とある村での一日
顔の辺りにふわりとした柔らかい感触がし、次いでやけに甘い香りが鼻孔をくすぐる。
目を開けるとそこは雲の上だった。ぼんやりとしたあたたかな陽の光がうつ伏せのカインのまぶたを照らした。
そして自分の目の前にはハーシュがいた。その手をこちらの頬に伸ばしてくる。
「だいじょうぶ…カインのこと…信じてるから…」
ハーシュが潤んだ瞳でそう言った。
自分は夢を見ている。漠然とそんな予感がした。
だからこそだろうか。わが耳を疑ったのは。
「だから…カインの好きにしていいよ」
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「………!!!???」
陽光の中、目を覚ましたカインの目の前にあったのはハーシュの胸だった。
「………っ!!??」
カインは跳ね起きそうになるのを必死に自制した。
頭上からはハーシュの規則的で静かな寝息が聞こえてくる。その華奢な細腕はカインの首の周りに回されていた。
カインは起こさないように首に回されたその手を丁寧にほどき布団から抜け出した。
非常事態だというのに、起こさないようにと気を回してしまった。
それにしても…
カインはいぶかしく思った。自分は床の上で寝てハーシュはベッドで寝ていたはずだったが…いつの間に…しかも、ハーシュと添い寝という形だ。
「んう…」
カインがベッドの方を見るとシーツがだらりと床に垂れていた。どうやら夜中にベッドからこちらに移動してきたのはハーシュの方のようだ。
(つまりはお前か…)
ハーシュはこちらの先ほどの狼狽などつゆほども知らず無邪気な寝顔ですやすやと寝息を立てていた。
「……………」
カインは一つため息をついた。
とりあえず、リデアを探しに行こう…
カインは朝からぐったりとた思いで腰を上げた。
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酒場の床とテーブルには、所狭しと男たちが雑魚寝しており余りに猥雑な様相だった。
あるものはジョッキを片手に机に突っ伏し。ある者はテーブルの上に横になり、またある者は床にそのまま横になっていた。
死屍累々。そんな言葉が自然とカインの脳裏に浮かんだ。
そして、そんな中リデアはといえば男たちの屍の山の中央に君臨し、堂々と寝息を立て…いや、うなされていた。
「うーんうーん……あだま……いだいよぉ………うーん………」
「……………」
カインはしばし立ち尽くす。
…冒険とは?
自分たちが思い描いていたはずの冒険とは一体何だったのだろうか。
そんな問いが虚しさと共にカインの胸に込み上がる。
カインは何とか脱力感からその場に崩れ落ちることを拒否した。
シャワーでも浴びるか…、カインは何も言わずにふらふらとその場を後にした。
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「あ、カイン、おはよう!」
熱いシャワーを浴びたあと部屋に戻るとハーシュは布団を丁寧にたたんでいる最中だった。
その屈託のない笑顔を見て拍子抜けすると共に、昨晩のハーシュの表情がカインの脳裏になぜか浮かんだ。
ゴッ!
カインはそのイメージを自身のこめかみあたりを鋭く殴って打ち消した。
思いのほか大きな音がしてハーシュは驚きからびくりと体を跳ねさせた。
「ど、どうしたの?」
「………虫だ………もう、起きた、のか?」
カインの言葉は不器用にも一瞬喉に詰まってから出てきた。
「今朝起きたら体がすごい軽くてさ、なんだかすごい安心してぐっすり眠れたみたい、なんでだろうね??」
「そうか…………よかった…な…」
ハーシュの何ともない様子に拍子抜けすると共に、カインの声に何とはなしにうらみがましさがこもる。
というのも昨晩カインは、ハーシュの「んふう…」とか「んっ…」とか妙になまめかしい寝言に悩まされ中々寝付けなかったのだ。
「どうしたのカイン?」
ハーシュがこちらの顔を覗きこんでくる。
カインはその頭の上に手をやるとぐいと押さえつけるようにした。
「わわっ、な、なに??」
「…顔が…近い」
「んんー?」
ハーシュはカインの仏頂面をきっと低血圧で不機嫌なのだという結論で一先ず置いておくことにした。
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「わー、すごい活気だねえ」
ハーシュとカインは朝の市場を歩いていた。
昨日ついたときは夜だったこともありわからなかったが、こうしてみるとそれなりに大きくて活気のある村だということが分かる。
朝市ではそこかしこで商売人たちが声を張り上げており活気があった。
「食うか??」
「わっ」
カインがそこの出店から買ったリンゴを片手で放ると慌ててハーシュはそれをキャッチした。
カインが一つ齧ると爽やかな酸味が口の中に広がった。
「…リデアにも朝食でも買ってやるか」
「うん!…あのさ、何だかワクワクするよね」
ハーシュが両手にリンゴを持ってはにかむように言った。
「冒険ってさ」
「冒険」
カインはおうむ返しに言った。カインは今朝の一階の混沌を見てしまってからなんとなくその言葉が心から遠ざかったような気がしていたのだ。
「今朝も起きてからなんだか居ても立ってもいられなくなっちゃってさ」
そういってへへっ、と笑うハーシュの笑顔は楽し気でありつつも、なぜか無理をして振舞っているようにも見えた。
ハーシュは橋の欄干に腰をかけるとリンゴをかじった。
空の向こう側を見つめるハーシュの横顔を川面の朝陽の反射が照らした。
その横顔は、いつか終わりが来るこの旅が、いつまでも続くことを無理やり信じようとするように見えた。カインにはハーシュのその姿がいっそ痛々しいまでに無垢に感じられた。
その姿が、こんなに近くにいるのに遠くに感じるのはなぜだろうか。
「髪…切ったんだな」
「え?」
「帰ってきたとき、印象が変わったと思ったんだ」
「あ、うん」
「なあ、ハーシュ」
「うん?」
「お前は…」
この旅が終わったら…
終わったら??
自分は何の言葉を継ごうとしたのか、わからなくなる。
そう思い込みたいだけなのかもしれなかった。
この旅が終わったら。
未来のことばかり考えてしまうと、言葉にすることはできなかった。
この時間は、なぜか大切で、ひどく儚い。
「…リデアの朝食を買いに行くか」
「え?あ、うん」
ハーシュはまじまじとカインの目を見つめるが次の句が最早出ないことを知るとぷっと吹き出した。
「カイン、へんなの、勿体ぶって」
そういってハーシュはくすくすと笑った。
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「ぎもぢわるいぃぃ…あたまいたいぃ…」
宿に帰るとリデアは絶賛二日酔いだった。
「リデア…それ昨日も聞いたよ…はい、薬…水とあと果物もあるから平気そうなら少しでも食べてね」
「ハージュ…ありがどうぅぅ…」
リデアは弱弱しく礼を言った。
「まったく…」
旅の二日目にして早々と足止めとは…カインは頭の中で目的地であるオーロラバレーまでの道のりと路銀、そして残りの日数を考えた。決して余裕がないわけではないが、それでもたっぷりとあるわけでもない。
ましてやその目的地はリデアが進んで設定したものなのだ。
自分がこうして焦りを感じるのもなんだか不当に思えてくる。そう思いカインは嘆息するがすかさず耳ざといリデアがカインを睨みつけてくる。
「あー、なんか楽しいね」
二人の様子を見ていたハーシュがころころと笑った。
「………………そうか??」
「………………どこがぁぁぁ…?……………」
「もっと魔物やっつけたりとか、そうゆうの想像してたんだけど…三人でこうして色んなところにいけたらそれだけで楽しい気がする」
「………」
「………」
冒険とは…その現実は自分が思っていたものとは少し違うかもしれないが、それでも思い描いていた夢であり、何より仲間の二人が目の前にいるのだ。先のことばかり考えて気をもむだけでは双方にとってあまりに勿体ない。
「………この村の外れの方に天然の温泉があるらしいな………リデアを連れて湯治がてら行ってみるか」
「そうなの!?」
「おんぜん…??」
気を利かせたカインだった。




