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第二十四話

『……………………まだ信じらんない』

 ぎゅ、と頬をつねっているミーナ。

 昼過ぎに目が覚めたのだけど、それからまたミーナが一騒ぎして、ようやく落ち着いて、今に至る。

 真っ赤に晴れた目でそんなことをしているのが面白くて、吹き出しそうになるのを堪えながら、なるべく穏やかな声を掛ける。

『夢じゃないから、安心しなさいって。そんなに心配なら、私が代わりにつねってあげようか』

『あ、いえ、結構です』

 しゃき、と尖った爪を見せてあげると、ミーナはぱっと頬から手を離した。それから向こうが吹き出してしまったものだから、私も笑ってしまった。

 何だか、とてもすっきりした気分だ。色々晴れたというか、全部流れていったというか。

 笑いが収まって、ミーナがいつもの様にお茶を淹れはじめた。その時に一瞬手伝おうかと言いそうになったけど、碌に出来もしない私が突然そんな気を回すのもおかしな話だ。

 ちゃっかり自分の分も注いだ彼女は、私の隣に座ってきた。何となく、新鮮というか、気恥ずかしいというか。

 ず、と啜ったお茶は、いつも通りの味がして。

『……キツネが好き、か』

『――――っぶはぁ!!』

『え!?』

 いきなりの不意打ちに、思いっ切り噴き出してしまう。

『っな、うへっ、ちょ、ちょ………ちょっと、不意打ちは卑怯でしょ!!』

『いやいや、そんなつもりは無かったんだけど……な、何かごめん』

 ミーナは手をばたばたと振っているが、けれどすぐにニヤニヤと笑い始めた。

『ふふ……でもさぁ、ユリ、わざわざ言わなくったってバレバレだったよー?』

『っうっさいな!! 私もそうかもって思ったよ、でも言いたい気分だったから仕方ないじゃん!!』

 あれはああいう雰囲気だったんだよ! バレバレなのくらい何となく察してたっつーの!

 頬を真っ赤にして怒鳴る私に、ミーナは更に攻撃を放ってくる。

『レヴィラト様が来る時間になるとそわそわするしぃ~、話す時は声が高くなってるしぃ~、何か口数減るしぃ~』

『えぇ純情ですよそうですよ、彼氏いない歴イコール年齢だよ!! 仕方ないだろ好きなんだから!!』

『あっはは、ユリ真っ赤になってる』

『元から真っ赤だよ!!』

 もう何のやりとりだか分かんないじゃないか!!

 でも、私の言葉にミーナは一瞬表情を強張らせて、それから、直ぐに不自然な顔になった。

 ……あぁ、ま、そうだよね。私が彼女を気にしているように、彼女も私の話題に触れて良いのかどうか、迷ってるんだろう。

『……良いよもう、イヌワシが褒めてくれたし』

『………………』

 そう言うと、ミーナは僅かに目を瞠って、それから、今度は目を瞑る。

 真剣な表情になって、ゆっくり口を開いた。

『……あれは眼福であった………』

『もう知らん!!』

 んだよアンタ、フィルシとグレイスくっつけた張本人だろ!! 百合好きかよ私と同じだな、だけどそのにやにやした顔をこっちに向けるの止めろ!!

 ミーナはそのまま、言葉を続ける。

 打って変わって、震えた、切れ切れな声で。

『……その、私、…………私なんかが、ヒロインで、その』

『いーよ別に。もう始めっから嫉妬してるし』

 今更、そんなこと言われたって、ムカつくだけだ。

 ミーナは黙ってしまったけど、代わりに私の手を握ってきた。

『……あのさ、ユリ。私、ずっと言えてなかったけど』

 手の甲を、そっと、ミーナの綺麗な手がなぞる。

 ざらざらの鱗が、すべすべの指に、けれど愛おしそうになぞられる。

『…………ほんとは、初めて見た時、ちょっとグロいかもって、思っちゃったんだ』

『………おうふ』

 まさかの告白。いや、そりゃそうだ。私だってこの腕をいきなり見せられたら怒る自信がある。

 けれど、そう言いながらも、ミーナの手は私の鱗をなぞったまま。ゆったり、形を確かめるように。

『ユリが苛められてたって聞いて、自分でも鱗のこと好きじゃないんだろうなって、思っちゃって』

『……んー、ま、……そうだったけどさ』

 何とも、複雑な気持ちだ。そんなことを告白されたって、うん、悲しくなるだけなので、出来れば黙ったままでいて欲しかったんですけども。

 ぴ、とミーナの指の動きが止まった。

『……でもね』

 それから、ぎゅ、と私の手を握ってくる。

 温かくて、熱を持った、彼女の手。

『フィルシさんに鱗を褒めらてた時に、ホント、遅いんだけどさ、……その時になってやっと、ユリだって、自分の鱗、好きになりたいだろうって、分かったんだ』

『………………ん』

 ……まぁ、そうだな。

 こんなんだけど、好きでいたい。

『だから、』

 ミーナはそこで、顔を上げた。

 真っ直ぐな瞳。

 何かを恐れるように震えている。ひょっとしたら、彼女の言葉で私が怒るんじゃないかって、怖がっているのかもな。

 そうして、息を一つ、整えて。

 ミーナの瞳が、震えを無くした。

『だから、私が好きになることにしたの』

 そうして、ぎゅ、と、私の手を優しく抱く。

 彼女の白い両の手の中に包まれた、私の手。

 そっと胸元に運んで、ミーナは、ちょっとだけ私の顔を窺った。

『あの、ひょっとしたら聴きたくないかも知れないけど、………ユリの鱗の好きなとこ、言っても良い?』

『えっ? あ、えぇっ!? あ、あぁ、いや、良いんだけど、……うわ、何コレはっず』

 何でそこで空気を改めるんだ……! 私の了承を求めないで勝手に言ってくれれば意識せずに済んだのに、そんな風に言われると、何かもう聴く前から顔に血が上ってしまうじゃないか。

 そんな私の言葉に、ミーナが『うぇ!? ご、ごめん』とまた頬を赤くして謝る物だから、何とも空気が気まずくなる。

『あ、……えっと、じゃあ、言うね』

 もうさっさと言ってくれ……!

『その、まず私は赤い色好きだから、この色が好き』

 そう、私の手を指すミーナ。

 うん、なるほど、これは恥ずかしい。何かむずがゆくて、もぞもぞと座り直してしまう。

 けれど、彼女は予想外の言葉を続けた。

『ただ、手のとこの鱗より、背中の、背骨のところの』

『え?』

『えっと……そう、背骨の腰の方の鱗が』

『おいおいいきなりマニアックだな!』

『黙って聞いてよ!』

『えぇっ!?』

 いや、背骨がどうとか言われたからさ、つい。多分言ってる彼女も恥ずかしいんだろうな、必死な様子で、遮った私は怒鳴られてしまった。そしてミーナ、お風呂の時、そんなとこまで見てたんですね。いや、別に良いんだけどさ、これから何か気になるじゃないか。

 ミーナは今度は私の手をさわさわと撫でて来て、ちょっとうっとり気味の顔で続ける。

『この感触もね、最初は、あんまり好きじゃなかったっていうか、ずばり言うとぞっとしたんだけど』

『はっきり言うなあ』

『触ってるうちに、あ、これ良いかもって』

『えっ』

『そのね、病み付きになるっていうか、……一番は、やっぱり、添い寝した時にいっぱい触れたのが』

『はひゃああぁああ!?』

『あっ』

 ずざざ、と一気に彼女と距離を取って、自分の身を抱き締める。

 ごめんなさい、無理です! ちょっと想像を越えてました、私の好きなとこ!!

 ミーナは驚いた顔で、その内段々と眉が下がって、やがて悲しそうな顔になった。

『……冗談なのに』

『もうどっから冗談なの!?』

 鱗の色、あれ冗談だよね!?

 と。

 ミーナの顔が、つ、と上がって。

『始めっから。友達になってくれて、ありがと』

『始めっからって、……あ、へ? …………あ、あー』

 ……えっと、ずっと言いたかったことは、つまり今の、言った直後に真っ赤な顔を逸らしてしまった言葉のことですか?

 あぁ、確かに私から友達になろうと持ちかけたものな、なるほど、言いたかったことってのは、それについての感謝の言葉だったと。

 っていうか。

『……ミーナ、あんたそんなキャラだったんだ』

『は!? な、何が!?』

『いやほら、照れ臭いとすぐジョークに持っていくキャラだったんだって』

 いたなーそんなの。前世でもそういう人は見たけど、いつ見てもこっちが恥ずかしくなるくらい分かりやすい物だったから、ひょっとして見ている私達を萌えさせる為にやっているのかと勘繰ったものだった。ここまでがっつりネタを盛られたのは初めてだけど。

『はぁ!? あんただって、真っ赤なクセに誰から見ても真っ赤になるだろ!?』

『この鱗透けてるんだから仕方ないだろ!! 私は素直に照れるんだよ恥ずかしがるんだよ!!』

『あら可愛い子ね』

『お前もな!』

『……………………』

『……………………』

『……………………』

『……………………』

『…………それで、お願いがあるんだけど』

『また唐突ですね!』

 今の溜めは何だったんだよ、「ぷっ」って吹き出すところじゃないの!? 明るく笑い合う場面じゃないの!?

 けれどミーナの顔は随分と真面目で、何だか突っ込んだ私がいたたまれなくなってくる。何だこれ、なんで私が気まずい思いを味わってるんだ?

 ミーナが、真剣な声音で、尋ねてくる。

『……本当に、キツネが好きなの?』

『……………………』

 ……成る程。

 ほんと、真面目な話とそうじゃない話をごちゃ混ぜにするものだから、不意打ちには参ってしまう。

 これじゃ、逃げようも無い。

 例え、彼女が私と同じく、レヴィラトを狙っていても。

 もう、ここまで馬鹿を言い合ったなら、遠慮する必要も無いだろう。

『好き』

 言い澱むことも無く、真っ直ぐに、彼女を見つめて。

 ミーナも今度は茶化すことも照れることもせず、静かに続けた。

『あんなエンドなのに?』

 ………………。

 ………………。

 …………さて、参ったぞ。

 こんなにも真面目な空気なのに、冗談のような答えを返さなくちゃいけないのか?

『………………あー、えっと、』

『…………?』

 私の様子を不審に思ったのだろう、ミーナの目が僅かに眇められる。

 そして、もう一度、彼女が口を開いて。

『あんな、キツネが――』

『はいはいストップネタバレ禁止でぇえええす!!!!』

『――…………え?』

『あ、いや…………』

 驚いたような彼女は、一度首を傾げた。

『……一応訊くけど、ネタじゃないよね?』

『違います』

『良かった、ネタなら殴ってた』

『自分はネタ全開なのに!?』

 良かった、ネタじゃなくて……!

 ……いや、そもそも冗談のようなこの現実がいけないのだけど。

 ミーナはもう一度首を傾げて、眉根を寄せて。

 それから、大きく目を見開いた。

『ま、まさかユリ、あんた………』

『……えぇ、はい、ごめんなさい』

『レズなの……!?』

『よし殴る』

『はいちょっと待ってごめん、ホントごめん』

 油断も隙も無いな、真面目な話が出来やしない。いや、半分くらい私のせいでは有るけどもね。

 私を必死に押し留めたミーナは、それから恐る恐る、と言った風に言葉を続ける。

『まさか、だけど…………あんた、キツネクリアしてない?』

『……えぇ、はい、ごめんなさい』

『えっ!? 嘘でしょ、ネタだって言ってよ!?』

 いやホントなんだなこれが。あぁ、何か物凄く悔しい。

『え、じゃあクリアしてないのに好きなの!? しかも好きだったキャラクリアしてないの!? あぁもうどこからツッコんだら良いのか分からない!!』

『っ…………』

 すっげぇ悔しい、いや分かる、好きなキャラですクリアしてませんけどとか言ったら「は?」ってなるのはまず間違いが無いし、そもそもわざわざ転生してきてクリアしてないキャラがいるなんてギャグでしかない。

『あっ……もしかして、ずっと化かされた? 自力でクリアしようとしたの?』

『……そーですよ、そんでハイエナルートばっかり踏んでたんだよ』

『うわだっさ』

 殴らずにいた自分を褒めてやりたい。

 物凄くムカつく顔のミーナに、血圧が一気に上昇する。

 ……けれどまぁ、そうだ、確かに攻略サイトもウィキも見ないなんて気取ってた前世の自分はダサい、間違いない。

 あぁ、考えたら苛々してきた、何でさっさとクリアしねぇんだよ「好きなキャラだから取っとく」じゃねぇ!! もしも私が次乙ゲーマーに生まれ変わるなら、モットーは発売日攻略にしよう。全ルート回った後でもボイスは聴ける!!

『えぇ……でも、本気で好きなの?』

『そ、そりゃ、だって………しょうがないじゃん、悪い!?』

 ミーナがまた尋ねて来たので、一先ず開き直ってみる。すると、彼女はからかうこともなく、真面目な顔でしばらく黙り込んだ。

 そうして、顔を上げて。

『…………じゃあ、お願いします』

 私の背筋がぐっと伸びてしまうような、張り詰めた声。

 僅かに切羽詰まった色が目の端に浮かび。

 それから彼女は、私から少し距離を取って、深く頭を下げた。




『……キツネを、攻略してあげて下さい』








 そんな、想定外の言葉を聞いた、私は。

『………………』

 たっぷり一分ほど黙った後、私の反応を、緊張した面持ちで待つミーナに。

『…………え、ギャグ?』

 と返して、そのまま殴られてしまいました。

 うん、ぐーぱん痛かったです。

 鼻をしばらく抑えた後、けれどなるべくダメージがないフリをして、そのまま尋ね掛ける。

『……だって、あれ、あのイベントって、ルート分岐の奴じゃ、ないの?』

 興奮の混じる震えた声。

 だって、そう、私がそもそもミーナがキツネを、レヴィラトを好きかも知れないと思ったのは、というか彼のルートに入ってるんだと確信したのは、村で私の目の前に姿を現したのが、私を救ってくれたのが、キツネだったから。

 それは運命的に感じられて胸が高鳴るものだったけれど、それでもあれはルート分岐のイベントの筈で、それなら、そう。

 彼女は、レヴィラトのルートに、入っている筈だ。

 それとも、違うのだろうか。

 果たして、彼女は。

『え? あれって、ユリを助けた時のこと? うん、ルート分岐だけど…………って、あぁ、そういうことか』

 あっさり認めて、それから、何だかにやにやと笑い始めた。

『あ、……あは、あははっ、なるほど、ユリを助けたのはレヴィラトだもんねぇ、あぁあぁ、そうかなるほど…………あははははははは』

『…………何か知らんけどすっごいムカつく』

 そうだよレヴィラトに助けられたよ。でも何で爆笑してんだ、説明しろ。

 一頻り笑ったミーナは、うんうん、と何とも腹立たしい笑顔で頷いた。

『つまり、ユリは、私がレヴィラトルートに進んでるって、勘違いしちゃってたわけかー……どーりで、時々視線が鋭いわけだ』

『……………………』

 何か言おうとして、けれど何も言えなくて。

 確かに、今、彼女は確かに、勘違いと言った。

 明るく笑いながら、そう言ったんだ。

 ミーナは、何も言えなくなっている私の顔を見て、ぎょっとしたように仰け反る。あれ、そんなに酷い顔をしてたのだろうか。

『……な、泣くことないじゃん………あ、いや、嬉しいのか? 何だ、じゃあ存分に泣きたまえ』

『ひぐっ……ぞんぶんにながぜるなっ!!』

 まともに喋れない!!

 あれ、私いつの間に泣いていたのだろう?

 頬に手を当てると、しっかり涙が流れている。まぁ声もあんなことになっているし、そりゃそうだ。

 そりゃ、そうだ。泣くほど嬉しいに決まっている。

 だって、もう、……そう、だから彼女がレヴィラトルートを進んでいなくたって、レヴィラトに恋をしていなくたって、私が彼と恋ができる可能性が増えるわけではない。

 けれど少なくとも、ミーナを、一緒にいて楽しくて、とても誇らしくて、素敵で、綺麗で、可愛くて大好きな彼女を、嫌ったり、悲しい思いにさせなくて済むのだ。

 そして……本音を言えば、到底勝てそうになかった、彼女と張り合うことも。

 そんなことも、もう、必要が無いのだ。

 どれだけ強がったって、気にしないフリをしてたって、私は、レヴィラトが好きだし、とてもミーナに敵わないと思っていたし。諦めようとしても無理だし、楽観しようとしても出来る筈も無い。

 怖くて仕方なくて、ミーナを好きになっていく自分が不安で、レヴィラトと喋れるようになっていく自分が頼もしくて、けれど期待が膨らむからこそ、どんどん、苦しく、未来が怖くなっていって。

 だから。

 だから、その言葉が嬉しくない訳が、無い。

『……はいはい、存分に喜びなさい。泣いて喜べ』

『だがらながずなっ!!』

 ツッコんでもキレが無い私の頭を、ぽんぽんと優しく叩いてくれる。ただミーナ、『うれしーかそーかそーか』とか言うな、ホントイラッと来るからな。

『っ……で、でも、なんで』

『んー? ……あ、分岐イベントの話?』

 ミーナはにまにまと笑って、それから私の頬をぷにぷにと突いてきた。

『紛らわしいルート選んでごめんねぇ、いやさ、普通に魔王ルートなんだけど、レヴィラトってシルベルトの傍付きじゃん? だから、あいつも付いて来てたんだよね』

『……………………』

 ……………………。

 …………………。

 ……………はぁ!?

 何だそれ、そんなの有るか!?

 いやそうだ、普通に考えて、魔王がどこかへ遠征するなら、レヴィラトも同行するだろう。いやま、レヴィラトじゃなくとも、誰かが一緒に行くに決まっている、まさか魔王だけがひょいひょい行く訳にもいかないのだから。

 いや、そうだ、そうだけど、でもそんなのって有るか!?

 あれだけ悩んだ私の日々を返してくれ、時間を、涙を!!

『あはははははっはは、ゆっ、顔、あはっ、あははははっはははは!!!』

『笑うなぁあ゛あ゛あ゛あ゛!!!!』

 本当に紛らわしい魔王ルートに対する怒りで……というのは冗談として、もう、どうしようもない位の安堵で顔がぐしゃぐしゃに歪んでいる。

 ホントに、嬉しくて、どうしようもない。不安で堪らなかった色々が、こうもあっさりと、引っ繰り返ってしまったのだから。

 ミーナはツボに入ったのか、全然笑い止んでくれない。何か物凄くイラッと来たので、泣きながら彼女にタックルをかました。

『うひゃ、ふひゃひゃ、あっは、ユリちゃん、お姉さんの胸で存分に泣きなさーい』

『そうじゃないし!! これタックルだし!!』

 身長差が悲しい!! 思いっ切り突っ込んでいったのに、彼女の胸に抱き着いたようにしか見えない。

 違う、タックルなんだけど。

 なんだけど、それでも。

 口では違う違うと言っていても、この涙の奴、全然泣き止んでくれない物だから。

 そのまま、彼女の胸に顔を押し付けて、ずっと泣いていた。






『……ホントお子様だねぇ』

『…………うっさい馬鹿』

 ずず、と彼女の淹れたお茶を啜って、言葉を返す。それしか言えないのは、自分でも子供だと思う位思いっ切り泣いてしまったからで。何しろ胸を貸してくれたのは彼女なので、ここでどれだけ否定しようが、そうなると私が滑稽に映るだけだろうし。

 けれど拗ねた私の様子がどう映ったのか、ミーナは素早く顔を逸らして、慌てたように叫んだ。

『いきなりのキャラ変止めなさい!!』

『何の話だよ!』

 アンタがからかうから悪いんだろ!!

『……そんなことより、何でわざわざ、お願いしたの?』

『え?』

『いや、……キツネを攻略してくれって、言ったじゃん』

 それも、これ以上無い程真面目な顔で。

 わざわざ改まって頼むというからには、彼女なりの理由が有るのだろう。

『あ! そうそれ、ホントに、ちゃんとキツネ攻略してよね!』

『……だから何で』

 念を押す前に説明してください。

 私がそういうと、彼女は一言だけで説明を終わらせた。

『キツネの最期』

『…………あぁうん、そっか』

 なるほど、物凄く分かりやすい。

『あ、じゃあ魔王ルートを進んでいるのはそういう?』

『そ。ちなみにキツネのエンドはどれもバッドだから』

『そういうこと言うなよ……』

 いやまぁそのくらいならネタバレでは無いけど。

 まぁつまりだ、彼女が何故魔王ルートを選択し、そして私にキツネ攻略をお願いしているのか。

 それは、恐らく、誰も死なないようにする為だろう。

 魔王ルート以外では、魔王が勇者とどうなるかは描写される場合もあれば、されない場合もある。ただ魔王ルートにおいて勇者と手を結ばない場合、勇者が魔王を殺しに来て、魔王以外の攻略対象は倒され、魔王は勇者と刺し違える。そうしてヒロインだけが生き残る何とも後味の悪いエンドなのだけど、つまり、魔王ルートじゃないと勇者との和解を目指せないので、皆を救うために魔王ルートを選んだということで。

 でその魔王ルートにおいて勇者と和解した場合も、全員生き残れるかというとそうでは無く、散々言っている様にキツネが裏切るという一幕が入るのだ。本当に、必要かというくらいあっさりしているので、多分メーカー的にはキツネルートの伏線的な意味合いなのだろうけれど。

 で、今彼女が言った『キツネのエンドはどれもバッド』ということは、恐らく彼を攻略したところで勇者と和解したりするような甘いエンドは期待できない、ということなのだろうな。

 だから、私がキツネを攻略して、彼に復讐を思いとどまらせる。

 つまりそういうことなんだろう。

 ……って、ちょっと待ってくれ。

『あれ、待ってミーナ、何かおかしいと思うんだけど』

『え?』

『何か、この様子だと、私の責任って物凄く重くない?』

『あー、うん、でも私より軽いよ?』

『…………あ、いや、そうだけどさ』

 そうか、そうだな……私が失敗すればキツネ一人だろうけど、彼女が失敗すると皆だもんな……いや、それにしたって、あれ?

 違うよ、私、レヴィラトに恋してるから彼と幸せになりたいんであって、彼の命を救うからだなんて、そんな重い理由を背負おうとは思ってないんだよ?

『……っていうかユリ、あんたキツネルート化かされてたってことは、まさか内容全く知らないなんてことは』

『有ります。全然分かりません』

『……………マジか』

 ごめんなさい、確実に攻略なんて、ルートにすら入れなかった私からすると中々遠い道なんです。

『…………えっと、ちなみに私からルートの内容聞いたりなんて事は?』

『……………………』

『……ユリ?』

 ミーナの提案に、完全に押し黙った私。

 ……いやさ、そりゃあ、私だって、何も知らない状態でレヴィラト攻略は無理だと思うけど、それでもさ。

 それでも、他人からルート内容を聞くなんて、かなり抵抗があるというか。

 ただそう、レヴィラトの命が掛かっているのだと考えると、そう言っている場合ではないのだけど。

『………あ、いや、あ、はは、』

『……うん、聞きたくないんだよね、まぁ知ってたよ』

 そう言っている場合ではなくとも、こればかりはどうしようもない。

 ミーナの溜め息に、苦笑いしか返せない。

 ……いや、どうしよ、ホントに聴くべきなんだけどな。

 けれど私が何かを言う前に、ミーナは一つ頷いた。

『……うん、ぶっちゃけて言うと、今のユリはレヴィラト攻略に特化してるから、何も聞かない方がむしろ良いかもね!』

『特化!?』

 何その乙女ゲーらしくない言葉!? キツネ攻略に特化してるって、それって物凄い嬉しいけれど、残念ながら何も伝わってこない形容だな!

 ルートを回った人は分かるのだろうが、今の私を眺めて思うことと言えば……うん、容姿のことくらいしか、浮かばないのだけど………。

『……え、レヴィラトって、ロリコンとか異形好きとか、そんなんじゃないよね?』

『……あんたキツネ好きなんじゃないの?』

 え、それってどういう……まさか、レヴィラトは本当に!?

『あ、愛が有れば変態でも良いと!? ……い、いや、私ならきっと』

『安心してそういうんじゃないから』

 ……いやま、半分くらい冗談だけど。

 けれどやっぱり、考えても特化型の言葉の意味が分からない。

 眉根を寄せる私に、ミーナが一度首を傾げる。

『……教えた方が良い? ネタバレになるけ――』

『良いです。やっぱ考えるのも止める』

『――……ほんと徹底してんのねー』

 ネタバレは大嫌いなので。攻略サイトを見たくないというのも、ネタバレが嫌いというのも、何とも前世から引き摺っているので仕方が無い。

 ミーナはもう一度溜め息を吐くと、それから私を上から下に、眺め降ろした。

 そして、うんうん、と大きく頷く。

『ユリ、レヴィラトに好かれてるから、自信持ちなよ! カタレがユリに虫入れた時も、あいつマジでキレてたでしょ? キツネって本性隠すキャラのクセに、ユリの前じゃ結構ぼろ出てるし……まぁこの辺は、ルート回ってたら納得なんだけどね』

『…………』

 自信持てって、そう言われても。その、レヴィラトに好かれていると言われても、信じられないというか。

 けれど単純な物で、頬は熱くなるし、心臓はばくばく言っているし、頭の中に、レヴィラトの顔が浮かんで離れない。

 私なんかが、彼に好かれてる? ……いや、まぁ、色々してもらっているけれど。魔族について教えてもらったり、文字を教えてもらったり、カタレから助けてもらったり。

 私のそんな姿を見たミーナは、何故か顎に手を当てて『ほう……』と芝居掛かった声を洩らす。にや、と笑ってワゴンから手鏡を拾い上げた彼女はそのまま私の顔を映して見せてきた。

『……茹蛸』

『………………ぶはっ』


 あぁ、本当に。

 ……今まで悩んできたことが馬鹿みたいに、ほっとして、安心している自分がいる。

 それはまぁ、これからあのレヴィラトと恋愛をしないといけないのだから、それを考えると先は長いというか、むしろ不安でいっぱいになって然るべきなのかも知れないけれど。

 それでもまぁ、今日くらい、良いだろう。ほっとして、はしゃいで、楽しんだって、良いだろう。

 ミーナにもレヴィラトにも、好きだって心置きなく言えるのだから。

 これからも苦んだり悩む事は有るだろうし、やっぱりミーナを羨んだり、或いはレヴィラトを思って切なくなることだって、まだまだ有るだろう。

それでも。

 彼女と彼の、どちらを選ぶなんてことにならなくて、本当に、本当に、良かった。




 ねぇ、キツネ。




 今度こそ、あなたと、恋をします。

 追い駆けてくる締切に怯えながら一分前に無事投稿出来たこの章ですので、まぁつまり粗仕上げなわけで、それぞれの章に加筆修正(基本文字数が減る可能性は無いです)が入ると思います。

 ですからもしも改稿前に読んだ文とがらりと印象が変わったりしていても、一応改悪はしない予定なので、その時は大目に見て下さると嬉しいです。ストーリーに影響する範囲での変更は入れませんので。


 それでは、無事に期限までに十万字を達成できた拙作、アリアンローズ様に向けて楽しく書いていきますので、何卒宜しくお願い致します!

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