来訪
「ああリオ、今日こっちいいからさ、しばらくの間客人の相手してくれよ」
朝起きて、いつも通り村の動物の世話へ向かおうとしたら、向かいの家のじじいに止められた。
「客人?なんなのそれ」
行商が来ることはそれなりにあるが、どうもそれとは態度が違う。商売でもなければこんな辺鄙な土地に人が来ることなんてないのだが。
「なんか旅人だっていう別嬪さんがこの村に来ててな。しばらく滞在するっていうから村長が空き小屋貸したんだ」
「え、なんだそりゃ。なんで断んないのそんな面倒くさそうなの」
閑静な村だが、別に暇なわけじゃない。そんなどこの誰ともわからない奴を受け入れる義理なんてないだろうに……
「それがいい金になんだよ…………これくらい」
「嘘だろ!?」
前言撤回。村にとって貴重な実入りだ、そりゃあ厚遇もするだろうな。
「わかったやるよ。あ、チョメ達の世話は……」
「やっとくよ。そっちに集中してくれていいから」
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「なるほど、それであなたが付いていてくださると」
目を伏せ、微笑みながら向き合う客人。
じじいの別嬪さんという表現に違わぬ長身の美人で、目になにか掛けている。現物は初めて見るが、眼鏡とかって奴か?
生活に余裕のありそうな雰囲気は確かにあるが、一人旅をするような人間にも見えない。一体何者なんだろうか。
「お名前をお聞かせくださいますか?」
「人に名前を聞く時は、先に自分が名乗るもんじゃないの」
「これは失礼しました。私はで……いや、えーっと…………」
突然言い澱んだ。名乗ることに不都合でもあるのか?
「一号……いちご…………とち?そうですね、ひとまずアイカと名乗らせていただきましょう」
考え込んだ末にそう名乗った客人。果たして突っ込んでいいものだろうか。既にいろいろ怪しすぎる。
「俺はリオ。なあ、なんでこんな辺境のちっさい村まで来たんだ?見た感じ商人でもないんだろ」
早速気になっていたことを聞いてみる。女が一人で来れるほど安全な立地ではない村に、何故来たのか。
「仕ご……じゃない、趣味で…………神話の収集を行っていまして。噂によれば、この村にはいらっしゃるのでしょう?神の使いというのが」
「…………!」
なんていうタイミングだろうか。
あの一件以来その伝承のことが頭から離れない俺に、この役割が回ってくるなんて。
「……変な趣味だな。なんでまた」
「そうですねー、明確に国教が定められているこちらの国でこうした土着の神の話が残っているのが珍しい……というのもありますが」
「なにより、天上より使者を招くというくだりが非常に興味深い」
興味深いと言いながら、少しも嬉しくなさそうな影の差した表情で言うアイカ。
…………やはり怪しい。
「お気持ちはわかります。どこの馬の骨とも知れない女ですから、それは怪しんで当然でしょう」
怪訝な気持ちが顔に出ていたのか、アイカは再び微笑みながら頷く。
「とはいえ少し話過ぎました。こういった経験は初めてなのでどうにも…………今の話は忘れなくて構いませんが、できれば他言しないでいただけるとありがたいです」
「………………まあ、お金貰ってる以上言うことは聞くけどさ」
何故他言してはならないのか。疑問は絶えず生まれるが、不利益を与えて報酬に響いたりしたら困る。ここは呑み込もう。
「じゃあ話変えるけど、こんな何もない小屋でいいのか?宿とかないし他に手はないけどさ」
これ以上怪しげな発言を聞かされて秘密を抱えることになると面倒だと思い、話の流れを変える。
村長がアイカを案内したのは製粉のための水車小屋。人一人がくつろげるだけの空間はあるためここを滞在場所として用意したらしいが、当然元の用途とは違う。空間があるだけ、といった感じだ。
「余所者ですのでこれで十分だとは思っていますが。あなたを寄越してくださるまでしていただいてますし」
「文句ないならいいが…………なんか入用なら言ってくれよ。用意できる範囲で見繕うから」
「自前の用意があるのでしばらくは………………それよりも」
「それよりも?」
微笑んだ表情は変わらないが、どうも嫌な予感がする。
「偏見の少なそうなあなたの口から、この村の伝承についてお聞きしたいものです。私の耳には、断片的な情報しか入っていませんでしたから」
…………せっかく話の流れを変えようとしたのに、結局こうなるのか。




