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収穫祭 「私の心臓を掴むあなたの手が冷たくも温かい」  作者: 秦江湖


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はじまり・一華

千尋に不倫を暴露した後に家へ帰った私は、自分の部屋へ直行した。


ドアを開けると千尋の写真で満たされた私の部屋。

今日、私は隠していた本心を千尋にぶちまけた。


私の中には、千尋に対して可「哀想なことをした」「ごめんなさい」という思いと、「もっと苦しめたい」「壊してやりたい」という正反対の思いが混ざり合い、渦のようになっていた。


私がこれほど千尋を愛しく思い、憎む決定的な事は中学時代に起きた。


私を劣悪な環境から救ってくれたのは千尋だった。

千尋は私に未来という希望を与えてくれた。

同時に苦しみも。



一緒にいるようになって、私は千尋が自分とは正反対の、ある種の感情や他者への共感力が欠落した人間なんだとわかった。


しかし千尋の私を見る目は優しかった。

私の求めている言葉を投げかけてくれた。

こんなに私を肯定してくれたのは千尋だけだった。


特に私の家の問題については親身に相談にのってくれた。

千尋はいつも環境を自ら変える、虐げられた屈辱に打ち勝って克服するようにとアドバイスをくれた。


自らによる克服。千尋が繰り返し私に言い聞かせた言葉だった。



私は千尋と彼女の言葉を正確に理解しようとした。

それこそが彼女が私に声をかけた理由だと理解したからだ。


自分の環境を著しく損ねて、虐げている最たる存在は、今の父親だった。

そしてお母さん。


次に悪意と侮蔑をぶつける高橋智花たち。

同じように私を蔑み、軽視する担任とクラスメイト。


はじめて私は、これらについて考えたときに激しくも静かな怒りと恨みを抱いた。

そして、私をとりまく環境に対する怒りと恨みは、私をずっとどす黒く汚してきた父親に凝固した。



私はこれまでの不幸を自ら克服して、新しい環境を掴みとるための第一歩として、父親を殺す決意を固めた。

殺すためには父親がなにを求めて私たちと一緒にいるのかを理解しなくてはならない。


そして私は共感することで、この男を理解した。

この男は支配できる「若い雌」を求めている。

それが私とお母さんなのだ。


他の雄と競い勝ち続けることが困難で、容易い相手に自己の顕示欲を発散しているにすぎない劣等。


こんな男にこれ以上私の人生を左右されるわけにはいかない。

しかし、自分より体が大きく力も強い相手をどうすれば殺せるか。

殺したあとにどうするか。


こればかりは誰にも相談するわけにはいかない。

たとえ千尋にでも漏らせない。



考え抜いた私は「味方」を作ることにした。

この場合での味方はお母さんしかいない。

たしかに、父親に加担して私に悪意を向けてきたことは事実だ。

しかし、時としては私と同じように、お母さんも父親からの暴力の被害者だったからだ。



13年前の私――


鮮明に思い出す。


千尋と過ごすようになり、私は千尋にメイクしてもらい、教わり、身綺麗にしてもらったことを最大限活用することにした。


「お父さん」


二人きりでいるときに、鈴の音のような声で愛らしく呼びかけたことを思い出した。


「なんだ?おまえ」


いつもと違う目で、この男は私を見ている。

雄の性欲が異臭のように鼻につく。


胃から酸っぱいものがこみ上げてくるのを耐えながら、愛らしく笑って見せた。

お母さんはいない。

私と二人きり。


野蛮な光を目に蓄えながら、腐ったフェロモンをまき散らしてにじり寄ってくる。


――私の心は決して折れない白銀の剣――

――私は千尋になる――


父親は私の体に夢中になった。


「お父さん。若い雌が好きでしょう?お母さんより私の方が気に入ったみたいだね」


甘えるような目を向けて、しっとりと言うと、醜いガマガエルはいとも容易く陥落した。


こんな簡単なことだったのだ――



それからというもの、お母さんがいないところで、父親は私を頻繁に求めてきた。


私はそれを表面上は嬉々として受け入れた。

父親の中で、性的相手の順位が完全に入れ替わったのだ。


私は言葉巧みに「お母さんと別れて私と一緒になろう」と誘い、唆した。


この頃には家庭内での立場は完全に逆転して、父親の加虐性はお母さんに向けられた。


精神的に追い詰められたお母さんに私は「お父さんはお母さんを殺して、保険金をもらって別の女と暮らすつもりだ」と、打ち明けた。


別の女とは私のことだが、それは言わないでおいた。



殺される前に殺す。

私と二人で殺す。



計画は単純だった。


酒に風邪薬を混ぜ、飲ませて眠らせてから、手足を拘束する。

あとはお母さんが延髄にアイスピックを突き刺すだけだ。

あっけないほど簡単に終わるはずだった。


「お母さん」


アイスピックを渡す。

なにを震えているのさ?

散々私たちをいたぶってきた醜いガマガエル。


「さっさとブスッと突き刺しなよ」

「ひっひっひ……」


過呼吸のような息をしながら、お母さんはアイスピックを振り下ろした。


「ぎゃあ!」


父親の口から、酒臭い息とともに野太い悲鳴が発せられる。

お母さんは失敗した。刺す場所が急所を外れてしまった。


「な、なんだよおまえたち!?」


目を覚ました父親は驚愕した目で私たちを見た。


「一華!てめえ!!」

「黙れガマガエル!!これでも喰ってな!」


喚きだそうとする父親の口に近くにあった靴下をねじこんだ。


「私が殺してやる!」


身動きが取れない父親はようやく恐怖を悟ったようだ。


私は予備のアイスピックを手に取ると父親はもがきながら、今まで見せたことのないような目を私に向けた。


それは懇願と許しを請うものだった。


今迄虐げてきた私に向かって、このような無様な瞳を向けるなんて。

自然と口許が緩み、背筋をぞくぞくするような感触が這い上がってくる。


「あんたをこれから殺してやる。最初からこうする計画だったんだ」


父親の瞳に怒りが浮かんだ。


「お母さん。うつぶせにするから手伝って」


震えながら私を手伝うお母さんに、ひっくり返したら足を押さえつけるよう指示した。

背中に馬乗りになると、父親の頭を押さえつけてアイスピックを突き刺そうと構える。


死に対する恐怖と絶望、私たちへの怒りが、赤黒いミミズのように体を接している太ももや股間から、私の体にシュルシュルと這いずって入ってくる。


共感した。


これほどの感情をこの男に抱かせられたことへの喜びが全身に満ちる。


思い切りアイスピックを延髄に刺した。

父親はこの一撃で即死した。



死体の上に乗りながら遂に私は克服したのだと実感した。


理不尽な暴力に打ち勝った。やり遂げた。


その喜びは快感のように脳を満たし、その悦楽から私はしばらく放心状態になったほどだ。

しかし安心するのはまだ早い。




むしろここからが本番だ。


私とお母さんは死体の頭髪を剃り、ビニール袋に入れる。


次に風呂場に運び、解体する。これが一番大変だった。


お母さんは一心不乱に解体する私を見て怯えてしまい、ほとんど一人でやった。


肉や内臓は細切れにして小分けしながらトイレに流した。

骨以外を処分するのにまる二日かかったが、一段落ついた。


ほとんど飲まず食わずに死体処理をしていたせいで、三日目の朝はお母さんの手料理を貪り食った。



一日休み、四日目に肉を削ぎ落として洗浄した骨をできるだけ細かく砕いた。


それを粘土に練り込み彫刻を作り上げた。


完成した作品を見て、他者に害しか成さない無価値な人間が、死んで価値のある作品に生まれかわったのだ。



美術部(といってもほとんど出席できていなかったが)だった私は、これを新学期に部が参加する全国コンクールに出すことに決めていた。


これがこのまま家にあるのは目立ちすぎる。


作品を作っているときに、お母さんからは、私に対する恐怖と怯えしか感じなかった。


作品が完成すると、千尋に「父親がいなくなった。帰ってこない」と告げた。



千尋は家まで来てくれて、私とお母さんに警察への届出を教えてくれた。


警察は父親の失踪届を受理した。

私たちが疑われるようなことは一切なかった。


後日、作品が全国コンクールで最優秀賞を受賞したと聞いたとき、無価値な人間を価値あるものに生まれ変わらせたと感じたのは正しかったのだと確信できた。




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