舞踏会のてん末
新しい曲が始まった。
ハーシュは踊り始めた当初こそ緊張していたが、少しずつ勝手が掴めるとなんとなくそれらしくは動けるようになってきた。
ただ、カインも初心者なので、お互い探りながら動いている感じは否めないが。
ふと、顔が思いがけず間近で向かい合い、ハーシュはふっと笑った。
「…なんか、踊りなんて初等科のパーティー以来だよね?」
「…そうだな…オレも同じだ」
派手な動きやステップは一つもなく。ただただ、不器用なやさしさでこちらを気遣うようなステップ。
そういえば、学校ではエリートで通っているカインは、そもそもずっと不器用な少年だった。
それが人一倍出来る様になったのは、人一倍一生懸命に剣に打ち込んできたというだけのこと。
カインが滅多に他人に見せない、不器用な真っ直ぐさ。
それが伝わってくるステップに、ハーシュは無性にうれしくなって笑みが込み上げてきた。
言葉にする必要はない。勿論すべてが分かり合えている訳ではない。それでも、お互いを思いやろうとしていることが伝われば、それで今は充分だと思った。
今だけはこの旅でのすれ違いのことなど些細なことだと思えた。
お互いがお互いのことを大事にしようという思いがあれば、これから先に障害があったとしても乗り越えられると、ハーシュはそんな風に思えた。
曲が終わり、カインはしばらく繋いだ両手を眺める様に見ていた。
カインにも惜しむような気持があるのだろうか。
ハーシュには深い信頼を寄せていることが分かる笑顔が浮かんだ。
ふと、ハーシュはカインと男女として踊っていたことに気が付き、急に気恥ずかしい気持ちが湧いてきた。間違ってここにいるような気持ちが。
照れるようにハーシュは笑った。笑いながら目の端から涙が滲んだ。
「どうした…?」
「あはは、何だろうね?変なの…」
一頻り笑ったあと、カインはハーシュを導き広間の中心を後にした。
「ハルメリア」
「なんですの…?」
リデアはハルメリアににやにやと、満面の笑みを堪えるような顔を向けた。
「なんですのその顔は!?」
「あんた高慢でやな奴だと思ってたけど…ちょっとだけいいとこあるじゃん!」
リデアは思い切りハルメリアの背中を叩いた。
「いっだ!!??何をするですの!?」
「…よく頑張ったね」
リデアはハルメリアの頭を撫でた。
「………知った風なことを言って……気安く触らないで欲しいですのに……」
その二人の横を足早に通り過ぎて行った影があった。見るとそれはガースだった。
「お父様…??」
「……これは一体どういうつもりだ??」
ガースの全身から尋常ではない覇気が立ち昇っていた。
その気迫に気圧されたか、その場にはガースとカインとハーシュを中心にした広い円形の人だかりが出来ていた。
「約束を違えたことについて…弁解を求めようか……いや、それも必要ない…」
ガースはその手の二振りの剣の一つをカインに突きつけた。
「私たちは騎士だ。お互いの意志を伝えあうのに言葉などいらん!!決闘を申しこぶふう!!??」
ガースが背後からの突然の急襲に面食らった様子で振り返るとそこには肩を震わせるハルメリアの姿があった。その手にはウェイターの使う金属の盆が握られていた。
「は、ハルメリア…??」
「お父様!!これ以上私に恥をかかせるつもりですの!!??」
「は、ハルメリア!?ハルメリアがぶった!?…娘にもぶたれたことないのに!?」
「一体何を訳の分からないことを言っているんですの!!??」
「いっだあ??!!またぶった!!??しかも縦に!!??」
「お父様はお呼びではありませんのよ!!さっさと裏手に回りなさい!!」
「で、でも……一応パパ主催者なんだけど……」
「つべこべ言わず下がるですのよ!!」
と、そうこうしているうちに、カインとハーシュの姿は忽然と姿を消していた。
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「あははははは…!」
ハーシュとカインは転がるように別館にたどり着くと、パーティの喧騒は少し遠くに聞こえていた。
「まったく、何がそんなに可笑しいんだ?」
そういうカインの口元にも笑みが零れていた。
二人は廊下のソファに腰掛けた。
「少し酔っちゃったね…」
ハーシュは天井を仰ぐと、ふとカインが見ていることに気が付いた。
「どうしたの??カイン??」
「似合ってるな、その恰好」
「…………あんまり、変なこと言わないでよ」
ハーシュにとっては着づらいとしか思えなかったドレスだったが、カインに褒められるのはそれほど悪い気はしない気がした。
「…ほかの男と踊ってたな」
「え?」
「楽しかったか?」
カインの質問の意図が読めないまま、ハーシュは返答した。
「えっと、まあ……?……こうゆう場ってなんか慣れないよね?全然うまく踊れなかったけど」
「……そうか……」
ハーシュの返答が正解だったのか、カインはそれで落ち着いたようだった。
窓からはパーティーの演奏が聞こえる。広間の明かりはまだ煌々としており、闇夜とは対照的に輝いていた。
しばらく無言で演奏に聞き入っているとカインが聞こえるか聞こえないかくらいの声でぽつりと漏らした。
「ハーシュ、お前にとって……俺は……なんだろうな?」
「え…??」
ハーシュはしばらく考えてから、言った。
「親友……??……」
「…………なんで?が付くんだ…」
「だ、だって改まって聞かれるとなんか…さ…」
「…結局……お前にとっては俺もリデアも同じなのか…?」
カインの拗ねたような口調にハーシュは急に可笑しみが湧いてきた。
「ぷっ、あははははっ!」
「…おい、ちょっと待て…なんで笑う!」
カインは本気で心外の様で、咎める様に言った。
「あはは……もう、今日のカインってなんか変だよ、きっと飲みすぎだよ」
カインはハーシュにぐっと顔を近づけると、もう一度言った。
「…………同じ…………なのか…??」
ハーシュは、カインの声の様子に気圧されるように目を逸らして言った。
「…え、えっと………同じ…ではない………かも………二人ともそれぞれ大事だから…」
「ハーシュ……」
カインの表情に切なそうな色が一瞬見えた気がした。
「…カイン?……ちょっと近………」
「…俺は………俺自身はどうしたいのか………ずっと考えていたんだ」
「何を…?」
「…俺は…お前に差別されたい」
「それってどうゆう…?」
「俺はお前に男として見られたい……独占したいと思われたい……そんな風に思うのは………変だろうか…」
「え……と……それ、は…………」
心臓が締め付ける様だった。
カインの顔がふと近づいたの。
「…え、か……カ……イン……?」
「……」
ハーシュは思わず目をぎゅっとつぶった。
「………」
「………」
「……おやすみ…ハーシュ…」
くしゃ、と頭を少し強く撫でられる感触がした後、ふっと眼前にいたカインがその熱量ごとふわっといなくなった。
眼を開けたハーシュはカインの去っていく後ろ姿をただ、見送ることしかできなかった。
顔が、熱い。
ハーシュの心臓は早鐘を打ち続けていた。
今夜は…眠れないかもしれない…。
そんな風にハーシュは思った。




