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第十七話

 『Lovillains』というゲームをプレイしていて、一番印象に残ったキャラクターを一人上げろ、と言われると、それはもう迷い様もなくレヴィラトを上げる私だけど、しかしまぁキツネルートはクリアどころか入れてすらいないので、一旦それを置くとしよう。さて、キツネを除外した時に、じゃあ誰が印象深いかと尋ねられたら、それはホントに不本意なことに、ハイエナだった。

 ハイエナ、名前はグレイス・ヴァンク。ザコ臭の漂う咬ませ犬な名前から分かるように、悪役の中でも二束三文で売られそうな、それこそ典型的な使い捨て型の「ヒャッハー系」な悪役。勿論、キャラクターが好きなわけでも、ストーリーがイチオシなわけでも、ましてや「何となく」なんてマジっぽい理由でもない。

 では何故印象深いのかと言えば、それは一重に、彼がキツネルートに入ろうと奮闘する私の前に繰り返し現れてくれたからだ。本当に、うんざりするほどに何度も現れてくれやがったので、印象深いと言いつつも、半分くらいは恨みだったりもする。

 そんな彼も攻略対象の一人であり、つまりは魔王城でそれなりの……とはいえ咬ませ犬という役柄は雰囲気でもなんでもなく立ち位置そのものなので、そこそこの……地位を持っているわけだ。勿論他の攻略対象に比べると全員に頭を下げなくてはいけない程の低い地位だけれど。それでもやっぱり、一メイドでしかないミーナよりは、余程上にいるわけで。

「今すぐ取り消せ」

 だなんて台詞と共に胸倉を掴まれるなんてことは、まずもってあり得ない、その筈だ。

 っていうかまず、ゲームの中のミーナ、ひいてはここへ来てから過ごした日々のミーナの様子から、こんな彼女もあり得ない、その筈だったのだけれど。

 ねぇ、こめかみに青筋立ってません? 本気で怒ってませんか?

 いえ、私だって、その、言われて腹は立ってますけれど、それでも私が怒る前にそこまでキレられてしまうと、逆にこっちは引いてしまうというか、むしろミーナが怖いと言うか。

 そして、吊り上げられたハイエナがどうしたかと言うと。

「あぁ!? 取り消すワケねーだろ、何言ってんだてめ、」

 だなんて月並みなセリフを吐けたわけでは、勿論なくて。

「すみませんでした、もう言いません、許してください」

 あっさりとそう言って、怒りが一周したミーナに殴られたのだった。



 ちょっと時間を遡って。

 文字を習い始めて一週間が経っていて、もう大体の文字は読めるようになってきていた頃。

 まだつっかえつっかえだけど、やっぱり文字を鍛えるなら武者修行、即ち読書に限るということで、今日も今日とて図書館に向かっていた。ちなみに言えば図書館に行けばフィルシがいることが多くなっていたので、まぁ、その、彼女と話をするというのも、一部目的の内だったりするのだけれど。いや何、どうにも彼女は私に会うのが目的で図書館へ来ているようなので、それなら私が行かないと、彼女に失礼というか。だから、これはもう不可抗力とも言えるわけで。

 ともあれ、図書館は私の部屋からそう遠くないところに有る。広い魔王城だから何を以て遠いとするのか、というのは大事なところかもしれないが、しかしまぁ少なくとも同じフロアに有って、その上建物を移ることが無いのだ。魔王の執務室や城の玄関口、カマキリの実験室とかその辺りに比べると、余程近いと言えるわけである。

 そのため、図書館へ向かう途中でミーナが同僚に捕まる確率はあまり無かった。そして他の魔族とすれ違う機会も、まぁ有るには有るけれど、それでもそう頻繁にってワケじゃなくて。

 だから、向かっている途中で唐突にハイエナが現れた時、物凄く驚いたのだ。

 その上、同じく驚いた様子のあちらが、やけに耳につくあの声を上げたのには、目を丸くするしかなかった。

「っへぇ、てめぇ知ってるぜ!!!」

 いきなりてめぇ呼ばわりたぁご挨拶ですね。と内心思えたわけでもなく、まずハイエナに突然会ったことに頭が固まっていて、そしてそいつがいきなり何かを言ってきたことに耳までキャパオーバーしていた。

「あれだろ、何かちょっと前に助けられたっつう、あー、リスだか、そんなの!」

 知らねぇんじゃねえか。

「は、赤い鱗だって聞いてたからな、何のことか良く分かって無かったけどよぉ、んだァ、そんままじゃねぇか!!」

と。

 それまでフリーズしていた思考は、ここにきてようやく動き出した。

「皆気持ち悪い気持ち悪いっつってるからまさかたぁ思ったがよぉ……うぇえ、顔まで鱗とかタチわりぃなオイ、食欲無くなっちまったぞ」

 そして、動き出した頭が、言葉を捉えて。

 目の前が真っ赤に染まる程、羞恥と怒りを、覚えたのに。

「ッ――――お、お?」

「殺すぞ」

 だなんて、物騒な言葉と共に、あっさりとハイエナの体が吊り上げられて。

 私が何かをする前に、本気で目の据わったミーナが、ブチ切れちゃってくれたのだ。

 そしてさっきのシーンへ戻る。



 殴られてから、一層萎縮した様子のハイエナ。……暴力的なミーナもミーナだけれど、こうも弱いハイエナもハイエナだと思う。

「いや、あの、すんませんっした。ぶっちゃけタイプだったんで、からかっちゃいました。ほら、好きな子いじめたくなるあれっす」

「……はぁ、そうですか」

 そういうの良いんで。嬉しくないので。

 現状、ミーナに謝罪を強制されたハイエナが、けれど何となく本気のトーンで絶賛謝罪中だ。私はと言えばそんな謝罪貰っても困るので、こんなことしている時間が有ったら早く図書館に行きたいのだけれど。けれどまだ怒っている様子のミーナに何かを言うのが怖くて、だから大人しくハイエナの言葉を聞くことしかできない。

「そうなんす、……いや、俺って昔からそうで、ずっと治さなきゃなって思ってたんすけ」

「謝罪しろ謝罪」

「――……あ、いえホント、心にも無いこと、すいませんっした」

「………うん、いや、もう良いんだけどね」

 こう何度も謝られたって反応に困るのだ。そりゃあ、こいつが言ったことは今考えたって腹が立つし、「すんませんっした」で済ませられるかと言えば無理だ。けれど許せないからこそ、こんな風に謝罪されても時間の無駄でしかない。

「その、皆汚いっつってたっていうのも、嘘ですアレ。周り中綺麗だとか言ってるから、気になってたんす。顔まで鱗がちょっとキモいってのは、そりゃ、本音入って――」

「ッ」

「―――っ、た、たわけないですよぉ! 顔ね、顔の鱗とかやっぱ特に可愛いじゃないっすか!!」

「ごめん、ホントそういうの良いから」

 むしろ訂正しない方が好感持てるわ。騙し切るなら嘘でも可愛いって言ってもらった方が良いけれど、ここまで結果が分かっているのに今更露骨に嘘吐かれても、そんなもので喜べるハズも無い。

「い、いやその、でもっ……」

 その後も似たような謝罪が続いて、どんどん私のイライラも溜まっていく。

 何度目かの「すんませんっした」にいい加減面倒になり、遂にハイエナの声を遮ってしまった。

「っ、だから別にどうでも良いっつってんでしょ! そんなに謝りたいなら、私じゃなくて世界とかに謝りなさいよっ、生まれてごめんなさいって!! 悪いけど私、あんたのその中身の無い謝罪聞いててもぐっと来ないわけ、分かる!? 謝られても嬉しくないの!!」

「っ、あ、……あー、えー、ご、ごめ」

「だから良いっつってんでしょ!!! ほら、ミーナも!! 私こういうの要らないから、もうさっさと図書館いこ!!」

 叫んで、歩き出して。

 あぁ、何だかんだ言って、私も怒っている。というか、例え気持ちがどうあれ、女の子の外見を馬鹿にするとかホント、分かって無さすぎだ。冗談であっても、或いは照れ隠しであっても、言われた以上、そこを意識してしまうじゃないか。

 そして、あまり穏やかじゃない気持ちで図書館に着いた、私は。

「……何であんたがいるわけ?」

 折角フィルシ様がいるのに、まず最初に、ミーナの後ろから何を思ったかついて来ていたハイエナに、冷え切った視線を送ったのだった。






「……で、グレイス、お前は上官に会いに行く前に、通りすがった好みの少女を衝動的に罵ったと、そういうことなんだな?」

「いえその、……あ、いえ、その通りですハイ」

「そうかそうか、ふん、それは最近の平和からくるストレスが原因かも知れないな。退屈で仕方ないというわけだ。さて、そんなお前にぴったりな仕事が幾つかあるが、良ければ紹介しようか?」

 淡々と、ハイエナ――グレイスを追い詰めていくイヌワシ。彼女は私に見せている優しい顔でも、またゲーム内でヒロインに見せていた頼もしさと狂気的の二面性でもない顔で、ハイエナの冷や汗を加速させていた。

 それにしても、ハイエナとイヌワシって上司と部下の関係だったのか。しかもハイエナ、フィルシに会いにいく途中だったのかよ。それはとんでもなく悪いタイミングで私達にちょっかいを掛けたな、ざまあみろ、という言葉を贈ろう。

 ちなみに私はと言えば、フィルシがハイエナに構いっきりになってしまった為に、大人しく読書をしている。ハイエナが追い詰められているのは見てて楽しいけれど、残念ながらそれで耐久レースができるかと訊かれたら答えば否だ。そして最近読める文字数が増えて来たので、読書が割りと普通にできるようになってきたのだ。いや、まぁ分からないところはミーナに訊きながら、とかになっているけれど。

 そのミーナはと言えば、始め私と共にハイエナに冷たい視線を贈ろうとして、司書二人に冷たい視線を向けられ、そちらの手伝いへ引っ張られていった。現在、どうにも本の整理をしているらしい。お疲れ様です。

 子供向けの簡単な本をぼうっと読んでいるだけでも、読み方の分からない文字が出てくる。そしてその意味を尋ねようにも、フィルシは絶賛説教中だし、ミーナは働いている途中だ。結局読む事が出来ずに、そのまま飛ばし、飛ばしになって……読めない文字が10を超えたところで、パタン、と本を閉じた。いや、大体の意味は分かるんだけれど、それでも読めないと気が滅入る物で。

 そしてフィルシへと目を向けると、先程絶賛説教中と言ったばかりだけれど、どうにも仕事の話に移っているらしかった。ハイエナも、大して表情は変わっていないけれど、それでも喋っていることはまともで、何だか仕事っぽい。あ、これは彼への精一杯の褒め言葉だから、悪しからず。

「その、だからフィルシさん……様が思ってるようにすいすい動ける部下は、そう多くねぇんですよ。いえね、何が一番大事って、やっぱり実戦経験なんですが、最近は抵抗もしない人間を襲うだとか、そんなしょぼい作戦ばっかりで」

「実戦が大事というのは同意だがな、しかし行動の早さはまたそれとは関係有るまい? 効率的な動きを実戦から弾き出したとして、それは何度も繰り返す内に体が覚えた最適解だ。そして実戦は往々にして、それぞれが個性的である物だ。それなら幾ら実戦経験を積んだとて、結局何も学んでいないのと同じだろう?」

「いや、……いやいや、何も学んでない、は言い過ぎですって。そりゃいつもそんな効率に悪いことばっかりやってたら先は長いしダメっすけど、そうじゃなくて、それぞれの状況下で的確に判断するには、やっぱある程度の実戦経験が有った方が良いっていうか。だってその、他に学ぶとこないじゃないっすか」

 何だろう、どうにも盛り上がっているような。さて、ハイエナは対勇者や先程の私に相対したときのような世紀末キャラの印象が大きいのだが、彼のルートをプレイしているとこういう一面も見れたりするのだ。こういうとこは、割とカッコいいのだけど。

 しばらく会話に耳を傾けていたけれど、フィルシとハイエナは本気で議論しているようで、けれど話題は転々と変わっていく。それが面白くて、何となく議論に入ってみたくて、うずうずしたり。

「いや、本人をやっちまうより、やっぱその家族の方が良いですって! そん時の顔がこう、すげぇ来るっていうか!」

「いいや違う、寧ろ家族は殺さないようにして人質に使えば、簡単に自分で自分を傷付けさせることができるからな――」

 何となく会話がグロくて、入り辛かったり。

「あのコックの料理は美味しいですけどね、ただアイツがデザート作ったら食えたもんじゃないですよ」

「そうか? 私はあのくらいの甘さが丁度良いぞ」

「……その甘党なんとかならないんすか」

 何となくリア充で、辛かったり。

 というか、私がさっきから本も持たずにじっとしているのに、気付いてくれそうな素振りも無いのか。これ話しかけてアピールなんですよ、どうも、是非とも会話に入れてください。いえ、入っていき辛い話題でも精一杯頑張るんで、ほんとどんな話題でも良いから。

 と心の中でどう思おうとも、まぁ自分から声を掛けないから、会話に参加できないのだけど。そうしてじっと静かに耳を澄ます時間が過ぎて行けば行くほど、二人の会話に余計入り辛くなっていって。

 ……あれ、何かこの二人、本格的に仲良くない?

 どこで話の腰を折ればいいのか、分からなくなる程に。

 そして会話が進めば進むほど、口調が砕けていくハイエナに、目元が緩んでいくイヌワシ。

 ……いや、マジか。あ、ううん、攻略対象同士の恋愛は別に良いのだけれど。

 しかし、しかしだしかし。……或いは、上司と部下という関係は、それほどまでに大きな要因となっているのだろうか。まぁ他のキャラクターよりも触れ合う機会は多かっただろうし。それはそうなのだけど、……いや、だからそう、マジか………。

 ミーナが様子を窺いながらそっと戻ってきた時に、何故か悲しくなって、「帰ろっか」と、未だに楽しく話し合う二人を置いて、自室へ戻ったのだった。






「え? ……えぇ、そうですね、フィルシとグレイスは、仲が随分良いと聞きますよ。 いつ頃からだったかは覚えていないですが、少なくとももう10年以上は、親密な関係が続いていると思います」

「10年……」

 その10年が長いのか短いのか、正しい判別が付かなくなってきた辺り、私も魔族のスケールの大きさに毒されてきたと思う。ともあれ10年、なるほど……じゃあ、別に勇者が登場して仕事が増えて、とかそういった、ゲーム関連のイベントでは無いわけだ。しかし勿論ゲーム内でこの二人が親密だ、とかそういう描写は無かった。……つまり、その、この現象は、普通は発生し得ないということだ。攻略対象同士が好き合うなんて、そんな。

 この世界が、ゲームとは大きく異なった世界か、或いは……何らかの、イレギュラーが無い限り。

 そう、つまり、私のような。

 ……そして私がハイエナやイヌワシに与えられる影響といったら、10年前の時点では皆無に等しかったはず。

 それなら。

「ほら、ユリ、手が止まっています」

「……うぅ」

 今良いところだったのに……割りと良い感じのところ考えてたのに……。

 しかし穏やかに強制してくるレヴィラトには逆らえず、結局思考を中断して、文字達に集中し始めることにした。文字の形を繰返しなぞって、読み方を口に出して、頭の中に刷り込ませる様にして。やっぱり慣れの力は凄いのか、段々と文字を覚えるペースが早くなっていっている。というか、正しく線をなぞることに慣れてきたのかも知れない、読みと形を一致させるのに掛かる時間は同じくらいなのだけど、その形を綺麗に書けるようになるまでに掛かる時間が、圧倒的に減ったのだ。

 表を見て、見ながら書いて感覚を掴めば、後は十回も書けば表を見なくても形をある程度辿れるようになる。そうなってしまえばもうこっちの物で、それこそ雑談しながら手を動かしていると、その内レヴィラトから三回連続で合格を貰えるようになる。これを合図に次の文字へ、或いは向きへ移るので、始めの頃に比べて時間が大幅に減ったというわけだ。あ、ちなみに復習時間も取る上に、一度に大量に覚えても忘れる可能性が有るから、と文字数自体は毎日一緒なので、要は雑談時間が多いか少ないかというところに違いが出るわけである。

 そしてこの日は、一度集中し切って書いて、そうしてその日のノルマをクリアして。

 それから雑談時間に入って、ミーナが楽しそうにソファの一端に腰を下ろした時点で、思考が再開した。

 だからつまり、ハイエナとイヌワシに、ゲームでは見られなかった関係性が見られるのは、何かのイレギュラーな要因が関わっているのでは、ということで。そう、例えば私のような、転生者という、イレギュラー。けれど10年前に私がフィルシやグレイスに会えるわけもなく、そうなると、私では要因として力弱いだろう。

 そうすると、1つ、とある可能性が出てくる。

「ねぇ、ミーナ。ちょっと訊いても良い?」

「ん?」

 言葉を選びながら、なるべく慎重に、ばれないように目を光らせて。

「ミーナ、フィルシ様達のことで、何か詳しい話とか知らないかな?」

 好奇心を押し隠して尋ねてます、という風を装ってそう言うと、ミーナは目を一度瞬かせて、それからにや、と得意げに微笑んだ。

「ふふ……良いよ、あの二人が仲良くなった切っ掛け、教えてあげる」

 どうして知ってるの、と訊くことはしなかったけれど。

 何となく、じわりと、私の中の疑念が大きくなったのを感じた。

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