10話 標的は千人長
◆マーナ(昼顔)
中隊長トリストンの配下は総勢20名。
これには戦死名簿に載っている鬼籍者が含まれる。
武器や武具は自前で用意する。寝床は提供されて三食訓練付き。俸給は標準的な一般市民並み。――以上がサントロヴィール兵団、大隊に所属する中隊部隊の待遇だ。
「バルバル族の千人長を襲うと言うのは本当なんですか?」
「襲うんじゃねえ。始末するんだ」
兵士らは顔を見合わせた。
今日もバルバル族と殺し合いをさせられ、命からがら内街に帰還した者ばかり。それが夕食後再び集められて、隊長の無謀な宣言に付き合わさせている。一様に不満げな息が吐かれた。
しかし隊長のトリストンはまったく意に介す様子もない。
前列に立つ新米兵の肩を叩き、
「お前。嫁を貰ったばかりだろう? 戦功立てて出世して、彼女を喜ばせたいだろう?」
「は、はぁまぁそりゃ……」
今度は右隣の、壮健なガタイをした男の胸を裏拳を当て、
「なぁお前も。病気がちの母ちゃんに、美味いモンもっと食べさせてあげたいよな?」
「何ですか急に?」
火を点けたタバコを一吸いしたトリストン、いかにもマズそうにカオをしかめて投げ捨てる。
「オレもだ。わずかな配給のしけた煙草、クソマズイ下っ端メシ、変わらない薄給。――当たり前だ。人並みの努力しかしてねぇオレたちに、人並み以上の恩恵が与えられることはねぇ! 他人が驚くほどの功績をあげてこそ、はじめて人並みじゃねえコトを証明できるんだ。それは分かってるよな?」
「けれども死に急ぐ事はねーでしょう! 幾らなんでも千人長をヤルなんざ――!」
「そーすよ! 千人長ってんだから、よーするに1000人の兵がソイツを守ってるんでしょう? いくらなんでもオレらの数じゃ、どーやっても敵いっこないですよ!」
ぞろぞろと勝手に解散を始める部隊。
「待て。カスども」
部隊の中にひとり混じっていた異色の男。
真っ黒の外套をはおっていたから目立たなかったが、チラチラ覗き見える上着には大層立派な階級章が――!
「隊長の命令なく散るな、カスども。貴様ら全員処罰してやるぞ?」
その男、中隊長トリストンの横に並び外套をひるがえした。
トリストン、直立不動で敬礼している。
「……ナナギ司令」
一同、絵に描いたようなざわつきを示した。
「整列しろッ、カスどもッ!」
トリストンの一喝。皆、大慌てで整列し直した。瞬時に静寂と緊張が場を支配した。
◆◆
睥睨という言い方が相応しい面持ちで司令さまがオレたちを威圧している。
「今回の作戦はナナギ司令の肝煎りなのだ。司令自らも我らに加わって頂く」
「ええーッ?!」
……横にいるアンがあくびを始めた。ヤメロ、今はマズイ。ツンツン指でつつく。
「ねえ、マーナ。いつになったら部屋に帰れるの?」
「……ちょ待て。部屋に帰るどころか今から戦いが始まろうとしてんだ。ちゃんと話、聞いとけ?」
眼を見開くアン。
「マジで?!」
わあッ! 突然大声出しやがった!
カッ! と司令が睨んだ。
「すっ、すいません。……あまりの光栄につい興奮してしまいました」
とっさに適当な言い訳。するとトリストンが手招きした。オレとアン、ふたりが前に立たされた。
「コイツらは若年の新兵だがな。もう既に敵を50人以上始末しているぞ。よって司令の特別の計らいで今回の任務に抜擢した。ちょうどいい。お前ら、1階級昇格させてやる。構いませんね、司令?」
「良かろう。今よりふたりは上級卒だ」
「貴様ら、有難く思え」
「へ?」
「答える返事があるだろう? ボサッとすんな」
「――! は、はい。光栄でございます。いっそうこの身を粉にし、命をサントロヴィールに捧げる所存です」
すると明らかに兵たちが騒ぎ出した。
「黙れ! さっきも言ったよな? ここは実力がモノを言う世界だ。功績をあげたものはドンドン取り立てられる。無能な者は掃き捨てられる。文句があればこの者ら以上の活躍をすることだな」
「そんな……」
「じゃあ軍兵なんて辞めちまえ。オレは一切止めんぞ。さっさとこの場から去っちまえ」
トリストン隊長が背を向けた。……わざとらしい。
司令が後を継ぐ。
「トリストンの言う事は正しい。約束する。貴殿らの働きぶりは公平に評価されるだろう。カスのままで一生を終わるか、それとも、名と財を成し家族を幸せにするかは各々の決意に委ねよう。ワシからは以上だ」
アンがオレの服を引っ張った。
「ねえ。ホントに今から戦いに出るの?」
「さぁ、多分な」
「マーナ、そろそろ夜になるよ? 寝ちゃいそうになる時間だよ? 大丈夫なの?」
「オレを子ども扱いするのか……あ!」
――そうか……寝ちまったら、オレ……!




