インコの便秘
あのハチャメチャな夜から数日後。俺たち5人は再び「クローバー」に集まっていた。
狙うは、カウンター隣のテーブル席で二人で飲んでいたお姉さんたちだ。一人はタヌキ顔のほんわかした和風美人、もう一人はキツネ顔のクールビューティ。
切り込み隊長の俺が声をかけ、いつもの速攻連結フォーメーションで席を合体させた。
今回も場のノリで、あの時の「偽職業設定」をそのまま演じることになった。
桐生先輩は冷徹な「外科医」、相良先輩はキザな「弁護士」、力は必死な「4浪の苦学生」、そして相変わらず顔面だけで得をしている類は「ただのイケメン患者」。
そして俺――宮本拓海は、「獣医」だ。
実は俺、この「獣医」という設定がけっこう気に入っていた。泥臭く(本当の獣医さん、ごめんなさい)ても、知的なところが俺にぴったりだと思っていたのだ。
ところで、この夜声をかけたほんわかした雰囲気のお姉さん――彼女は「私『少女A』の英子です」と自己紹介した。
そこで俺が「顔は和風なのに『英(英国)』かい!」と突っ込みを入れると、どっと笑いが起こり、一気に場が和んでいく。
「……ねえ拓海、あの子めちゃくちゃ可愛くない?」
「相良先輩、それさっきも言いましたよ。でもマジで可愛いっすね……」
「やばい、笑顔天使かよ……」
酔うにつれて、英子ちゃんのことを「可愛い」「天使」「ヤバい」と連発するバカの集団へと変貌していく俺たち。この男たちの軽さこそが、我がチームの真骨頂だった。
そんな中、完全にデレデレになった俺に向かって、英子ちゃんが真剣な顔で相談してきた。
「ねえねえ、拓海くんって獣医さんなんだよね? うちで飼ってるインコの調子が最近悪くて……お腹がパンパンに膨らんでて、苦しそうにじっとしてるの。これって何の病気なのかな?」
「えっ……インコ?」
俺はグラスを静かに置くと、腕を組み、深みのある真面目な顔でじっと彼女を見つめた。
「……なるほどね。お腹が膨らんで苦しそう、か」
「うん……すごく心配で」
「安心しな。それは便秘だ」
微塵の迷いもない、完璧なドクターの真顔。
「えっ!? インコも便秘になるの!?」
「なるなる。何かがお腹に詰まってるんだよ。まあ下剤でも飲ませれば速攻で治るから!」
「そっか〜! 便秘なんだ! 良かった〜、ありがと拓海くん!」
納得して胸をなでおろす英子ちゃん。桐生先輩たちは「拓海、お前マジで適当なこと言うなよ(爆笑)」と酒を噴きそうになりながら耐えていた。
……もちろん、俺たちは詐欺師じゃない。
散々「偽ドクターごっこ」で場を盛り上げた後、飲み会が終わる間際になって、俺たちはちゃんと種明かしをした。
「ごめんね! 実は俺たち全員、ただの一般人! 病院関係者でも獣医でもないんだ!」
「インコに下剤とか絶対に飲ませないでね!? 明日ちゃんと本物の動物病院連れ行ってあげて!」
俺が真顔から一転して必死に頭を下げると、英子ちゃんたちは「えぇ〜っ!? ウソだったの!?」「拓海くんの便秘のくだり、完全に信じたんだけど! 演技上手すぎ(爆笑)!」と大ウケ。
正体を明かしてスッキリしたところで、類はちゃっかり英子ちゃんとスマートに連絡先を交換していた。さすが顔面国宝、仕事が早い。
◆
そして、一週間後。
類から「あの時の英子ちゃんと会うから拓海も来てよ」と誘われ、俺は類と一緒に、さらには暇を持て余した桐生先輩、相良先輩、力まで引き連れて、例の英子ちゃんと再会することになった。
夕方のカフェ前で合流した時のことだ。
あの時、「可愛い」「天使」「ヤバい」とさんざん持ち上げた英子ちゃんは、シラフで見るとごくごく普通の、素朴なお姉さんだった。
「あ、どうも〜。先日はどうもです」
全員めちゃくちゃ落ち着いた、社会人らしいサバサバした対応をしていた。
だが――居酒屋に移動し、1時間ほど経った頃から「ある現象」が巻き起こる。
ジョッキが何杯も空き、男たちの脳ミソにアルコールが充満してくると、俺たちのフィルターが再び狂い始めた。
「……ねえ、類。やっぱり英子ちゃんってさ……」
桐生先輩が眼鏡を押し上げながら、トロンとした目で囁く。
「はい桐生先輩……めちゃくちゃ可愛いですよね」
「だよね!? ほっペ赤くしてウーロンハイ飲んでるの、ヤバくない!?」
相良先輩も「おいおい拓海、あんな可愛い子と飲めるなんて俺たち幸せ者だな!」と肩を組んでくるし、力に至っては「英子さんマジ天使っす……」とウーロンハイを飲みながら拝んでいる。
シラフの時は普通に会話していた男たちが、酔うにつれて「可愛い!」「マジで可愛い!」「天使!」と連発し始めるバカのドミノ倒し。
所謂、ビールマジックというやつだ。
英子ちゃんは「え〜、もうみんな酔っ払いすぎだよ〜(笑)」とウケていたが、男たちのバカにつける薬はない。
そんな中、俺は気になっていた本題を切り出した。
「あ、あのさ……先週言ってたインコちゃん、どうなった? ちゃんと本物の病院持って行った?」
万が一のことがあったらと心配していたのだが、英子ちゃんは目を輝かせてパッと笑顔になった。
「あ、拓海くん! 本当にありがとう! 拓海くんの言った通りだったよ!」
「え……? ほんとに?」
「うん! あの後病院に行ったらね、インコちゃん、卵産んだの!」
「……は?」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
「便秘じゃなくて卵だったの〜! お医者さんに『卵詰まり』っていう状態だったらしくてね。拓海くんが言った通り、【何かがお腹に詰まってる】っていうのは大正解だったよ! 拓海くん、やっぱり獣医の才能あるんじゃない!?」
「あ……ああ、まあね! 詰まってること自体は一目で見抜いてたからね!」
俺は必死に顔を引きつらせながら、ドヤ顔で胸を張った。
隣で酔っ払った先輩たちが「さすが拓海! 名医!」「インコも無事だし最高だな!」と大爆笑しながら拍手している。
(便秘じゃなくて卵かよ! でも『詰まってる』のだけは奇跡的に当たってたのかよ!!)
酒が入ると目のフィルターがバグるバカな男たちと、奇跡の診断を下した偽獣医。
正体を明かしたはずなのに、なぜか「奇跡の名診察」として感謝されてしまった、ハチャメチャで平和な夜だった。




