11話 ファントーシュソルシエール
◆マーナ(昼顔)
アンに指摘されるまで頭からそのことが抜けていたなんて、ホントにドジだぜ。
作戦決行は明日だと言ってたが、この流れからして内街を出発するのは恐らく日の出前。いつもなら、オレがもうひとりのオレになっているタイミングだ。
かと言ってここで作戦遂行の段取りを聞き逃したりした場合、代わりにもうひとりのオレがちゃんと段取りを聞き取り、与えられた任務を理解して行動してくれるか。それが心配だ。
やはりオレが、自分の耳でしっかり段取りを聞いておくのが無難だ。全く状況が分からないまま戦地で目覚める……なんてコトになったら死ぬ。オレ、確実に死ぬ。
――と待てよ?
よく考えてみると、寝なきゃいいんじゃね? 寝なきゃもうひとりのオレにならないで済むんじゃねーか。恐らくそうだ。寝るという行動が人格転換のスイッチになっていると仮定する。寝て意識が無くなると別人格が起き上がり、ソイツが寝ると、オレの人格が入る――というワケ。
んじゃオレの身体はいつ休みを取ってんの? という疑問が生じるが、根っからのテキトー人間のオレはそんなのは深く考えない。考えても答え出ないし。
とりあえずカフェイン大量にぶち込んどくか。
「――アン。オレが寝そうになったら引っ叩いてくれ」
「引っ叩く? マーナを?」
「ああ。遠慮は要らん」
「女の子をひっぱたくなんて出来ないよぉ」
いやーオマエ先日、敵女隊長の頸獲ってたよな? ……ゾゾ。
「えーとな。やっぱそれじゃあ、ゆさゆさ優しく揺さぶってくれ。それなら頼めるだろ?」
「あーい。それならいーよォ」
トリストン隊長が右手を挙げた。司令が頭巾を被り、オレたちの列に戻った。
……あれ? 特別な指示は無かったぞ?
「行くぞ。夜間決行だ。心配するな。手はずはついている。貴様らはただついてくるだけでいい」
ま、待て。
出発、今からなのか?! 朝駈けでなく夜討ちなのか?
◆◆
バルバル族が敷く野営地のど真ん中を通り、トリストン部隊はある砦に着いた。この辺りは周囲より一等高く見通しが抜群だった。
異種人独特の臭いのするバルバル族の雑多で活気のある夜の喧騒が一望に見渡せた。ただの平原なのに、街がそっくり出現したかのような幻想的な光景に思える。
かたや城壁の向こう側、オレらの暮らす京師サントロヴィール城市のなんとわびしいことか。建物は立派、旗印も堂々翻っているのにまるで死んだように街が眠っている。
「マーナ、眠くない?」
眠くは……無い。極度の緊張のせいだ。
普段殺し合いをしている連中に野獣のような眼を向けられながら行進しているんだから当然だろ?
オレらはいったい何しに来たんだ、ここに。
砦は千人長専用の居住地らしかった。そこらの木や石をかき集めて造作しているわりには頑丈そうな代物だった。その内門をくぐり抜けたオレたち一般兵は、隊長・司令と切り離され、幕舎に通された。
その時点でオレらは、無言の相づちで、通常の戦をしに来たのではないと理解しあった。半刻ほど経ち、オレとアンが名指しで呼ばれた。
バルバル族の伝令は意外に物腰丁寧だったが、残念なことに言葉がいまひとつ通じず、要領の得ない遣り取りの後、結局無理やり腕を引っ張られて連行された。
「アン、やめろ。手を出すな」
「でもこの人、敵でしょ?」
「まだ決めなくていい。大人しく従え」
「はあい」
ふたりが通された先に司令と隊長が待っていた。対面している鹿の面をつけた人物が、千人長なのか? 獣の外套を着ているのでキメツケはイカンが、存外華奢だな。
「ガキども、座れ」
トリストンが澄まして指示した。逆らう理由はない。
アンをなだめ、大人しく従う。
「オマエが七人の魔女のヒトリか?」
鹿の面、女の声だった。
「いえ。こっちのよりチビの方です」
「近くに来イ」
アンの手をとったオレは鹿面の女の横に立った。
アンがいつこの女を襲うかヒヤヒヤしたので、オレはコイツの手を離せないのだ。
「フーム。ヤツよりも幼いナ」
ヤツ?
女のセリフが気になったが、それよりもアンの言動に驚いた。
「この人、敵なの? 殺っていいの?」
「ばっ、バカ! オマエは黙ってなさい!」
司令と隊長の眼がコワイ。殺意すら感じる。それよりもこの鹿面の女だ。今の暴言で何を仕出かすか分からない。オレはとっさにアンの頬をビンタした。
「オレとオマエはトモダチだよな」
「う、ウン」
「オレ、大人しくしろって言ったよな?」
「……ウン。……ごめんなさい」
オレはアンとともに地べたに這いつくばった。
「とんだご無礼をしました。子供の発言です。どうかご慈悲を」
鹿面女の肩が揺れた。……笑っているのか。
「よいよい。七人の魔女は変人だと認識している。その点は合格だ。だが、まだ実力は認めてはいない」
面を外した女の眼は蛇を連想させた。体の芯が震えた。
「マーナよ。アンに命令しろ」
「命令……ですか?」
「そうだ。オレの部隊のあの20人な、千人長殿の前で始末して見せろ。それで合格する」
トリストンヤローの口元に、笑みがこびりついていた。




