第十六話 使用人たちからの評価
ペルティエ城・執務室。
そこに一人の貴族服を着た壮年の男が国王の前に立っていた。
ジャッジ・ド・モルメク――平民の出ながらにその能力を認められ、先代国王の頃から二代に渡り宰相として王の側近になっている男だ。
「して、使用人たちの評価は?」
ルイは、威厳ある口調でジャッジに問いかける。
「結論から申しますと、『平凡』でございます」
ジャッジは、ルイの質問に簡潔に答える。
結論から話す。それはジャッジの口調の癖である。
「使用人たちの雑用、または、礼儀作法など、この一ヶ月の間でおおかたの事は学ばせたそうですが、覚える速度としては一般的な者と大差ないと報告を受けております。心象としましては、悪いものではありませんでしたが、常に他人の視線を気にしているような行動を取っており、それを見た一部の者が気味悪いと言っているそうです」
ジャッジのその言葉に黙って耳を傾けるルイ。
公平性を常に意識しているジャッジは、使用人たちから集めた情報のみを口にした。
彼が調査結果を話すときは、大体いつもこんな感じになる。だが、ルイはそのジャッジの私情を抜ききった姿勢が嫌いではなかった。
それ故に、ジャッジの感情が気になる。
「お前から見たアレン・オーブリーはどうだ?」
ジャッジは口元に手を持っていき、しばらく考える素振りを見せると、抑揚のない声で自身の心の内を語った。
「私から見た、アレン・オーブリーは、良くて優秀、悪くて平凡だと思います」
つまるところは、ほんの少しだけ優秀な人間。
それがジャッジのアレンに対する評価だった。
「そうか、残念だが……」
「ですが、」
結論を出しかけるルイに、しかし、ジャッジは言葉を続ける。
それは、ルイからしてみると、大変珍しいものとなった。
彼がルイの会話を切るなど、初めてのことだったからだ。
「アレン・オーブリーは決して『馬鹿ではない』。正しい方向に、正しい努力をできる者だと私は思い
ます。昔から全てのことに対して、努力をすれば良いと考える連中がいますが、それは間違っていると私は思います。
手を抜くべきところは抜いて、力を入れるところには全力を尽くす。正しい労働を行うということは、そういうことだと私は考えます。その点で言えば、彼は実に賢い人間だといえるでしょう。実際、執事長も『手を抜いているのは分かりますですが、やるべきことはきちんとしているので、怒るに怒れない』とぼやいておりました。それは、それだけ彼が賢く仕事をこなしたからだと私は思います」
この時のルイの表情はどんなものだったのか。
滅多に他人をほめない、自分ですら数えるほどしかない褒めの言葉が、たった一ヶ月前に出会ったばかりの青年に向けられている。
その感情は悔しさかそれとも憎悪か、愛娘が見つけてきた男に対してルイはあからさまに嫉妬をした。
「ふん、そのくらい儂にもできるわい」
「陛下には、公務という立派な仕事があります。それこそ、これは陛下にしかできないお仕事であります。どうか不貞腐れないように」
「ふて腐れておらぬわ!」
そう言いつつも頬にこぶしを当てているのは、不機嫌だからだろう。
ともあれ、ジャッジのアレンに対する評価は、確かに聞いた。
ジャッジの意見を誰よりも大切にしているルイからすると、その意見は認めがたいものであるのだが……。
「ふん、とりあえずは『及第点』ということにしておいてやる。ほんの少しでも隙を見せたらその時は遠慮なく弾き出してやるわ」
「……陛下は本当にディアナ殿下のことを愛していらっしゃるのですね」
「当たり前だろう」
「ですが、そのディアナ殿下にこの前、嫌われそうになっておりましたね」
「ぐっ……」
ジャッジは、そこでニヤリと笑みを浮かべると、ルイに聞こえないようにつぶやく。
「さて、ディアナ様。おぜん立てはしましたよ。……後のことはお二人次第です」
実は、ジャッジは初めからディアナの恋を応援していたのだ。
そして、アレンのことも嘘ではない。
ジャッジはディアナの事を実の孫のように思っている。彼は彼が認めた青年と、孫のように可愛がっている少女のために、国王を説得したのだ。
しかしながら、孫を応援するのは、爺の役目。
彼はいずれ生まれてくるひ孫の顔に、ルイには決して気づかれぬよう期待に頬を緩ませた。