流転
色々と詰め込んだらまとめ切れずちょっと文書がとっ散らかってしまいました
「カインおはよう」
ハーシュがひょっこりと顔を出した。カインは医務室で数日は安静にするという事で、朝からハーシュの差し入れた本を手元に置いたままぼんやりと虚空を見つめていた。
「ハーシュ、早いな。どうした?」
「お粥作ったんだけど…食べる?消化の良いものがやっぱりいいだろうと思って」
「あぁ…気を遣わせて悪いな」
カインはハーシュの両手の小振りな鍋を受け取るとスプーンでそれを口に運びはじめた。
傍らではその様子をハーシュが満足そうな顔で見ている。
「…」
そしてその二人の様をリデアは医務室の入り口から見ながら怪訝な顔をして立っていた。
「あっリデア、いつの間に。おはよう」
「…え?何なの…?あんた達」
リデアは始業時間前なので既に制服のローブに着替えていた。顔に浮かぶ表情は何が気に入らないのか憮然としていた。
「えっ」
「何とは」
「…お前ら付き合…いや何でもない…あんたら前からそんなに仲良かった?」
「えっ、別に普通じゃない?…」
リデアは大きくため息をついた。
「…あのねぇ、別にいいけどさ。今は男女なんだから周りから勘違いされても知らないわよ」
「は?」
カインは次にリデアが言う言葉が読めたからか、すいと目を逸らした。
「恋人同士ってこと」
リデアはそう言い残すとさっさと廊下へ踵を返した。
…
「はぁ?!リデア!?ちょっと待っ…!!」
ハーシュは反論しようと立ち上がったが、既にリデアは廊下の向こうへ消えてしまった。
カインの方を見るとカインは窓の外に目をやったままだった。
「…な…に言ってんだろうねリデアは…さてと、お茶でも淹れようかなっと…」
ハーシュはぎくしゃくとした動きでポットの方へ歩いていった。
「おい…落ち着けハーシュ…どうせいつものからかいだ」
「落ち着いてるよ!ってあっづぅ!!??」
カインはひとつため息をついた。
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「コルゴンさんは強いな」
「えっ」
カインは窓の外を見ながら言った。遠くでは教室に向かう生徒の声が始業時間に近付くに連れて徐々に増えて始めていた。
「技術のある大人なら山程見てきた…だがコルゴンさんのそれは別格だった…まるで壁のようだった」
「壁?」
「なんだろうな、上手く言えないが…きちんと積み上げてきた人の強さという感じがする」
「…そうだね」
ハーシュはなんとなく懐かしそうに言った。
「コルゴン兄さんは責任感が強いから…父さん母さんが亡くなった時にハーシュは自分がどうにかしないといけないってずっと頑張ってきた人だから」
カインの方を見ると少し驚いたような目をした後、突然くつくつと笑いだした。
「え、カイン?どうして笑って…」
「…いや、なるほどな…」
…道理で負ける訳だ。
奇しくも同じハーシュという人間のための力がぶつかり、年季で勝るコルゴンが勝った。
そう考えるのはこじ付けかもしれないがカインは合点が行く思いだった。
「何というか清々とした気分だ」
「そうなの?…よく分からないけど」
廊下からも生徒の声が聞こえ始めた。そろそろハーシュも授業に行く時間だろう。
カインはハーシュの方を見ると真っ直ぐ目が合い、ハーシュは微笑みをみせた。
「ありがとう、戦ってくれて」
「…結局負けたけどな」
カインが目を逸らし気味にそういうとハーシュはカインのことをまじまじと眺めた。
「…なんだ?」
「いや、珍しいなと思って」
「何が」
「不貞腐れてるカイン」
「………………誰がだと」
カインに軽く睨まれハーシュは悪戯っぽくあははと笑った。
「そんな事はいいんだよ。カインのことカッコいいと思ったし、本当にカインの友達である事が誇らしいというか…あと、何より兄さんの許しが出て学園に残っていいことになったんだから」
「………」
「だから、カインの気持ちが勝ったんだよ。本当にありがとう」
大げさな咳払いが戸口の方から聞こえて振り返るとそこには紙袋を持ったコルゴンが立っていた。
「あ、にいさん?」
「二人していい雰囲気のところすまないが、差し入れだ」
「い、いい雰囲気って…ちょ…兄さんまでそんな事…」
ハーシュは両手をワタワタと弁解する様に泳がせたが、コルゴンは何も気にしていないようにベッドの手前に椅子を置いて座った。
「ハーシュ少しだけ外してもらえないか?」
「え、でも…」
「彼が大事なのは分かるが、お前が心配するような事はない」
「え、いや、だ、だから大事とかそうゆうんじゃ…」
「なんだ?違いないだろう?せっかくだから話の間に着替えてこい」
リデアに言われた事もありハーシュは何となく変な含みを感じてしまうのだった。
「むぅ〜…」
何となくモヤモヤを抱えたままハーシュは無言で席を外した。
「ふむ、まったく…女というのはよく分からんな」
「………そうですね、それでコルゴンさんのお話とは…ハーシュの件ですか??」
「いいや、それとは別件だが…その様子だとハーシュから既に退学についての話は聞いているのかい?」
「はい、その節は……」
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(昨日)
ハーシュはコルゴンから控え室で待つように言われていた。既に闘技場から学生達の喧騒は消え失せていた。扉の向こうではヒソヒソと何かを話し合うような声が聞こえていた。リザイアとコルゴンだろうか。ハーシュはぼんやりと壁を見つめていた。
カインが負けた。それでも一流のプロの軍人に対して一矢報いたのだから大金星だと言える。
しかしルールはルールであり勝者に決定権がある。今はコルゴンがハーシュの未来の決定権を握っているのだ。
コルゴンはこうと決めたらやり遂げる人間だ。退学の件も、正しく自分の事を考えるからこそ自分の意見などは歯が立たないであろう。
「ハーシュ」
話が済んだのか思いの外早くコルゴンから声がかかった。今のハーシュにとっては早過ぎるほどに。
「兄さん…」
ハーシュはこれからコルゴンに言われる事に身構え、ギュッと掌を握りしめた。
「…俺は今回カインくんと一戦交えて分かったことがある」
穏やかだか決然とした言葉だった。
「ハーシュ、お前はいい友を持ったな」
(………え)
不意を突かれてハーシュの目に涙が滲んだ。
「彼やリデアくんがどれだけお前の事を大切に思っているか、そしてお前が二人のことをかけがえなく想っているかよく分かった」
ハーシュが恐る恐る顔を上げるとコルゴンの顔には優しい微笑みが浮かんでいた。
「それだけじゃないが…何にせよ退学の件は白紙に戻すことに決めた」
遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。夕焼けの赤い光が部屋に差し込んできている。
自分はまだこの場所にいられる。
その事が心に浸透していく。
「兄さ……」
「だが、本当にどうしようもなく困った時、自分の力だけではどうにもならない時。その時は兄達に頼るのだぞ?…肝心な時に頼りにされないというのは…寂しいものだ」
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「まったく…みんななんかおかしいよ今日は、絶対」
ハーシュはぶつくさ言いながら部屋着を脱ぎ捨てローブに袖を通した。
「でも兄さんがカインの事を認めてくれて本当によかったな」
「そうだな」
「ギャーーーーーーー!!!!???」
気がつくと後ろにグラストンが立っていた。
「に、ににに兄さんなんで部屋の中にいるんですか!!」
「ん?何か問題でも?」
「大アリですよ!!何で部屋に勝手に入ってきてるんですか!!」
「なんだ?カインくんは良くて兄はダメな理由はあるのか?」
「兄とかではなくグラストン兄さんだからダメなんですよ…!!」
「まぁそれはともかくとしてハーシュに大事な話を持ってきたんだ…お前今の状態の元凶についてだ」
ハーシュは話が飲み込めず顔に疑問符が浮かんだままだった。グラストンの目に一瞬残忍さを思わせる様な冷たい光が灯りハーシュはギクリとした。
「我が愛しいハーシュに不届を働いた悪魔のことだよ」
ハーシュの身体に衝撃が走った。さまざまなことが思い起こされ手足が冷たくなるのを感じた。
「な、んで…」
「ハーシュ、俺がお前の仇をただのさばらせているような兄とでも思ったか?政府の情報機関の者とコネがあってここ数日連絡をとっていたんだ」
グラストンからいつもの能天気な気配はいつのまにか消え失せていた。グラストンは懐から書類をハーシュに差し出した。
「そしておそらくだがこの個体に間違いない」
その紙切れには念写真に細かいNo.の振られた書類がクリップで留められていた。
「愉悦の悪魔。エルルザルハ・ウリエル・ド・ギル・ザナルカント。300歳級で過去に一個隊を壊滅させた程の大物の悪魔だ」
豊満な女性の身体つきに毛の生えた山羊のような歪な脚。そして何よりその奈落の様に深く冷たい双眸には忘れ難いものがあった。ハーシュは思わず背筋が冷たくなるのを感じた。
「非常に狡猾なところがあり、続け様に悪事を行わない。被害が多ければそれだけ討伐対象として槍玉にあげやすいがそうならないように上手く立ち回っている印象すら受ける」
書類を持つグラストンの拳がギリと音を立てた。ハーシュにされた事が余程腹に据え兼ねているのか、激情を滅多に表に出さないグラストンにしては珍しい事だった。
「おそらくだが…討伐するためには上への稟議も含めてあと二年はかかる」
「二年…!!」
グラストンは諌める様に指先をハーシュの眼前に突き出した。
「…ハーシュ、兄がお前の考えてることを当ててやろう。…二年経ったらカインとリデアが卒業してしまう。それだと卒業前に魔力を取り戻し三人で冒険するという約束が果たせない…だろう?」
「!」
「いいか、ハーシュ。馬鹿な事は考えるな。兄達も全力を尽くす。お前には自分の領分の中で何が出来るかをきちんと見極めろ。俺達もハーシュがわざわざ破滅の道を辿るのは望んでいない。わかったな」
グラストンの眼光は有無を言わさない厳しさを湛えていた。それは心の底からハーシュを想う故だった。
だからこそ軽々しく反論など、出来ない。
「…はい。わかりました、兄さん」
リーンリーン
グラストンがハーシュの目の前から居なくなると同時に校内に始業前のベルが鳴り響いた。
「…いけない、そろそろ授業に行かないと」
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「…それはなんと言えばいいのか…身に余る光栄です」
「カインくんにその気はあるのか聞きたい」
「もちろんあります」
「それを聞けて良かった…少しだけ時間をくれるか?この事は追って沙汰する」
「あの…一つだけ聞いてもいいですか」
立ち上がろうとしたコルゴンをカインが呼び止めた。
「なんだ」
「何故…俺を?」
カインの目の中に戸惑いや気後れはなく、あるのは純粋な疑問のみだった。
素直な男の目だ。コルゴンはカインの性質を好ましく思った。
「…単純なことだ。君との戦い…久しぶりに戦士として心が震えたよ。…それだけだ」
(続く)




