お兄さんといっしょ その四
カイン・ アークフィールドは割と間の悪い男である。
言わなくてもいい事を言わなくていいタイミングで言ってしまい相手を激怒させた事も数知れず。
自分は間が悪いのかも知れないと心の何処かで思いつつも他人に(主にリデアに)指差して言われる度に心外な気がしていた。なによりも自分自身がそうだからと言って気にした事は一つもなかった。カイン・アークフィールドはそういう男だった。
だが今度ばかりはそんな世間の(主にリデアの)風評にも納得せざるを得ないような、そんな気がしていた。
(…まさかのこの状況下では…)
「ハーシュ!!兄さんはお前をそんなはしたない娘に育てた覚えはないぞ!!??」
「兄さん!?娘として育てられた覚えもないよ!!??」
コルゴンさんはどうやら動転してしまっているようだった。
時折こちらを見る血走った眼は親の仇を睨め付けるようですらあった。
さらには扉を開けてほぼ開口一番放った詠唱で手には未だ濃密な殺気を纏った光が暴力的に輝いている。
「兄さん!!どうか後生だからその手の物騒なものをしまってください!!」
「うるさい!!俺は兄としてそこの男と話しがあるんだ!!どけハーシュ!!」
「あの、コルゴンさん誤解です。ちゃんと話せば分か」
「軽々しく義兄さんなどと呼ぶな!」
「幻聴です兄さん!!」
カインは再三頭を抱えた。
(一体なぜこんなことに…)
ーーーーーーーーー
(数分前)
「上がったぞ…」
「あ、はーい」
シャワーから出るとこちらを振り向くハーシュと目が合った。
「な、なんでそんなに憮然とした顔してるの?」
どうやら態度が顔に出てしまっていたらしかった。
「…風呂場に下着を干すのはやめろ」
「は?」
一瞬目が点になったハーシュだが、見る見る内に表情を崩しあまつさえ含み笑いを浮かべた。
「…なに?カインってばそんなの気にしてるの?意識し過ぎじゃないの??」
ハーシュはにやにやとした目でこちらの方を見た。
「…おいちょっと待て、なんだその反応は…」
「えーべつにー」
こちらがムキになるほどハーシュはころころと笑い出しそうだった。
…なんかこいつ変わったな…主に良くない方に…
腹の底に軽くいらっとしたものを感じていると頭上の棚からパサリと落ちてくる何かがあった。
「…なんだこれは?」
「あっ!!な、なななな何してるんだよ!?」
床に落ちたポーチをなんの気無く拾い上げるとハーシュは慌てるように立ち上がってきた。
先程の意趣返しに少し意地悪な気持ちになっていたのは事実だ。
「…なんだ?『男同士で』何を照れることがある?別に見られても平気だろう?」
「そっそれだけはダメ!!返して!」
「なっ!おい馬鹿…!やめっ…!」
どさっ
身を乗り出したハーシュに押される形で二人してベッドに倒れ込んだ。身体に染み付いた癖で受け身をとったことが災いして逆にハーシュを組み敷いているような形だ。
(…これは…色々とまずいだろう…!!)
ハーシュから身体を離そうとするがハーシュはポーチを持ったこちらの腕を脇から挟んだままなので動くことが出来ない。
「おい、ハーシュ。手を離せ…」
「…カインこそ『それ』から手を離してよ…!」
「もう離してるからさっさと確認しろ!あと俺の腕から手を離せ!」
「えっ」
ハーシュはそろそろと顔の脇にあるポーチに手を伸ばし自らの身体に引き寄せるとようやく表情を和らげた。
「よかったぁ…」
「…よかったな、さあ手を離せ」
「えっ、あっ、そうだっけ…あっでもまだ動かないで」
「…なんだと…」
「ちょっと…これ隠す…」
そう言うとハーシュはこちらの腕を掴んだまま無理に身体を捻ってベッド下に手を伸ばそうとした。さっきから腕に当っていた胸部がさらに押し当てられた。
…くそ…この阿呆はこっちの気も知らずに!
「後でいいだろう!さっさと手を…!」
「おい、ハーシュ開けるぞ」
「えっ!兄さん?!ちょっ、待っ!!」
ーーーーーーーーー
先ほどからカインは軽い自己嫌悪を引きずりつつ頭を抱えたまま何も言わずにいたが、二人の口論は収まる様子がなかった。
ハーシュがカインの事を庇えば庇うだけコルゴンの怒りに油を注ぐ事になるだけだった。
しかししばらくして二人とも言う事も尽きたのか、数秒間沈黙の時間が過ぎた。
カインが顔を上げるとコルゴンはカインを冷たい目で睨みつけたまま言った。
「少しでも君を信頼した俺が間違っていたようだ…」
「えっ、ちょっと兄さん…??」
コルゴンの手はハーシュの細い肩を掴むとカインから庇うようにぐいと身体に引き寄せた。身長の低いハーシュはコルゴンを見上げる格好になった。
「これからは妹に近づくのはやめてもらおう」
「兄さん!?何を言って…!」
「お前もだぞ!!ハーシュ!!不用意に野蛮な男に近付いて傷物にでもされたらどうするつもりだ!!」
「…野蛮って…!!兄さん…!!」
「ハーシュ、お前は世間を知らなすぎる。それがために自分がどれほど無力で危険な状況にあるのかわからない訳ではないだろう?」
「それは…」
「魔力が落ちてしまったなら相応の施設だってある。お前はこのままこの学園にいるのでいいのか?それは本当にお前自身が情に左右されずに考えて決めた結論と言えるのか??何が本当にお前のためになるのか、兄はきちんと考えなければならない」
「…兄さん…僕は…」
「お前との話しは後だ。俺はそこにいるカインくんと話をつけなければならない。お前はこの部屋に残っていろ」
「…て……くだ……さ…」
「…聞こえなかったのかハーシュ!!」
「…兄さん!聞いてください!!」
ハーシュの語気が思わず強くなった。
「カインを…僕の大事な友達を…お願いだから悪者扱いしないで…」
そういうハーシュの眼から堰を切ったように一粒二粒涙が零れ落ちた。
そうしてハーシュがしゃくり上げる声だけが部屋に響いた。
コルゴンは呆然としていた。カインもただ戸惑うばかりだった。
その時、その沈黙を破ったのは場にそぐわないほど元気にドアを開ける二人の声だった。
「頼もう!!」
「なのです!!」
明らかな修羅場にやってきたのは…
「…グラストン…と…セルシアさん?」
「いやなに、我が愛しい弟達が困っている気配がしたから駆けつけたのだよ」
そう言うグラストンの手には魔導電子版が握られていた。
もちろん、コルゴンが取り上げたのとは別の機体である。
(…こいつ…初めから……!)
「ハーシュくん大丈夫なのですか?先生が来たからもう大丈夫なのですよ?」
「ううー!こどもあづかいはやめでくだざい!」
「泣いてるハーシュきゅんもかわいいのです〜!!よしよし〜」
「ううー!離せー!!」
もがく力もないハーシュをセルシアは力一杯ハグしていた。
「二人とも一体何を…」
コルゴンが何か言おうとするのを手で遮ってセルシアが続けた。
「こうゆう時はセオリーに従いましょう。相場というものを不粋な皆さん分かってらっしゃらないのですよまったく…」
セルシアが懐から何かを取り出すとそれを宙に放り投げた。カラフルな紙吹雪だった。
「いざ、ハーシュくん争奪戦〜!!どんどんぱふぱふー」
…
「…どうゆうことですか?」
「簡単なのです。勝った方がハーシュくんを好きに出来る権利が与えられるのです」
「…一応聞いておきますけど、僕の人権って一体どこにあるんですか…??」
「楽しければいいのです!!ドャァ」
「ドヤ顔で言うとこですか?!」
「いいだろう、乗った」
「兄さん!?」
「そうだな…俺もコルゴンさんと手合わせ願いたい」
「えっえっ…二人とも何言って」
「ちがーーーーーう!!この堅物どもが面白くないのです!!もうちょっと『オレがハーシュを…!』とか色気付いてくれないと!!」
「セルシア先生は黙っててください!」
(波乱の次回へ続く)