33.赤い祠
快適な温度の室内から廊下に出て玄関へ向かうと、外の熱気で温められた空気の塊がデンと構えて待っていた。引き戸をちゃんと閉めておらず、外気の侵入を許していたから、暑さも半端ない。
この家に入るとき誰が閉め忘れたのだろうと篠崎が菊川達の顔を見ていると、廊下の向こうで白猫が警戒するかのように背を低くして様子を窺っているのが見えた。おそらく引き戸を開けた犯人はあの猫に違いないと思っていると、睨まれて怖れを成したのか、瞬きした後に白猫は煙のように消え失せていた。
襲ってくる熱気が、たちまち顔中に玉のような汗を吹き出させる。こうなると撫でるような風すら恋しい。
九段下に先導されて、みなは彼が「庭だ」という広い場所に出る。そこは、むき出しの土に砂利石や短めの雑草が点在していて、空き地、あるいは空き地を利用した駐車場を連想させる。所々、漬物石くらいの石が転がっているが、趣を全く感じることが出来ず、とても観賞用の庭には見えない。
篠崎が、自分の家の庭を思い浮かべて『広さは負けるけど手入れはうちの勝ち』と比較をしていると、曙橋が「あっ、あれ」と遠くを指差す。彼女が指し示す先を見ると、彼らの立っている位置から30メートル以上離れた場所に小さな赤い祠があった。左にキツネの石像が台の上に乗っていて、その右側の少し離れたところに石の灯籠もある。
「あれかぁ」
篠崎が解読できた暗号文を思い出しながら眺めていると、曙橋が聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいた。
「わかった」
また先を越された篠崎は、舌打ちするのを堪え、聞こえなかった振りをする。
祠に近寄った菊川が立ち止まり、腕組みをしたまま振り返って首を傾げた。
「ねえ。どうやって、あそこにいるキツネが、離れたところにある灯籠に寄り添うの? キツネは石像よ」
ところが、曙橋は平然として「それは可能」と言ってのける。
「えー!? うそー! あれって、運べるの?」
「違う。古典的で有名なトリックを使う」
「マジシャンみたいなトリックなの?」
「あと1時間したら、スコップを借りてここに集まりましょう」
空を仰いで腕時計を見た曙橋は、菊川の問いを無視するようにクルッと背を向けて、一人で玄関の方へ戻っていった。
はぐらかされた菊川は、篠崎に推理を仰ぐ。
「ねえ、どうやったらあんな重い物が動くの?」
「倒すんじゃないか?」
「ホントに!?」
「倒してグイグイと押していく」
「なるほど。頑張ってね」
「手伝ってくれよな」
「やだ」
冗談の一つでも言わないとやっていられない篠崎は、曙橋の後ろ姿をいつまでも見送った。




