9話 胡散臭い中隊長の誘い
◆マーナ(昼顔)
アン。13歳。
教会で暮らしていたがある時押し入ったコソドロのオレに殺された。
コイツの母親は魔女で、オレと相討ちして死んだ。
オレはアンという少女について、それだけしか知らなかった。知ろうともしなかった。
だって不気味なんだもの。得体が知れないんだもの。あの、未知の無双パワーはどこから出てくるの? 結構残虐な行いをしておいて、どうしてそこまで朗らかさを保っていられるの?
ヤツはオレに対し幾分かの友情を抱いているようだが、オレにはただの恐怖心しかねぇ。
「……兵器、だと?」
あの営倉でペラペラ口を動かしていた男、えーと……名前、名前。……ちょっとホンキで忘れたが――、アイツがアンのコトを【兵器】だとぬかしてやがった。その言葉に多少の脚色があったにしても、それなりの存在価値を軍幹部がアンに対して抱いたのだというのは明らかだ。
オレが営倉に入っている間に何らかのお祭り騒ぎがあり、結果、アンの力が上に知れるに至ったというコトだ。
「あ。マーナじゃないか!」
優等生が、相変わらずの旧式先込筒銃を抱えて棒立ち。幽霊にでも遭遇したのか? という面をしている。
……よォ。ところでその銃、ちゃんと弾は出るのか?
「アンはどこだ?」
「あ、あぁ。……彼女なら、もうじき帰還すると思う」
「帰還だと?」
優等生の……ベンに連れられ、大門脇の城門へ。
夕刻を告げる晩課の鐘とほぼ同時に開門し、そこから小部隊の兵らがなだれ込んだ。
その群に混じるアンを発見し、オレは息を呑んだ。
全身に血を浴びているのに、意気揚々と誰よりも元気に闊歩しているではないか。とても戦帰りとは思えない。そのアンがオレを見つけ、走り寄ってきた。
「あーッマーナぁ! 旅行楽しかった? 美味しいもの、いっぱい食べれたぁ?」
「り、旅行……? それよりオマエ、ケガしてねぇのか?」
「え? ケガなんてしてないよォ、なんでわたしがケガするの?」
「だってその血……、尋常じゃねーぞ?」
「これはぜんぶ敵の血だもん。わたしはゼンゼン平気!」
唖然としたオレは一瞬言葉を失った。
「だってさー。敵いっこに対してお駄賃いっこくれるんだよー? そりゃ張り切らなきゃね」
アンはヨレヨレのズボンポケットをまさぐり、約20枚ほどの銅貨を取り出した。見ると粗悪なビタ銭ばかり。まったくの小銭だった。
「マーナゆったじゃん。お金貯めてぇ、ふたりの家を建てようって」
「なんだって、家を?」
「そーだよ。外の広い広い世界のどこかに、ふたりのおうちを建てるんだよ。……もー忘れちゃったの?」
……いや、忘れたも何も、オレはそんな約束はした覚えがない。第一、
「そんなはした金で家持てると思ってんのか?」
「へへ。だから毎日頑張ってるんでしょ」
「……」
――でもオマエは……そんな話を真に受けて、せっせと、安い人殺し報奨を稼いでたのか。
「どーしたの、マーナ。急に抱きついて来て? ホメてくれてるの?」
「バカヤロー。怒ってんだよ」
ひょっとすると、もうひとりのオレがアンと約束をしたのかも知れない。そんな呆れた約束を。
「……旅行、土産無くて済まなかったな」
「へへへ、そんなのいーよォ。わたしも上官にご褒美もらえるようにガンバロっと!」
◆◆
「上官殿!」
「名前で呼べ。そう言ったよな、オレ」
「……。心が広く親切な中隊長殿!」
「死ね。トリストンだ。腹を切って詫び入れて、生まれ返ってから出直しやがれ」
階級バッチだけじゃなく、名札もつけとけよ、バカ。
「転生したので再度お聞きします。心優しいトリステン殿」
「……オマエ、マジで殺っちまうぞ? トリストンだ」
済まねぇな。人の名前ほど興味のないモンは無いんでな。
「先刻、アンに会いました。8人のバルバル族を倒したそうです。その調子で今後も彼女に活躍をさせるのですか?」
ヘビーな紫煙を吐いたトリストンは咳き込むオレにカオを近付けた。
「ガッカリさせるなよ? オレはオマエらふたりに出世を賭けてるんだ。8人? それが何の足しになる?」
「子供なのでイミが分かりません。もっと大量殺戮をしろとおっしゃるんですか?」
「オレ言ったよな? アイツは【七人の魔女】じゃねーかとな」
「は、はい。言ってました」
トリストン、オレの方に腕を回し、物陰に連れ込んだ。
「あのな。七人の魔女というのは英雄譚を通り越しておとぎ話に近いんだ? だからそんなバカな話をしている大人はロクな大人じゃねぇ。だからオレはロクな大人じゃねぇ」
「は、はぁ」
「軍のお偉方がアンの価値を公認する前に、オレとオマエがその価値を利用する」
「はぁ?」
「明日、どえらい作戦を決行する。そしてオマエらとオレの名を軍内に轟かせる」
「……具体的には?」
くっくと嗤い、トリストンはジョリジョリの顎をオレのカオに押し付け。
「バルバル族の千人隊長を殺る。オレの部隊を当ててな」




