10 流れ人
今日の内に山を越えることは難しそうだった。母の体調がまた崩れては元も子もない。私たちは日が暮れる前に歩みを中断し、居心地よく一晩明かせる場所を探した。
「大丈夫?」
私が聞くと、母は苦笑をもらした。
「あなたは大丈夫なの?」
「私は平気よ。荷物が今の倍あっても良いくらい」
母の荷物も私が運んでいるのだが、大したことはない。
「そうではなくてね…、」
母は何かを言いかけてから、話題を変えたようだ。
「あなたは、夏の夜に産まれたのよ。お父さんは仕事を切り上げてから、ずっと部屋の外で待っていてくれたのですって。あなたの産声が聞こえたらもう我慢できなくて、部屋に入って来た時には泣いて喜んでいたわ」
そんな話をしてくれるのは初めてだった。あの日々の記憶は断片的に覚えている。大きな家に住んでいて、沢山の人が働いていた。私にとって父は、滅多に会えないけれど会えば何でも願いを叶えてくれる人だった。
「…お父さんはどんな人だったの?」
母は幸せそうに微笑む。
「強くて、優しくて、馬鹿な人だったわ。お母さんが支えてあげないと駄目なのよ。それなのに、馬鹿なことをして死んでしまったの。お母さんはあなたとアユを連れて逃げなければならなくなった」
「……逃げる?何から?今も……逃げているの?」
母はしばらく躊躇った。何故私たちは何処かに居着かないのか、何度か聞いたことがあったけれど、納得のいく答えをくれたことはない。余程言いにくいのだろうか。
「あなたも、十になったのね……」
また話題を変えたのかと思った時、母は続けて答えをくれた。
「お父さんは、帝を殺したのよ」




