彼が娘っこを拾った理由
*****清葉SIDE*****
「ちょ、待てって、どこへ行くんだよ、葉!!」
王から直々に紹介された契約獣の葉は、子猫みたいな外見の癖に偏屈で気難しい。
そして、まったく食べものの趣味が合わない。
甘ったるそうなべっこう飴みたいな蜜色のくせに、毛皮の上から分かる眉間の皺を消そうともしない。
最近は、益害の被害も減っているし、地方はともかく、王都での犯罪件数も減っている。
ジュウ担宰相の俺としては、益害や犯罪率の低下は喜ばしい。
益害も、害のほうは減って小競り合いも少なく、益である契約獣の数は順調に増加中だ。
『現状維持の結果ばかりではありませんか』
なんて、口下手な亜純に厭味っぽく言われることも無い。
不器用で口下手で、己の能力以上の仕事をしなければならない亜純。
分かっているし、負担もかけているし、こっちも年上だから堪えなくちゃいけないんだが。
あの厭味っぽいカチンとくる言い方だけは、どうにかならないかねぇ。
「に~~」
遠くから、葉のそれだけは鈴のような可愛らしい声が聞こえた。
珍しいな。あいつ、鳴くの嫌いなのに。
この先は、狂王の塔と呼ばれる、あまりにも己を御せない王が囚われる、忌み地だ。
その結界は、心閉宮よりも強く王の感情からの世界の混乱を遠ざけるが、王以外の者の立ち入りを絶対に禁止する。
「やれやれ、葉~~、何にも無いところに、何の用があるんだ~~?」
寒いし、帰るぞ、何て叫んだら、小さな葉が、人を引っ張ってきた。
ずりずり、ずりずり。
自分の何倍も大きな人間を子猫が引っ張ってくる。
益害であり、契約獣だから出来る芸当だ。
俺は、引っ張ってきたものに眼を奪われた。
雪や雨続きで地面がぬかるんでなかったら、傷だらけになるだろう、何て文句もでなかった。
ぐったりと真っ青な顔色で伏せた、少年?いや、少女だった。
ここまで短い髪の少女は見たことが無かったし、ここらの女より頭一つ大きいから一瞬間違えたが。
「にぃ、ににに!!」
てしてしっ、と少女の服の端を咥えたままでは通れない結界に、葉が八つ当たりする。
狂王の塔の結界は、完全に人の行き来を遮断する。
葉は、王の契約獣だったから、特別に行き来できるのだ。
「ってことは、おいおい、このお嬢さんが、王の留守居役か!?」
いくら例年と規格外の冷え込みだからって、やってきて間も無い留守居役を、一人にしたのか!!
眼の前にそびえ立つ塔は、牢獄ですらまだ人の情けを感じられるだろうと思えるほど、冷たい。
情緒不安定な人間を住まわせておく場所ではないし、たった一人で暮らすには成人した大人であっても、寂しすぎる場所だ。
そういえば、先ほどからひどく暗い。太陽が照らないとはいえ、暗すぎる。
完全に意識を失っているから、それに反応して太陽が隠れているのだ。
「おい、清葉!!」
「っ、亜純!!この馬鹿野郎!!」
異変に気付いて駆けつけてきたらしい亜純を、吹っ飛ぶほどに、ぶん殴っていた。
「てめ、留守居役の世話は任せろって、お前が言ったよな!!」
真っ青な頬は痛々しい。泣きはらしたらしい目尻も赤く染まっていた。
「こんな年齢の、女の子を、こんな辺鄙で寂しい場所に一人にするとは、見損なったぞ!!」
そりゃあ、結界越しでも影響して、秋を通り越してヒドイ冬になるはずだ。
縣陰がぽかーーん、と口を開けている。
「は?貴様の目はふし、あな………だったのは、俺か?」
男女共用の寝間着のあわせが乱れて、豊かとはいえないがそれでも確かなふくらみが少し露になっていた。
「何故だ!?王の留守居なのだぞ!?」
「馬鹿か、休去の留守居ってのは、どんな人物になるか分からんと、先に説明しただろう!!」
「王の選ばれた留守居役が、そのような!!」
「選べねぇんだよ!!そんな器用なこと、出来ないんだ!!
魂の波長があった人間が、本人の意思とは無関係に、勝手に、入れ替わっちまう術なんだよ、留守居ってのは!!」、
がりがりと頭を掻く俺に、一度立ち上がったにもかかわらずへなへなと倒れた亜純。
「縣陰、お前も気付かなかったのか!?」
「女性のような喋り方はされていましたが、その、亜純様が男性とおっしゃるし、名前も『雪霧』とおっしゃったので」
あまり不躾な詮索は失礼かと。
「………名付けなんか、この世界の風習に過ぎない。
留守居として連れてくる人間が、この世界と似た世界で暮らしていたとしても、同じことなどありえないんだ」
宰相群の切れ者が、揃いも揃って。
まぁ、この世界は世界が一つの国だから、風習が違うという概念が伝わりにくいんだろうが。
俺も、初めて休去に至ったときには、死ぬほど驚いてばかりだったからな。
縣陰なんかは、一応宰相群に名を連ねているとはいえ、主に王の生活雑務担当だから休去に留守居を使わないし。
「ん?ならば、何故女官と床を共にしていたのだ?」
「……年頃の女の子は、宿泊会とか言って、人の家に泊まったり泊まらせたり、夜にお喋りしたりすることもあるぞ」
妹のいる俺には、思い当たることがよくある。
どうやら、亜純には世間一般的な知識が絶望的に足りていないようだった。
「男は、少々遅くなってもそれほど危険も無いが、女の子は心配されるだろう。
だから、信頼の置ける友人の家に泊まったりして遊ぶこともあるんだよ」
多分、寂しかったのだろう。女官たちも、それをわかってこの子と共に眠ったはずだ。
「そ、そうなのか?」
どうやら、未だに雪霧が女だということが信じられないらしい。
「ほら、とっとと結界の出入り口を空けろ、宰相筆頭。
俺が担いでいくから、縣陰、医者と、担当だった女官の招集を。亜純、お前は顔を見せるな。
お前のことだから、床を共にしていると思ったらろくに話も聞かずにここに追いやっただろう」
感情が昂ぶることはほとんど無いが、本気で激昂すると亜純は周りが見えなくなる。
王以外、それを止められる人物はいない。
「早くしろって!これだけぐったりしてるんだぞ、下手をすれば、命に関わる!
留守居を殺して王を害するつもりか!!」
怒鳴りつけると、やっと動いた。
まったく、先が思いやられる。
***************
初かもしれない主人公以外の視点。
三話続けて投稿しましたが、これが今年のしめです。
少しでも読んでくださる方に楽しんでいただければ幸いです。
よいお年を~~~。