」
響も加わって拳コツン。
「明日、俺たちのクラス最強にしようぜ」
「失敗しても笑ってやろう」
「全力でな」
拳が重なる音が、胸に響いた。
◆
片付け後、教室の蛍光灯が一つずつ消えていく。
帰り支度を終えると、菜々が近づいた。
「翔さん」
「ん?」
ほんの少し、声が柔らかい。
「明日、最高の日にしましょう」
結衣も隣で小さく笑う。
「厨房チーフとしても、個人としても……翔に笑ってほしい」
「装飾、絶対映えさせるから!店長業務、絶対にやりきるよ!」
「俺に運搬は全部任せとけ!俺ができるのなんて肉体労働くらいだからな!」
「翔は接客集中な。俺はチャイナ着てるけどあくまで会計担当だからな」
最後に担任が乱暴に言う。
「俺はな、成功か失敗かより――
お前ら全員で楽しんで帰ってきたら100点だ。」
胸が熱くなった。
このクラス、騒がしいけど――誇れる。
明日を思うだけで、心臓がざわざわする。
期待か、不安か、全部混ざっている。
でも俺は――
この日常を守りたい。
父親の影も、未来の不安も、今は置いていく。
明日は笑顔で迎える。
「行くか!」
感情をあまり表に出さない柊が大声でそう言った。
「おう!」
俺はそれに応えるように返事を返す。
校門を出ると夕焼け。
風が少し冷たいのに、不思議と暖かい。
そして――
文化祭開幕まで、残り1日。
俺たちの青春は、ついにステージに上がる。




