プロローグⅠ
「突然だが、ゲームをしないか? ツバメ君」
目の前にいる黒い長髪の男は、端的にそう言った。
「……え?」
真っ暗な空間に、スポットライトのような丸い光が照らし出されている空間。
ツバメと呼ばれた少年は、その中央で鳩が豆鉄砲でも食らったような顔で立っていた。
「あ、あの……」
「お前が混乱しているのも無理はない。今は前後の記憶に多少混濁があるだろうが、安心するといい。悪いようにはしない」
微塵も安心できないような語り口で優しく諭す目の前の男。
ツバメの記憶にはない、初対面の男だ。
「お前は、ついさっき死んだ」
「……え?」
「夜中にコンビニに行ったときのことだった。お前はレジで会計を済ませている最中だったはずだ」
そう言われてみると、そうだったような気がする。
思い出してみる。
持っていたのは今夜の夕食のコンビニ弁当。
取り出した千円札。
商品のバーコードを読み取る音と同時に店内に入ってきたのは、たしか覆面を被った誰か。
手には大振りのナイフ。
パニックになった店内。
もみ合いになる僕と覆面の男。
そして――
「――ッ!!?」
思い出した。
刺されたのだ、僕は。
偶然出くわした、コンビニを襲った強盗に。
「思い出したようだな」
男はあくまで感情を見せず、淡々とそう告げた。
ツバメは額に手を当てて、少し考える素振りをした。
そう、僕は刺された。あのコンビニで。そこから意識はない。
この男は、僕は死んだと言った。
ならば、ここはどこなのだ?
死後の世界とでも言うのだろうか?
「色々と納得のいかない顔をしているな」
「……そりゃそうですよ。僕は今どうなってるんですか?」
記憶と状況をそのまま整理すれば、今この場にいる僕は死んでいて、ここは死後の世界ということになる。
最も、この男が嘘をついていればまた話は変わってくるが。
「俺は偽りを言っているわけではない。どうか俺の話を聞いて欲しい。神谷 燕君」
このままうろたえていても何も情報が得られない。
そう判断したツバメはとりあえず話を聞くことにした。
「素直で助かる。俺の名前はクロード。こう見えても一応神様だ」
神、ときたか。
「先ほどお前は死を迎え、その魂を俺が預かっている状態だ」
「……僕はどうなるんですか?」
「記憶の精算を行い。魂を洗い直した後に転生の準備に入る。通常ならばな」
通常ならば?
転生という言葉はなんとなく理解できる。
つまり神谷 燕という存在は消え、また新しい存在としてやり直すという意味だろう。
だが、この男は通常ならば、と言った。
つまり、異常な何かが他にあるということだ。
「ここからは我々神達の事情になるが……我々神のいる天界では、いま大事な催しの真っ最中だ」
「催し?」
「そう、簡単に言うと試験だ」
試験。どうやら神にも学生みたいにテストみたいなのがあるらしい。
「その試験で俺のような下級の神が上級に昇格できるかどうかが決まる……下級の神にとっては大学受験、就職活動の面接、みたいなものだ」
「わかりやすい例えですね」
つまり目の前にいるクロードとかいう神は、その大事な試験を控えている身だという。
その試験と今の僕と、どう関係するのだろうか?
「その試験の内容というものが、今回少々特殊でね……非業の死を遂げた下界の魂を使ったものになるんだ」
「非業の、死?」
なるほど、それは確かに僕が適任だろう。
コンビニに寄ったら強盗に襲われて刺殺だなんて、冗談でも笑えない。
――いや、それよりもだ。
僕を、試験で使う?
「試験の内容はこれから説明があるだろう……すまないが、少々付き合ってくれないか?」
クロードはそう言うとパチンと指を鳴らす。
すると背後に大仰で巨大な扉が姿を現した。
「――こっちだ」
ひとりでに開く扉の先へ手招きするクロード。
……行くしかないか。
まだほとんど状況が掴めていない。
そう思いツバメは、クロードに促されるまま歩を進めた。