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ピアスティア物語   作者: 駒草潤


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1/6

プロローグ 春雷

 一

 

 どこまでも続く黄金に輝く麦畑が、春の風に波打っている。黄金の海原を縫うように一本の道がある。古来より、北方の豊かな海の恵みと南方の大地の作物が行き交う要として、重要な役割を担ってきたこの道は,ラバジャン(天蛇)と呼ばれ、長い間民の営みを見守ってきた。

 その蛇の背中を一頭の白い馬が砂煙をあげている。

 白馬のたてがみは汗で濡れ、口から白い泡を吹きながら、それでも馬上の主人の手綱に必死にこたえようと、力を振り絞って地面を蹴り続けている。純白の馬上には、振り落とされないように手綱を手に絡めた兵士が、疲労と睡魔から今にも気を失いそうになりながら、必死に馬にしがみついている。この男の銀色のプレートの懐には、建国200年の祝祭に沸くランド王国を揺るがす一通の手紙が収められていた。

 ここランド王国は、ユークリド大陸の北西に位置し、北にカナン王国、北東にペジティア王国があり、その3国で囲むようにカンザス湖がある。

 ランド王国は、カンザス湖で収穫される豊富な魚介類、甘い香りが特徴の黄麦農業、そしてランド王国南部のライネス地方で発掘される固形オイルが主な産業である。特に固形オイルは,人々の生活には欠かせないものであり,ランド王国はそのおかげで潤沢な資金を有している。それは首都セントランドにある豪華絢爛な王宮に如実に現れている。屋根、壁、床、柱すべてに純白のコンカ石を使用した白亜の王宮は、ユークリド大陸で最も美しい建築として世界に名を馳せており、この建物見たさに多くの観光客も訪れる。

 そんなランド王国の短い夏も終わりに近づいた頃、首都セントランドの城門に近づく一騎の早馬があった。

 セントランドは、長い城壁に囲まれた城塞都市であり、その西北端にある見張り塔からの報告を受けた王城警備隊副隊長ケサキが北門の上に到着したときには、既に1頭の白馬が横たわっており、その脇で片ひざを着いてこちらを見上げている兵士が見てとれた。

「あれは・・ ツメンの兵士・・だな」

 使者は城壁上のケサキを見ると、

「開門!!開門願う!!」

 と枯れた声で叫んだ。その声にはなにか、人を不安にさせるような切迫した響きがあった。

「ツメンの者と見られるが、いつもの使者と違うようだが」

 通常都市間の伝達を担う使者が乗る馬は、黒毛と決まっている。白馬は他の馬よりも一回り大きく、脚力も強いため,通常は軍馬それも指揮官レベルのものとして用いられる。

「火急の用だ!」

 そう言うと、今にも倒れそうなその兵士は、胸元から紋章入りの紫色の布を取り出した。通常早馬が到着した時に身分を示すために提示するものだ。

「われは、ツメン城主 エネル様の使者として参った。至急、ワークレット王にこの書を手渡したい」

 男が力を振り絞って声高に叫んだ。

 確かにケサキが覗く双眼鏡には、ランド王国の紋章がはっきりと映っていた。

「よし、開門!・・・いそげ!!」

 ケサキは使者から只ならぬ緊張感を感じ、門番に開門を命じ、自分も急いで城門へ向かった。

 ツメンはランド王国の北部に位置する拠点都市である。北国3国のカナン王国、ランド王国、ペジティア王国を結ぶ主要道路である通称ドラゴンテイルの玄関口であるツメンは、ランド王国にとって交易、防衛の両面で重要な拠点都市であり,そこには文武に秀でたエネル将軍が城を守っている。


二


「イーグ様! ここにおられたのですか。 城内にいる重臣すべてに非常招集ですよ。何事でしょうかイーグ様・・・」

 王宮の中庭にある白いテラスのベンチで横になっていたイーグは、昼寝を起こされ、不満げにゆっくり起き上がり大きなあくびをした。

「ん~。ワイプル。 なんだ、血相変えて。また小姓と間違われたか?」 

「イーグ様、そんなことじゃないですよ!どんな内容かは分かりませんが、とにかく至急、壁画の間へとのことです。今回は全員召集ですよ。いつもと何か様子が違うようで・・・」

「ん~。めんどくせーな。メイプルそんなことより、お前なんかその格好エロいな」

 とっさに短めのスカートの裾をひっぱりながら頬を赤らめたメイプルは、

「もお!しりませんからね!また怒られたって!」

 そう言うと、踵を返して怒りながら歩いて行ってしまった。

 やさしい眼差しでその背中を見送ったイーグは、椅子に立てかけていた長剣を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。

 壁画の間とは、人の背丈の10倍もある大きな壁画が飾られている部屋で、国王が出席する重要な会議が取り行われる特別な部屋である。イーグが重い扉を押し開いた時には、大きな鷲が描かれた壁画を背にして空の玉座があり,玉座を中心として左右に名だたる将校が並んでいた。数刻の後、現れた国王ワークレット八世がゆっくりと赤い玉座に体をうずめた。その様子を確認した玉座から見て右側一番手前に立つゴイレット宰相がおもむろに口を開いた。

「えー、皆様にお集まりいただいたのは、今朝方到着した早馬のことでございます。」

 重苦しい雰囲気の中、国王ワークレット八世は深々と刻まれた皺の隙間から鈍い眼光を光らせている。ゴイレットはひとつ大きな咳ばらいをした後、一歩前に出て意気揚々と話始めた。まるで演説でもするかのようだ。

「既に知っている者もいるとは思うが、今朝方、ツメンのエネル将軍から早馬が届いた。エネル将軍の手紙には、カナンに何らかの異変があったということが記されています。」

「カナンに異変? ゴイレット様、異変とは?」

 フィス将軍が薄青色の瞳を濁らせて、右斜めに立つゴイレットに視線を向けるが、ゴイレットは意に介さず、

「ふむ。まだ、確証は無いので早計に判断することは出来ぬが、エネル将軍の文には、カナンの北部カンブリアでなにやら争いが起こっていると、書かれておる。今、こちらからの調査部隊を派遣して、事実確認を進めているところである」

 ゴイレットは、正面を向いたまま、誰に向かってということもなく、淡々と言葉を続けた。

 一同の顔に不安の色が広がっている。もしかすると戦争・・・なのか。永らく平和な時代が続いたこの国では、戦争というものが現実起こるということがなかなか実感として湧いてこなかった。それよりもここに集まった者たちのほとんどは,来月に予定されている建国200年記念の式典のことで頭が一杯だった。

 カナン、ランド、ペジティアは60年間不可侵条約を脈々と守り続け、南に位置するアストラ帝国には、大量の貢物や政略結婚を繰り返すことで、なんとか平和を保ってきた。今度の200周年の式典においても、如何に帝国からの来賓をもてなすかというのが最重要課題となっていた。

 話をじっと聞いていた最古参のモクレン将軍は、静かに言葉を紡ぎ出した。

「カナンに争乱・・・。皆もご承知の通り、カナンはこの大陸の北西端にあって西に霊関山脈、北方は荒波のカシス海、唯一隣接する国は我がランド王国のみじゃ。考えられるのは、カナン国内のいざこざぐらいじゃろう」

 モクレン将軍の言葉に頷きながら、ゴイレットが言葉を続けた。

「まあ、まずは報告を待とうではないか。モクレン将軍の言う通り,我がランド王国にすぐに危険が及ぶ話でもあるまい。万が一ということもあることから今調査団を派遣している。とにかく今大事なのは式典の準備に遅れが出ないことである。皆、動揺せず粛々と準備をすすめてくれ」

 ゴイレットは、どちらかと言うと早馬の内容ではなく、それによる式典の準備に支障が出ることを懸念しているようだった。会議に居合わせた重鎮達も少し胸をなでおろし、昨日までの平和な表情を取り戻した。そこからは式典の準備に関する話題に切り替わり、会議はそのまま閉幕された。軽口を言い合いながら部屋を後にするもの、足早で手がけていた仕事場にもどる者、壁画の間をぞろぞろ皆が出て行くのを、イーグは壁に寄りかかってじっと眺めながら考え込んでいた。

 ツメンを守るエネル将軍のことは、イーグも良く知っている。実直すぎるほど実直で融通がきかないところがあるが,その判断は物事の本質をとらえてなかなか間違わない。この国で要所を任せられる数少ない人物だとイーグは思っていた。そのエネルがわざわざ早馬を走らせたという事が気になってしょうがない。城門の前で泡を吹いて息絶えた白馬の姿が頭をよぎる。しかしそうは言っても,モクレン将軍の言うことももっとなのだ。ぶしょうひげをこすりながらイーグは王室を後にした。

 その日以降、イーグは城壁の北の棟の屋上に立ち、北方を眺めることが多くなった。そして、先の早馬が到着してから2日後の夕刻、紫がかった山すその細い道を駆けるランド王城警備隊の白馬が見えた。ツメンに行って帰ってくるには、大分早い。こいつは・・・まずいな。通常5日以上かかるところを2日あまりで帰ってきたのだ。いやな予感のほうが当たったと考えるのが妥当だ。

「ワイプル!ワイプル!」

「は~い。イーグ様」

 ランド王国中央軍司令部執務室の奥で書棚を整理していたワイプルが、抱えた本の山の横から顔だけのぞかせた。

「少し、ユリネアにもどる。」

「え!今日午後から軍事会議ですよ!その後、隊形錬術もありますし、無理ですよ!」

「ああ、すまん。よろしく」

 ニコリと笑って、中央軍副司令官のイーグは部屋を出て行ってしまった。

「ちょっ・・ちょっ・・ちょっと・・・」

 思わず持っていた本を落としてぼーぜんと立ち尽くすワイプルだったが、いやいや、まずいまずい、とあせって追いかけたときには、もうすでにイーグの姿は愛馬グリンとともに消えていた。ワイプルは顔を両手で覆って膝からくずれおちた。

「しんじらんない・・・」


三


 その日、ツメンの偵察から帰った王城警備隊隊長モウコンの報告は、衝撃をもって皆に伝わった。事態は皆が思っていたよりもはるかに深刻だった。

「カンブリア陥落!クロノス島からの大軍が襲撃とのこと」

 王室に集まった諸暦候に動揺が広まる中、

「詳しく話してくれ」

 モクレン将軍はそれでも動揺することなく、使者の心を落ち着かせるように問いただした。

「カナン北方から突如、10万とも20万ともいう大軍が現れ、不意をつかれた北の港湾都市カンブリアはあっという間に飲み込まれたとの事でございます。既に謎の軍隊は、カナン王国の首都ダビデまで迫ってきているとのことです」

 それを聞いた国王ワークレッド八世は、動揺と混乱を飲み込むようにしてゴイレットに目を向けた。その怯えたような目を見たゴイレットは使者を問いただした。

「北方から謎の軍、しかも20万などと・・。そんなバカな話があるわけがない。帝国が北から回り込んだということですか?」

「おそれながら、ツメンから視察に向かった斥候の情報では、見たこともない旗を掲げていたとのことで、帝国とは違う軍のようで・・・」

 汗まみれの警備隊副隊長を初め、王室に居合わせた文官、軍官、国王までも、予想外の事態に大きく混乱した。よもやこの平和な時代に戦争など起こるはずがないと皆思っていた。文官長ドウワは顔面蒼白になりながら汗を拭いつつ

「と、とりあえず大将軍バウム様に至急使いを出しましょう。バウム将軍は今南方視察中だったな?」

「御意」

「国王、バウム将軍に早馬を走らせてはいかがでしょう」

「う、うむ。そうじゃな。そうしてくれ。」

 秘書官カントナは、その言葉を受けるや否や王室を足早に出て行った。

 そのころ、既に王宮を離れランド王国の南に位置するユリネア城についたイーグは,城に着くなり、出迎えたイーグ軍副将であるチャコに向かって、

「チャコ、もしかしたら戦が始まるかもしれん。ここは,北からの侵攻からは少し時間がかかる。まずは兵士以外をみんなをハメルまで避難させる」

 突然の城主の言葉についていけず、大きな赤い瞳をさらに開いて考え込んだチャコだったが,

「猶予はどのくらで」

 と言葉を発しながら自分の心を整理していた。

「そうだな・・・3ヶ月ってとこかな」

「ここの守りはどうします?」

「チャコ。残念だが、ユネリアは捨てる」

 チャコの思考が一瞬止まった。捨てる・・守り切れない? もしかして・・

「イーグ様。この戦、負けるのですか?」

「わからん。ただ、ここまで敵が来るということはそうゆうことだ」

 チャコは左手を頬にあてて考え込んだ。それを見たイーグが硬い表情を崩した。

「チャコ、お前はどこのだれが攻めてくるとか、そんなことは興味ないのか?」

「は?興味ありますよ!イーグ様が触れないから聞かなかっただけじゃないですか。」

「おう。そうか。すまん。そんな怖い顔するな。かわいい顔が台無しだぞ」

 赤色に輝く絹のような前髪を耳にかき上げながら、少し怒った顔で

「からかわないでください」

 と言った。

「敵はまだわからん。 が・・・あまりいい予感はしない」

 遠くを見つめるイーグの普段見せない影のある表情を見て、心を決めたチャコは、わかりましたと答え、どこかへ足早に去っていった。

 大陸の南西に、神の宿る山々として信仰されているルピス山脈が伸びている。そのルピスの水の恵みを受けたユネリア地方には、四季折々に美しい花々が咲き乱れる湿地帯が広がっている。そんな湿地帯の花々に囲まれたユネリア城は、浮世離れした美しさを呈している。そのユネリアからルピス山脈を挟んだ向こう側に隠れ里ハメルがある。どう行けばたどり着けるのか、一部の者にしか知られていない隠れ里である。

 イーグは、チャコともう一人の副将ビッケとともに、ハメルへの避難計画を練ったり、ユリネアまで攻め込まれた時の対策などについて会議をしたりと、日々は忙しく過ぎていった。

 2週間ほどたって首都セントランドからの早馬が到着した。カナンの状況を知らせるよう頼んでいたワイプルからの使者だった。

 その内容は、カナンの首都ダビデが陥落したとの知らせであった。

(思ったよりも早い・・・)

 イーグは使者の報告を聞いて少し焦りを覚えた。少し思案した後、使者に向かい、

「カナンのライカ将軍について、何か報告はあったか?」

と聞いた。

「ライカ将軍ですか・・?申し訳ございません。そこまで詳しい情報は・・・」

(あのライカがこうも容易く敗れたのか・・・)

 イーグの居室の窓が風に揺れ、激しい雨がたたきつけている。イーグは眉間にしわをよせて、深く深く思案の底へ沈んでいった。


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