第12話 帰還石を置いて
朝になっても、手の中の感覚は消えていなかった。
ファステは女性用寝室にいる。
レオナは共用区画にいる。
壁を挟んで姿が見えなくても、《帰還石》を持つ2人がどこにいるのか、おおよその方向と距離が分かる。
昨日までは、誰かが外へ出るたびに入口の向こうを気にするしかなかった。帰りが遅くなれば、待つことしかできなかった。
今は違う。
見失わない。危険があれば分かる。必要なら、戻れと伝えられる。
俺は新しく手に入れた感覚を確かめながら、共用区画へ向かった。
床には、昨日の街道図が広げられていた。ファステ、レオナ、セリアの3人が、その周囲に座っている。
「この轍を見つけたのは、ここです」
ファステが地図の一点を指さす。第2接続地点として使っている炭焼き小屋から、街道を東へ進んだ場所だ。
「街道そのものではなく、脇へ外れた道だったんだな?」
「はい。草に隠れていて、近くまで行かないと分からない道でした」
「荷車が何度も通っている」
レオナが地図へ細い線を引いた。
「最近作られた道ではない。表の街道を避けて、以前から荷を運んでいる」
「荷じゃないかもしれない」
ファステの声が硬くなる。
「あの黒と赤の紐は、人を運ぶ馬車につけられていました。追手が話しているのを聞いたことがあります。町へ運ぶ人と、別の場所へ送る人を紐の色で分けるって」
「人買いの移送路か」
セリアが地図を見つめる。
「轍はどちらへ続いていた?」
「森の外です。煙が見えた方向に近いと思います」
「町へ続いているとは限らない」
レオナが言った。
「途中で別の街道へ合流している可能性もある。宿駅へ戻っているだけかもしれない」
俺は地図へ視線を落とした。追手の拠点は街道沿いの宿駅にある。遠くには、人が暮らしているらしい煙も見えている。
だが、その町が安全だという保証はない。人買いが長くこの道を使っているなら、宿駅だけで動いているとは考えにくかった。
「なら、近づかないほうがいい」
俺が言うと、ファステが顔を上げた。
「でも、どこへ続いているのか調べないと」
「セリアに調べてもらえばいい。ファステが行く必要はない」
「私なら、追手が使う印や言葉を知っています」
「それでも危険だ」
昨日も、ファステが強い恐怖を感じたことが《帰還石》を通して伝わってきた。結果的には無事だった。レオナも一緒にいた。
それでも、帰還予定を過ぎても戻らなかった時間がなくなるわけではない。
「人買いを倒しに行くつもりなのか?」
「違います」
ファステは首を横へ振った。
「私たちだけで倒せるとは思っていません。町へ入って助けを求めればいいとも思っていません」
「どうしてだ?」
「町の誰が人買いとつながっているか、分からないからです」
ファステは地図上の町へ直接触れず、その周囲を指でなぞった。
「まず外から調べます。轍がどこへ続いているのか。宿駅と町がどうつながっているのか。人買いの力が、どこまで届いているのか」
「危険だと分かったら?」
「町には入りません。別の道を探します」
「別の道って、どこへ行くんだ」
「まだ分かりません」
あまりに頼りない答えだった。
行き先も決まっていない。安全な場所があるかも分からない。
ここにいれば、少なくとも水と食料がある。傷を治せるアクアリアがいる。外へ出るときはセリアやレオナが護衛できる。寝床も浴室もある。
ファステが危険な町へ近づく理由はなかった。
「ここにいればいい」
俺の言葉に、ファステが黙る。
「追手が諦めるまで外へ出なくてもいい。必要な情報は、ほかの誰かに調べてもらえる」
「ずっと?」
「ずっととは言ってない。安全になるまでだ」
「いつ安全になったかは、誰が決めるの?」
「それは……」
追手がいなくなったと確認できたときだ。人買いの拠点がなくなったとき。ファステが捕まる可能性がなくなったとき。
そう答えようとして、そのどれも今すぐには実現できないことに気づいた。
「少なくとも、《帰還石》があれば、外へ出ても前より安全だ」
俺は話を変えた。
「何かあっても、俺にはファステの場所が分かる。危険なら戻れと伝えられる。入口を開く前に、危険の反応が続いていないかも確認できる」
昨日は、それで2人を無事に戻せた。俺が居場所を知っていたから、入口を開くタイミングを選べた。帰還命令を送ったから、2人は轍を追うのをやめた。
「だから、無理に遠くまで行く必要はない。炭焼き小屋の近くを調べるだけでいい」
「近くって、どこまで?」
「何かあっても、すぐ戻れる範囲だ」
「それは、どこまで?」
ファステが同じ質問を繰り返す。
具体的に決めていなかった。だが、決めておいたほうがいい。
森の中では距離が分かりにくい。調査へ夢中になれば、本人たちも接続地点からどれだけ離れたか分からなくなる。
外へ出る2人が、炭焼き小屋から一定以上離れたら、俺に伝わるようにする。越えたことが分かれば、その時点で戻れと伝えられる。
それなら、知らないうちに危険な場所へ入り込むことも防げる。
そう考えた瞬間、胸の奥で《淫獄》が動いた。
「朝斗?」
ファステが首元を押さえた。
同時に、レオナの腰袋からも淡い赤色の光が漏れた。
2人が《帰還石》を取り出す。石に浮かんだ赤い線が、それぞれの縁に沿って一周していた。
俺の中にも新しい感覚が生まれる。
第2接続地点を中心とした、見えない円。ファステかレオナがその円を越えれば、俺にはすぐ分かる。
「何をしたの?」
「炭焼き小屋から遠く離れたら、分かるようにできないかと思った」
「どのくらい離れたら?」
感覚を探る。範囲は俺の意思で狭くも広くもできそうだった。
「今は、昨日轍を見つけた場所より少し手前までにしてある」
「その先へ行ったら?」
「俺に分かる」
「それだけ?」
「危険なら戻れと伝える」
ファステは、石の縁を囲む赤い線を見つめている。
「出るなとは言ってない。越えたら分かるようにするだけだ」
「その境界を決めたのは、朝斗だよね」
「安全のためだ」
「どこからが危険なのかを決めるのも、朝斗なの?」
「昨日、実際に危険なことがあっただろ」
「だから、私たちは戻ると決めた」
「俺が戻れと伝えたからだ」
「違う」
ファステの声が、はっきりと俺の言葉を遮った。
「レオナに聞かれて、私が決めたの。道は覚えたから、今は戻ろうって」
「結果は同じだ」
「同じじゃない」
ファステが《帰還石》を握る。
「朝斗が戻れと言ったから帰るのと、私が帰ると決めるのは、同じじゃない」
何が違うのか、分からなかった。危険な場所から無事に帰ってくる。結果が同じなら、それでいいはずだ。
「俺は、ファステを閉じ込めたいわけじゃない」
「分かってる」
「追手に捕まってほしくないだけだ」
「それも分かってる」
「なら――」
「分かってるから、困るの」
ファステは怒っていなかった。責めるような声でもない。だから余計に、次の言葉が出なかった。
「私は、ここが嫌いになったわけじゃない」
ファステが周囲を見渡す。
何もなかった灰色の空間には、今は壁がある。寝室がある。厨房からは、ミラが朝食を作る音が聞こえてくる。栽培区画では、エルネが育てた豆の葉が、作られた朝の光を受けている。
「朝斗に助けてもらいました。アクアリアに傷を治してもらって、ミラの料理を食べて、ちゃんと眠れるようになった。前より歩けるし、自分で考えられるようになった」
「だったら、ここに――」
「だからです」
ファステは小さく息を吸った。
「ここが安全だったから、もう逃げることだけを考えなくてよくなった」
握っていた《帰還石》を、ゆっくりと首元へ戻す。小袋へしまうのではない。紐を首から外した。
「ここは私の逃げ場所でした」
赤い線の浮かんだ石が、ファステの手の中で揺れる。
「でも、ずっと逃げているための場所にはしたくない」
「外へ出るのか」
「はい」
「どこへ行くかも決まってないのに?」
「だから、調べます」
「町が人買いとつながっていたら?」
「町には入りません」
「ほかの道も危険だったら?」
「もっと遠くへ行きます」
「1人で?」
ファステは答えなかった。答えられないのだと思った。
「1人では行かせられない」
「なら、私が行く」
レオナが言った。
「レオナ?」
「町の周辺を調べるなら、護衛が必要だ。人買いとつながっていない相手を探すにも、交渉できる者がいたほうがいい」
「レオナまで出ていく必要はない」
「私にはある」
レオナは地図を巻き取った。
「ここで待っていても、私のいた場所へ戻る手掛かりは増えない。この土地の地理も、国も、街道も、私の知っているものとは違う」
「俺たちも帰る方法は探す」
「お前が《淫獄》の中で探している間に、私は外を調べる」
「危険だ」
「私はそのためにいる」
レオナの答えに迷いはなかった。
「ファステはこの土地を知っている。私は道と護衛を知っている。2人なら、1人ずつ動くより生き残れる」
「でも、ファステについていく必要はないだろ」
レオナが俺を見る。
「私が守ると決めた相手を、道の途中で放り出す気はない」
その言葉に、レオナが召喚されたときの姿を思い出した。傷だらけになりながら、最後尾に残っていた。自分が戦い続けることで、隊商の生存者を逃がそうとしていた。
レオナは、誰かに命じられたから最後尾へ残ったのではない。自分で決めたのだ。
「ファステは私の案内役だ。私はファステの護衛になる。どちらが上でも下でもない」
ファステがレオナを見る。
「本当に、一緒に来てくれるの?」
「お前が途中で無茶をしなければな」
「しません」
「昨日は轍を見つけて、予定より遅れた」
「……気をつけます」
「なら、決まりだ」
俺以外のところで、話が進んでいく。
「石は持っていけ」
俺は言った。
「それがあれば、2人がどこにいるか分かる。危険なときは入口を――」
「それを持ったままでは行けません」
ファステが俺の前まで来た。
「どうして」
「どこまで行っても、朝斗に見られているから」
「見てるわけじゃない。方角と距離が分かるだけだ」
「私が境界を越えたら分かる。朝斗が戻れと言えば、石が鳴り続ける」
「拒否できる」
「拒否しても、朝斗には私が戻らなかったと分かる」
「それは……」
「これを持って出ても、自分で出ていったことにならない気がする」
ファステが俺の手を取った。開かれた手のひらへ、黒灰色の石が置かれる。
「これは、戻るための石だった」
まだ赤い線が浮かんでいる。俺には、目の前にいるファステの位置がはっきりと分かる。
「でも、持っているかぎり、どこへ行っても朝斗に見られている」
「それがあれば助けられる」
「助けてほしいときは、私が助けを求めます」
「その声が届かなかったら?」
「届く場所を探します」
「間に合わなかったら?」
「それでも、私が選びます」
ファステの手が離れる。石は俺の手に残った。
「住民登録も、解除したいです」
ファステの名前を意識する。
『登録住民:ファステ・フェルン』
『状態:滞在中』
表示はそれだけだった。
「登録は残しておけばいい。外で暮らすことと、登録は別だろ」
「登録が残っていたら、この石を作り直せる?」
答えられなかった。できる気がした。
「ファステ」
「私は、《淫獄》の住民ではなくなります」
ファステは俺ではなく、何もない空間へ向けて告げた。
「ここから出て、自分で行く場所を決めます」
表示が揺らいだ。
『登録住民ファステ・フェルンの離脱意思を確認しました』
「待て」
声を上げても、表示は消えない。解除を取り消す項目はない。許可するかどうかも聞かれない。
『住民登録を解除しました』
手の中の石から、赤い線が消えた。同時に、ファステがいる方向を示していた感覚が途切れる。
目の前にいる。手を伸ばせば届く場所にいる。それなのに、どこにいるのか分からなくなった。
「俺が許可してない」
思わず、言葉が漏れた。
ファステの表情が曇る。自分の声を聞いて、ようやく何を言ったのか理解した。
住民登録によって、人格や記憶は変わらない。忠誠も、好意も、服従も与えられない。行動は本人の自由意思に基づく。
最初に表示された内容だ。
俺が許可しなければ出ていけないなら、自由意思とは呼べない。
「……悪い」
石を握る。
「止める権利は、俺にはないんだな」
「止めないでくれるの?」
「危険だと思ってる。それは変わらない」
それでも、ファステを捕まえておくことはできない。
「でも、入口は開ける」
「ありがとう」
ファステが笑った。初めて《淫獄石》が生まれたときに見た笑顔とは違う。寂しさを残しながら、それでも自分で決めた人間の顔だった。
胸の奥が動く。しかし、《淫獄石》は生まれない。今あるのは、性的欲望ではなかった。
「私も解除する」
レオナが腰袋から《帰還石》を取り出した。
「レオナまで?」
「位置を知られたまま調査するつもりはない」
「帰る方法が見つかったとき、連絡できなくなる」
「そのときは、私がここへ戻る」
「戻れなくなったら?」
「その危険も含めて、私が選ぶ」
レオナは俺の手にある石の隣へ、自分の石を置いた。ファステの石は、俺の手を取って返された。レオナは何も言わず、ただ置いた。
「私はお前に召喚された。それは変わらない」
レオナが言う。
「だが、召喚されたあとの道まで、お前に決められたつもりはない」
「レオナ・グラーデは、《淫獄》の住民ではなくなる」
『召喚住民レオナ・グラーデの離脱意思を確認しました』
『住民登録を解除しました』
2つ目の石から、色が消える。レオナの位置を示していた感覚も失われた。
レオナを召喚した事実まで消えたのか。
そう思って、通常《住民召喚》の表示を開く。
『通常《住民召喚》実行回数:6回』
『7回目通常《住民召喚》』
『必要《淫獄石》:10,000個』
『所持《淫獄石》:0個』
召喚そのものが取り消されたわけではない。2人が去っても、必要数は変わらない。
◇
朝食のあと、出発の準備が始まった。
誰も2人を止めなかった。誰も、簡単に送り出そうともしなかった。
レオナが召喚時から持っていた革製の水袋へ、アクアリアが水を満たす。
「無理に急がないでください。傷を負った場合は、傷口を清潔にしてください。薬草だけに頼らず、安全な場所で休むこと」
「分かった」
「ファステさんもです」
「はい」
ミラは、干していた魔獣肉を薄く切り、食べられる根と木の実を布へ包んでいた。
「肉は少しずつ食べな。根は火を通せるときだけ使うんだよ。煙が見つかりそうなら、木の実で我慢すること」
「ありがとう、ミラ」
「礼は戻ってから言いな」
ファステは返事をしなかった。ミラも、戻ると約束しろとは言わなかった。
リディアは、レオナの背負い袋を調べている。
「ここの縫い目が弱い。重い物を入れたら途中で切れるわ」
「直せるか?」
「そのために見てるのよ」
革紐を追加し、肩へ当たる部分へ布を巻く。ファステの小袋にも、外れかけていた留め具をつけ直した。
「設計した部屋を使う人が減るのは、気分がよくないわね」
「ごめんなさい」
「謝らないで。戻りたくなるような部屋にしておくから」
エルネは、乾燥させた薬草を布へ包んだ。
「こちらは傷へ。こちらは煮出して飲んでください。ただし、量を間違えると身体が冷えます」
「見分け方は?」
「紐の結び方を変えます。1つ結びが傷用、2つ結びが煮出すものです」
セリアは新しい地図を床へ広げた。
「昨日の轍へ直接戻るな。追手が印を見つけて待っている可能性がある」
炭焼き小屋から南へ回り込み、途中で高所へ出る道を書き込む。
「ここからなら、街道と脇道を遠くから確認できる。人がいたら森へ戻れ」
「セリアは来ないの?」
「私はこちらに残る。接続地点の周囲が手薄になる」
セリアがレオナを見る。
「外は任せる」
「ああ」
すべての準備が終わるころには、作られた昼の光が天井を満たしていた。
俺は2つの石を持ったまま、第2接続地点を開く。炭焼き小屋の暗い室内が現れた。
レオナが先に外へ出て、周囲を確認する。
「問題ない」
ファステが入口の前で振り返った。
「朝斗」
「何だ?」
「助けてくれて、ありがとうございました」
「過去のことみたいに言うな」
「助けてもらったことは、出ていっても消えません」
「戻りたくなったら、炭焼き小屋へ来てくれ。入口を開く。登録がなくても、中へ入れるようにする」
「帰るとは約束できません」
「分かってる」
「でも、また会いに来るかもしれません」
「それでいい」
ファステは入口を越えた。
外では、レオナが街道とは反対の森へ目を向けている。
「ファステ」
「はい」
「先に周囲を見ろ。昨日の足跡が残っているかもしれない」
「分かりました」
ファステが地面と木々を確認する。レオナはその間、背後を守っている。
ファステが案内役で、レオナが護衛役。俺が決めた役割ではない。2人が自分たちで決めた関係だ。
「行きます」
ファステが言った。
「ああ」
「今度は、私が自分で戻ると決めたときに来ます」
返事をする前に、ファステは前を向いた。
レオナが俺へ一度だけ視線を向ける。
「ファステは私が守る」
「頼む」
「頼まれたからではない」
「……分かってる」
レオナはファステのあとを追った。
2人が炭焼き小屋から離れていく。昨日なら、目を閉じても方角が分かった。どれだけ離れたかも感じ取れた。
今は、入口越しに見える姿しかない。木々の間へ入れば、もう分からなくなる。
俺は入口を閉じた。灰色の壁が、外の景色を消す。
手の中には、黒灰色の石が2つ残っていた。どちらにも色線はない。握っても、何の反応も返さない。
もう誰にもつながっていない。
◇
女性用寝室には、空いた寝床があった。ファステが使っていた場所だ。
荷物はほとんど残っていない。寝具だけが整えられ、次に使う者を待っているように見える。
レオナは個室を求めなかった。滞在していた時間も短い。それでも、共用区画の壁には、レオナが書き加えた街道の印が残っている。
役割表を見る。
ファステ・フェルン。外界知識、記録、案内。
名前へ触れると、文字が薄れて消えた。
次に、レオナ・グラーデの名前が消える。
護衛。街道判断。交渉。撤退判断。
必要だった役割が、まとめて空いた。
共用区画には、アクアリア、ミラ、リディア、セリア、エルネがいる。5人も残っている。
水もある。食料も育っている。外を調べられるセリアもいる。
ファステとレオナがいなくても、すぐに困るわけではない。
それでも、昨日までより《淫獄》が広く感じた。
「朝斗さん」
アクアリアが俺を見る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
2人を追い出したわけではない。俺は入口を開いた。旅に必要な物も渡した。本人たちが望んだから送り出しただけだ。
「俺は、2人の意思を尊重した」
「はい」
「止めようと思えば、入口を開かないこともできた」
アクアリアは何も答えない。
「でも、しなかった」
「はい」
「だから、俺は間違ってない」
誰へ言っているのか、自分でも分からなかった。
手の中の石を机へ置く。軽い音が2つ続いた。
空いた寝床がある。空いた役割がある。
外界の知識を持つ者が必要だ。護衛も、交渉役も足りない。
なら、その場所へ入る誰かを呼べばいい。
ファステやレオナの代わりではない。同じ人格も、同じ記憶も、同じ関係も手に入らない。それは分かっている。
それでも、減った人数は増やせる。空いた役割は埋められる。
次に現れるのも、独立した意思を持つ成人女性だ。
どんな姿で、どんな能力を持ち、何を望んで俺の前に立つのか。
結果を見たい。新しい住民を呼びたい。
胸の奥に、召喚への欲求が生まれる。
だが、それだけだった。
目の前にいる女性たちを見ても、今は別れの重さが残っている。欲求は、性的な熱へ結びつかない。
《淫獄》も応えなかった。
表示を開く。
『7回目通常《住民召喚》』
『必要《淫獄石》:10,000個』
『所持《淫獄石》:0個』
数字は増えていない。
俺は、誰にもつながっていない2つの《帰還石》を見た。
そして、空いた寝床を見た。
次の誰かを呼べばいい。
10,000個なら、もう1度貯められる。
そう考えることで、俺は2人がいなくなった空間から目をそらした。




