続演
”神とは、古くから人々が精神的支柱として来た存在である。”
“ではその神はいかにして生まれたのだろう?”
“無論、人間の創作からである。”
ーーーー京都・下鴨神社にある糺の森。
ここでは今日から1週間、古本まつりが行われていた。
京都に住む大学生・菅原初は、長い間探している古書が出品されるかもしれないと考え、ここにやってきていた。多くの古本屋が、設置されたテントの下で様々なジャンルの本を出品している。そこで菅原初は、古代日本史に関係する本がずらりと並ぶ棚を発見した。そこにはもちろん、古事記・日本書紀に関係する本も多く並んでいた。探している本ではないが、一冊を手に取りぱらぱらとページをめくってみる。
(…やはりどんな本を読んでも、稗田阿礼の話はほとんど語られていない。やっぱり、私の記憶に在る、稗田阿礼のような人物…“陽川捏”は、この世に存在しないのだろうか。)
菅原初には前世の記憶がある。前世では、“陽川捏”という人物と親友のような関係であり、共に国の政務に携わり、日本各地を旅した。その最後には死別してしまう。しかしその先の未来で敵対関係となることも、和解したのちに2度目の死別を迎えることも、全て記憶に残っている。だがそんな記憶は、今の菅原初にとって自身を不快にさせる材料と化していた。
なぜなら菅原初は、この世に生を受けてから21年経過してもなお、“陽川捏”という人物に一度も会ったことはなかったからである。
前世の記憶、と言っても朧げで断片的な夢の中の記憶のようなもので、それが連続しているからいちおう前世の記憶と呼ぶようにしているだけであり、前世の記憶なのか、空想の中でしか体験ができないものなのかは定かではない。その中にしか存在しない“陽川捏”を無意識のうちに考えてしまうのが、菅原初にとっては馬鹿らしくて、苦痛で仕方がなく、不気味だった。
陽川捏は完全な記憶能力と完全な情報収集能力を持っているから、もし今世で生まれ変わっていて、自分と同じく前世の記憶を持つのだとしたら、すぐ自分を探し当てて会いに来てくれているだろうとも思う。考えれば考えるほどもやもやとした気持ちになる。その前世が本当に実在したものなのか、それとも自分が創り出した幻想なのかもわからないのだから、考えても無駄だというのに。
(辞めだ。こんなことを考えていてもなにも進まないし…。本を探すことに集中しよう)
手にとっていた本を棚に戻し、お目当ての本を探しに足を早めた。菅原初が探している本は、キリスト教に関係する本でありながら著者が不明であり、創作論を多角的に語るラテン語で書かれた不思議な古書で、上中下巻に分かれている。菅原初はその本の下巻だけ持っておらず、どうしても欲しくて中学生のころから至る所を探し続けていた。しかし、いくら入念に探してもなかなか見つからなかった。
「やっぱり、一筋縄じゃいかないかあ…」
そう言いながらも、次の場所へ移動した。
なかなか見つからないから、だんだんと不安に似た気持ちが込み上がってくる。すると、
「あっ!」
思わず声が出てしまった。ずっと探していた本が、自分の目の前にあったからだ。しかし、そんなことよりも驚愕する光景が、菅原初の目に飛び込んできた。それは、その本を自分よりも先に手にとっていた男性のほうだ。
茶髪で髪の長い、自分と同じくらいの背丈、年齢の人。記憶の中にしか存在しなかったであろう、“陽川捏”という人物の容姿と酷似していたからだ。
不本意ながら出てしまった声が、陽川捏に似た人物の耳に届いたのか、こちらを見ている。
「あ、申し訳ない…!君が手に取っている本が、長い間探していたもので…。ようやく見つけたからびっくりして声が出てしまった。驚かせてごめんね。」
びっくりしたのは本ではなく人の方だが、嘘はついていないので良しとしよう。そう考えていた矢先、その人が本を差し出してきた。
「ふうん?そうなんだ。僕はもうこの本持ってるから、欲しいならお前が持てばいいよ。」
「あ、ああ。ありがとう。恩に着るよ。」
菅原初は、声を聞いて確信した。今自分の目の前にいる人物は、紛れもなく陽川捏だ。本だけでなく、ようやく君にも出会えたんだ。驚きと戸惑いを隠すのに必死で、うまく返答ができずにいると、陽川捏が再びこう言った。
「………にしても、“創世紀”を探している人が僕や僕の友人以外にいるなんて。お前……なんでこの本を探してたんだ?」
「!……それは…」
投げられた質問にまた戸惑ってしまった。この“創世紀”という本に出会ったのは偶然で、ラテン語も読めなかった中学生の頃だが、書かれてある内容と前世の記憶…というより、前世で自分が持っていた思想とかなり一致していたから、興味深くて読み漁っていたのだ。そんなことを正直に言ってしまえば、間違いなく変な人扱いされる。なんと答えればいいのか考えていると、陽川捏が何かを察したかのようにこう言った。
「……いやいい。この本が欲しかったなら見つけられてよかった。じゃあな」
彼はその場を立ち去ろうとした。しかし、反射的に…というべきだろうか。ここで別れてしまえば、この先永遠に会えないだろうと確信して、私は強引に彼の肩を掴んだ。
「ちょっと待って!」
「うおっ!!な、なんだよ!」
彼の顔を見ると困惑していた。当然だ。偶然出会っただけの、本をきっかけに会話をしただけの見知らぬ人間に肩を掴まれたら誰だってびっくりする。そして彼の反応から見るに、おそらく私と同じ前世の記憶は持っていないのだろう。あの記憶力と情報力から解放されて、ただの人として生きているのなら、今世での彼はきっと幸せに暮らしているはずだ。私としては、今まで不快に思っていた、曇り続けていた前世の記憶の謎が解けるかもしれない絶好の機会だ。
何よりも、今世での捏は何をしていて、何に興味があるのか、捏のことを知りたいと思っている自分がいた。
「せめて、名前だけでも教えてくれないかな?」
「はあ?」
「いやほら、この本のことを知ってる人って早々いないから…。私の名前は菅原初。君は?」
「……捏。陽川捏だ。」
やはり目の前にいる彼は、私がずっと謎に思っていた人物、“陽川捏”らしかった。前世の記憶の中にある彼も、目の前にいる彼も、常に不貞腐れていて素直じゃない様子があり、変わらないんだなあ、と思った。
「いい加減手ェどかしてくれ。周囲の目が…痛いんだが」
たしかに、男性同士が言い合いをしているような構図になっていて、それが目立っているのを菅原初はやっと理解した。別に喧嘩をしているわけじゃないのだが。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと必死になっちゃった」
「…なんか、お前と話してると初対面じゃないみたいなんだよな。あっ、そうだ。本買ったあと、ちょっと僕の用事に付き合ってくれない?」
「え?」
先ほどまで私を煙たがっていた様子だったのに、今度はころっと表情を変えてそう言った。気分屋なのは今世でも健在らしい。ちょうどよかった。私も捏に聞きたいことがたくさんあるからだ。
「お前に…。初、お前に聞きたいことができたから。初も僕に聞きたいことがあるんだろ?“前世”についての話とか、な。」




