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現代ダンジョン短編集〜制度化されたダンジョンに潜って死んだり、おかしくなったりする話〜  作者: 無屁吉
スライム一匹三百円――三十分の延長料金

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9/9

第二話(終)


 ■



 翌日からしばらく、武雄は湿布と痛み止めが手放せない生活が続いた。筋肉痛だった。


 そのため本業で思うように動けず、書類をひっくり返したり、何もない床で躓いたりして年下の上司に叱責を受ける。


「すみません」


 とその度に頭を下げるが、裏腹に武雄はダンジョンでの一攫千金を夢見ていた。


 たった数時間で月乃との時間を三十分追加できる。今はこんなザマだが、体さえ慣れれば、もっと稼ぐことができるはずだ。


 早く、早く日曜日になれ。次はもっと奥まで――。


 武雄はそう思いながら、まだ続いている上司の説教を聞き流していた。



 ■



 今日もいる無愛想な受付にマイナンバーカードを提示する。


 筋肉痛はだいぶ良くなった。念のためドラッグストアで買ったロキソプロフェンはまだ飲んでいるが、動くのには支障がない気がした。


 一度、二度と鈍器を素振りする。肩や肘にそれほど痛みはない。もともと浮いていた錆が少し広がっているのが目についたが、重さで勝負する武器だと気にも留めなかった。


 大学生の男女混合集団を横目に通り過ぎ、武雄はまた人気のない通路へと赴いた。


 勝って知ったるとばかりに足を踏み鳴らし、スライムをおびき寄せる。


 少しすると粘着質な音を立てながら、一匹のスライムが姿を現した。武雄はそれをあっさりと葬りながら、床に残った魔石を回収した。いつもより大ぶりで、澄んだ青色をしているそれはレア物と言われる等級が上の魔石だった。単価は一つでおよそ三千円。通常のスライム魔石の十倍の値段だった。


 ツキが回ってきた。ほくそ笑みながら、月乃から聞き出したアカウントにメッセージを送る。


 ――レア物ゲット。この調子で月乃と会える時間をもっと作れるようにするからね。


 若い子に受けるようにと、ところどころに絵文字を混ぜる。


 すると、時間があったのかすぐに返信が届いた。


 ――あまり無理しないでね。会いに来てくれるだけで嬉しいんだから!


 月乃が待っていてくれている。それだけで武雄は有頂天になった。そして、もっともっとスライムを倒さなければと考える。


 稼ぐには回転が大事だ。武雄は足音を大きく響かせ、奥へ、奥へと突き進む。根拠の無い全能感が彼の全身を満たしていた。

 


 ■



 前回倒したスライムの数をいくつか上回った頃、振り上げた鈍器が目測を誤りスライムの表面だけをかすめて石畳の床を叩く。耳をつんざくような高い金属音。そしてそれ以上にすさまじい右腕のしびれが武雄を襲った。


 思わず鈍器から手を離し、その場にうずくまる。その隙をスライムは見逃さなかった。


 灼熱が武雄の足首に走る。


 その半個体状の体を伸ばし、スライムは武雄の左足に絡みついていた。


 喉がひっくり返るような声で悲鳴を上げる。両足をバタつかせ、なんとかスライムを引き離そうとするが、ジワジワとその侵食範囲を広げ、肉を溶かしていた。


 ――これがスライムの恐ろしいところだった。一度喰らいついたらなかなか引き剥がせない。



 死。



 冷たい一文字が思考を占領する。しかし、その間隙を突くように、動画で見た対処法を思い出すことができた。


 武雄は落とした鈍器を左手で拾うと、狙いもおぼつかないままスライムごと自分の左脚を殴りつけた。


 衝撃は覚悟していたほど無かった。――いや、そもそも覚悟する時間があったかさえ怪しかった。


 ともあれスライムはその一撃で武雄の脚を解放し、光る塵となって消えた。


 ボロボロになったズボンと、そこから覗く溶かされた肌。血にまみれて見えにくいが、真皮はおろか黄色い皮下脂肪まで達している箇所があった。


 そして、その傍らには青く澄んだ大ぶりの魔石。


 武雄は涙を流しながらも、執念深くそれを拾い上げ、乱暴にズボンのポケットにねじ込んだ。


 ――もう帰ろう。今日はもう十分稼いだ。


 痛みが、熱狂していた感情に水を差す。


 ポケットとリュックにレア魔石が一つずつ。それに加えて普通の魔石も五十前後はあるはずだ。


 怪我だってした。治療代もとんでもない額になる。これではむしろ赤字なのではないか? いや、ダンジョンで怪我をしたと言わなければわからないのではないか? 業務中にした怪我だって会社は労災で処理するのを面倒くさがって自宅で負ったことにしろと言い、実際ばれずにすんでいる。


 妙に目まぐるしく回る思考。


 武雄は左脚を引きずりながらもと来た道を帰る。――帰ろうと、した。



 べちゃり。べちゃり。



 背後で音がする。あの、粘着質な音が。



 べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。



 一つ二つではない。もっと、たくさんの、音が。


 走ろうとした。恥も外聞もなく、ひたすらに出口を目指して駆けようとした。


 しかし、左脚が言うことを聞かない。


 転んだ。目の前に砂ぼこりの舞う石床が広がった。じゃりと、わずかに奥歯が噛んだ砂粒が不快だった。


 起き上がろうとする。身につけたプロテクターが動作の邪魔をする。また転ぶ。リュックのふたが開いて、魔石が床にばらまかれた。武雄はわけも分からずそれをかき集めながら、前へと這いつくばる。


 その間にも粘着質な音は数を増し、どんどん近づいていた。


 ――スライムは、群れることは()()()


 少ないだけで無いわけではない。まして、石畳を鈍器で殴ったり、叫び声を上げたりすれば、なおさらだ。


 右脚に灼熱。左脚にも熱が走る。声にならない声が漏れる。それはもはや絞り出された息だった。


 脚をばたつかせる。握った鈍器を振り回す。光が舞うが、すぐにまたスライムが覆いかぶさり、次第に太もも、臀部、背中とその占領範囲を広げていった。


 もはや熱を感じない場所はない。


 薄れゆく意識の中、武雄の目の前にはひときわ大きな魔石の輝きだけがあり――月乃の顔が浮かんで、消えた。



 ■



 月乃――本名、新田にったあずさは店にあてがわれた部屋でぼんやりと無表情のままスマホを眺めていた。


 画面に映るのは美容整形外科の口コミサイトだった。梓は今年で三十になる。年齢は二十四としているが、段々と目尻にしわが出てきてそう言い張るのも難しくなってきた。


 なんとはなしに、スマホのカレンダーを眺め、――そう言えば、と。


 ふと、月イチで通っていたおじさんをしばらく見ていないことを思い出した。名前も――なんと言ったか、名乗られたはずだが記憶に残っていない。


 先月も、先々月も来なかった。毎月大体決まった日にちに来ていたのでそこら辺が給料日だったのだろう。


 とはいえ、常連の本指が突然来なくなることなんて梓の長い風俗歴ではよくあること。


 そこまで考えたところで、部屋の内線が鳴った。


「フリー六十分入りました。準備できたら連絡お願いします」


 受付のボーイからだった。梓は「はあい」と気の抜けた返事をして、鏡の前に立つ。


 鏡の前にいたのは、人好きのする笑顔を浮かべたソープ嬢、――月乃だった。もはや、姿を見せなくなった客のことなど頭にはなかった。

 

「はじめましてー、月乃って言います」



 スライム一匹三百円――三十分の延長料金 了

 

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