22 閑話 俺の側を離れるな
リリアーナが王宮直属花文字師に任命されてから約一週間後。
レオンハルトとリリアーナは王都の街を散策していた。
側近のルークも、少し離れて護衛として付き従っている。
王都の視察は楽しく、リリアーナはついついはしゃいでしまっていた。
見たことのない食べ物や珍しい雑貨など、通りにはたくさんのものが並んでいる。
あれこれと目移りしながら眺めているうちに、リリアーナは案の定、レオンハルトとはぐれてしまった。
どうやら、一つ裏の通りに入ってきてしまったようだ。
(私ったら、やってしまったわ! 殿下のお手を煩わせてしまう。早く合流しなきゃ)
そう思って周囲を見回していると、どこから現れたのか、ニヤニヤと笑う男に声をかけられた。
「お嬢さん、こっちには楽しいものがいっぱいあるよ。ちょっと寄っておいでよ」
男はそう言いながら、リリアーナの手を無理やり引っ張った。
「えっ?」
「いいから、いいから」
「――ちょっと、離してください。人を待たせているんです」
リリアーナが断っても、男はさらに強くリリアーナの腕を引っ張る。
「ほら、大丈夫だから。早くついてきな」
「やめてください……!」
辺りを見回しても、さっきまで賑やかだった大通りの声は、少し遠くに聞こえる。
(どうしよう……。この男の人には悪いけれど、いざとなったら花文字の力を使って、その隙に逃げ出そうかしら?)
リリアーナが初めての経験に動揺していた、その時――。
「――離せ」
低く、静かな声がその場に響いた。
「!?」
(この声は……最近、よく耳にするレオンハルト殿下の声だわ)
レオンハルトは、リリアーナの右腕を掴んでいた男の手を振りほどき、リリアーナを自分のほうへ引き寄せた。そして、リリアーナを背にかばうように立つと、まるで安心させるかのように、その手をしっかりと握った。
「……俺の婚約者に何か用か?」
無表情ながらも威圧感のある声で、レオンハルトは男に問いかけた。
男の目に映るレオンハルトのサファイアの瞳は、今、ひどく冷たい色を帯びていた。
男は、レオンハルトの圧倒的な存在感に気圧されたのか、声も出せない様子だ。
「いや〜、俺は何も……」
しどろもどろになりながら、男はそそくさとその場を去っていった。
男が離れたのを確認すると、レオンハルトはリリアーナの方へ向き直った。
「殿下……」
「大丈夫か? 君は何をやっているんだ……。俺の側を離れるなと言っただろう」
その言葉は、以前、婚約者のふりをして囮作戦に臨んだときに言われたものだった。
(『俺の側を離れるな』。あの約束は、まだ続いているのね)
リリアーナは、先ほどまで握られていた手の温もりを思い出しながら、ふっと笑みを浮かべレオンハルトに伝えた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません、殿下。助けて頂きありがとうございます。これからは、殿下のお側を離れないように、気をつけますね」
そんな二人の約束もむなしく――。
このやり取りから数か月後、リリアーナは誘拐されてしまうのだ。




