異世界メイド喫茶
「い、いらっしゃいませご主人様!!」
「いらっしゃいませーごしゅじんさまー」
頑張って愛想笑いを浮かべるハーシュ。そのすぐ横でリデアはテキトーさ満点の挨拶を繰り返すだけの置物と化していた。
「いらっしゃいませご主人様!」
ハーシュはたった今二人組で入ってきた冒険者風の軽装の男に精一杯の笑顔を作って見せる。
「おっ、何君新顔??可愛いじゃん」
「あ、ありがとうございます…」
ハーシュはなんと返したらいいかわからずただ笑ってやり過ごそうとする。
「で………いくらなの??」
冒険者風の男は嫌らしい笑みを浮かべコソコソとハーシュに耳打ちしてきた。ハーシュは男の言っている意味は分からなかったがなんだか首の辺りがぞわりとした。
「え、えーと……?」
「だーかーらーいくらげぼっ!?」
「はいはいご主人様―!!うちはそうゆう店じゃないからねー!!こちらご案内しまーす!!」
リデアはその男の腹にボディブローを喰らわせると首根っこを掴んで横から攫って行ってしまった。
「目にも止まらないボディブロー…俺じゃなきゃ見逃しちゃうね…」
男の連れは冷や汗交じりにそういった。
「あの、相方さん大丈夫なんですか…?」
男の連れは、あ、ああ…と気のない返事をすると冒険者風の男がリデアに無理やり座らせられたテーブルに向かって去っていった。
リデアの言うそうゆう店ってどうゆう店なんだろうとハーシュは思いつつリデアに感謝した。
「おーい、そこの子!!こっち注文とってよ!!」
今度はハーシュの後ろから注文の声がかかった。
「は、はい!!ただいま!!ご注文お決まりでしょうか??」
「…ハーシュちゃん」
男はハーシュの名札を見てそういった。にたりといやらしい笑みを浮かべた。
「ハーシュちゃんのミルク一杯…」
「??ええっと、ミルク一つですね」
ハーシュは慌てて注文票にミルクと書き込む。
「若しくはオレのミルク一杯ごちそうしようか??熱くて喉にからまるぜえ」
「い、いえそんな!お客さんからごちそうして頂くのは流石に」
「うはははは!!ハーシュちゃん意味分からなくて困ってるだろうがよ!!」
含み笑いを浮かべる三人の男たちの雰囲気にハーシュは困惑気味だったが、気を取り直して注文を取ろうとする。
「ええと、ご主人様のご注文は…」
「見ろよこの天使のような笑顔!!オレの〇〇〇が〇〇〇〇〇〇だぜ!!!ヒャッハー!!!」
「ヒャハハハハハハ!!!」
「ご、ごちゅうもん…」
「はいはい、そこのご主人様ども。ご注文のお品でーす」
「うおおおおお!!??」
リデアはテーブルの上を占拠するほどの量のジョッキを片手で叩きつけた。頑丈なつくりのテーブルがミシミシと音を立てる。
「おい!!こんなもん俺たちは頼んでもいね…」
「あ゛?なんてほざきやがりましたかご主人様…?」
「ちょ、ちょうど喉が渇いてたんだよなぁ…」
「こ、ここのエールいくらでも飲めちまうよなぁ…」
男たちはリデアの本気のメンチの前におとなしくジョッキをゴクゴクと飲みだした。
「り、リデアありがとう…」
「はいはーい」
リデアはひらひらと手を振ってまた戻っていった。
その様子を傍から見ていたカインはほっと胸をなでおろした。
まだ、自分が出ていくような事態にはなっていないようだ。
(やれやれ…)
「なによそ見しているのかしら?」
カインの後ろのマダムが目を光らせていた。
「い、いらっしゃいませお嬢様!!!」
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「………」
「如何なさいましたかアイルノーツ様??今夜はこちらで一番気に入った女をお選び頂ければと思います。私はここではお得意なのでどの女でも…あ、あのどうなさいましたか??」
「いや…すみません。初めに申し上げたと思いますが、私はこういった店は好みではないのでね」
「え、あ、た、大変失礼いたしました!!代わりの店を確認いたしますので少々お時間ください!!……あの、アイルノーツ様??」
「いえ、折角このような席を設けていただいたのですから、甘んじて受けさせて頂きますよ。ここの“お得意様”なんでしょう??ただ…次はお願いしますよ?」
『お得意様』という語には皮肉げな圧力が込められていた。
「も、申し訳ございません…!」
この男の名は、アイルノーツ。
先代が商人からたたき上げで貴族になったという商家の生まれ。つい最近になって成人したアイルノーツにも小規模ながら取引が任せられるようになった。
アイルノーツは若くして商売が任せられたことを得意に思っていたが、流浪の暮らしに行く先々で酒席を設けられると流石に辟易としてくる。ましてや、香水の匂いをぷんぷんとさせる商売女と毎晩呑むと自分がひどく堕落しているような気がしてより気が滅入るというものだ。
「いえ、お気になさらずに…さてテーブルはどちらに…」
アイルノーツはひどくぎこちない挨拶をするメイドがいるなと思い振り返った。
「いらっしゃいませご主人様!!」
ハーシュは精一杯の笑顔で挨拶を繰り返していたので、アイルノーツは正面から向き合ってハーシュの挨拶を受ける形となった。
アイルノーツは場にそぐわないほど仕立ての良い服を着ているので、周囲から目を引いていた。
そのアイルノーツがハーシュの方を見て、茫然と立ち尽くしていた。
「………」
「い、如何なさいましたかご主人様??」
店員としての配慮、というより単純にアイルノーツの挙動が心配になったハーシュは話しかけた。
「え、あ、い、いや…何でもありませんよ」
それを見て感づいた商人の男は慌ててマダムを手で招き寄せると小声でけしかける。
「(ちょ、ちょっとマダム!!あの子!!あの子をテーブルに指名でお願いします!!)」
「お客さんお目が高いねえ。あの子今日が初日なんですよ。たっぷりかわいがってくださいな」
マダムはにんまりと笑みを浮かべると、悠然とハーシュの方へ歩み寄った。
「マイ・ベイビーちゃん。喜びなさい、あなたに初指名が入ったわよ」
「初指名…………ってなんですか?」
全く状況が分かっていないハーシュにマダムはニイと口の端を歪ませた。外連味たっぷりの仕草で派手な色のウィッグの長髪を思い切りよく手でなびかせた。
「私の目に狂いはなかったわ………一夜にしてさなぎが蝶に化けたってとこかしら…」
「……え、はい?」
「ふふ…いい?殿方なんて単・純・よ。せいぜい可愛らしくウブににゃんと鳴いてあそばせなさい」
(どうしよう……全然この人の言ってる言語の意味がわからない…)
困り果てたハーシュは通りかかったリデアを引き留めた。
「リデアどうしよう…!」
「知らん!」
「知らんって!?」
「まあ、愛想ふりまいときゃなんとでもなるでしょ。まあ、あたしはふりまく気は毛頭ないけど」
リデアはさっさとジョッキを両手に持ったまま行ってしまった。
そうして誰も助けにならない状況であることをハーシュはようやく悟った。
ハーシュは重い足取りで指名とやらが入ったテーブルに赴いた。
「…失礼いたしますご主人様。ハーシュと申します。宜しくお願い致します」
「あ、ああ…!君か…!僕はアイルノーツ、よろしく」
「ふふ、それでは、アイルノーツ様。私はここでお暇を頂きます…あとはお楽しみください…」
「な、なにを…!!」
男はハーシュに軽くウインクを見せるとさっさと行ってしまった。
「…???…」
ハーシュは何が何やらわからない。
アイルノーツは粋な計らいとでも思っていそうな男の態度に若干憤慨していたが、この見目の良い少女に自分が心惹かれているのは事実であった。
ハーシュとアイルノーツはぽつんと二人でテーブルに残された格好だ。
(ええと…会話会話…)
ハーシュはおぼろげながらこの店が、女が男を接待して気分よくお酒を飲んでもらう場所であるということを理解し始めていた。ハーシュもちょっとだけ成長していた。
「あの…」
「…どうも君は随分とここと場違いな感じがするね」
「え?そ、それは…ご、ごめんなさい…」
「はは、謝ることじゃないさ。むしろそっちの方が僕にとっては良いんだよ」
「そ、そうなんですか?」
言いながらハーシュは手元にある細長いグラスをちびりと傾けた。
「げほげほっ!?」
「だ、大丈夫かい??」
「す、すいません。思ったよりも濃くって…」
グラスはマダムが持たせてくれたものだった。アルコールが濃いのはマダムのサービスだろうか?それにしても濃すぎる。少しずつのもうとハーシュは思った。
「はは、余り慣れていないんだね、お酒。もう顔が赤いよ」
「あ、は、はい…」
ハーシュが手の甲を頬に当てると、確かに微かに熱を持っていた。
「商売柄、接待としてよく酒場には連れてこられるのだけれど、僕は商売女というのがどうにも苦手でね。でもこんな日もあるのだな。君みたいな可愛らしい人と話せるなんて、今日はラッキーだ」
可愛らしいと言われて、ハーシュは困ったように首を傾げた。
「…そうですか」
それからはアイルノーツが主に話した。他愛ない話から、よその町でのちょっとしたエピソードまで。ハーシュは自分がうまく話を聞けているか不安はあったが、アイルノーツは気持ちよく話をしてくれているような気がしたので少しリラックス出来た。
「ところで、ここで働いているのは何か事情があるのかい?」
「あ、えと…まあ色々とありまして…」
色々とあったとは言え、結局はリデアが財布を落としたというところに行きつくのだが。
アイルノーツはふむ、と難しい顔をした。この人と話をしていると何だか面接をしているような気持になるな、とハーシュは思った。
「単刀直入に言うけれど。僕は君がかなり気に入ってしまった。軽率に思われてしまうかもしれないけど、それも承知の上で言うよ。身請け…なんて言うと失礼かもしれないが、僕はそれなりの小金持ちなんだ。君にどんなものでも与えてあげられると思うが、どうだい??」
「………」
ハーシュは2、3回まばたきをしたまま静止した。
(この人は一体何を言っているんだろう…)
先ず自分が女ではないということを説明しなければならない。もちろん生物学的には女であるのだが、見た目としても限りなく女に近いのだが…なんというか……気持ちの問題なのである。
「あの…」
「なんだい?」
「何か勘違いをされていないでしょうか??私は…その…」
そこまで言ってからハーシュはふと気が付いた。『自分は女ではないのだからあなたの気持ちには応えられない』と言っても身体を含めてどこからどうみても女である以上、それは理由としては通用しない。悪魔に女の身体にされたところからきちんと説明をするべきだろうか…?しかし…それも上策とは到底思えない…。
ハーシュは挙句面倒になり、自棄気味にこう言った。
「……っま、まともじゃないんです!」
「構わないよ」
「即答!?」
ハーシュは戸惑いと驚きの余りわたわたと手を動かした。
とはいえ、ハーシュにとっては降って湧いたように将来のことを言われても何一つピンと来ない。ましてや、身請けなどと言われてもいわんやである。
しかし、女になるということはそういう未来がある可能性もあるということをハーシュは考えもしなかったのである。その事実を急に眼前に突きつけられた思いだった。
「でも…その………私は…」
「なんだい?」
どう考えようがこの人との未来は何一つ具体像として結びつかない。当たり前と言えば当たり前だった。
では自分が本当に女だったら?はたまたこの人が女だったら?そう仮定してみても首が縦に振れるかというとそういう訳でもない。男とか女とか、そういった問題ではないのだ。
(あれ……)
そこまで至って、ハーシュは、自分はこの人に人間的に致命的に興味が感じられないという結論に至らざるを得ない。なんだか言葉にすると自分が酷い人間のようだが、そうとしか言いようがないのだ。
(どうして……)
ハーシュはそれをどういう風に言えばいいのだろうかと考えていた。
(なんで今、カインのことばかり考えているんだろう……)
………
そういえば、カインはどうしたんだろう??
考えあぐね、困惑したハーシュがふと見まわしてみると、テーブルの向こうで青い顔をして座っているカインが目に留まった。
カインの横にはマダムがいて、カインに絡みつくように座っていた。
「あら、あなた接客はイマイチだけどよく見るとかわいいじゃない…一週間といわずにここの社員になるなんてどうかしら??」
「いや、それは………………」
遠目に見てもカインのSAN値は既に0に近そうだった。
あれは助けに行くべきではないだろうか…?
「あ、あの…」
助けに行こうかどうしようかと迷いアイルノーツから少し暇を願おうかと思っていた矢先、入り口から大きな音がして店内は一瞬静まり返る。
ハーシュが驚いてそちらを見ると、ガラの悪そうな男たちが獲物を手に剣呑な雰囲気を醸し出していた。
「おいおい!!マダム!!いるんだろう!!出てきやがれ!!!」
「今日こそはうちの借金返してもらうぜええええええ!!!ヒャアアアッハー!!!!!」
また新しく面倒気味なイベントが発生しそうなことをハーシュは静かな心持ちで認めた。
(つづく)




