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ゼブル村に差す夏影  作者: 茄伊かいん


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1/3

邂逅

 その山村は異質であった。


 辺境の地の、さらに奥深くの小さな村。外界との繋がりこそあるが、ほとんどの物事が村の中で完結していく。



 その山村は異質であった。


 とある貴族に治められし、れっきとした領地の一部である筈なのに、まるで陸の孤島が如き孤立を望み、それが実現している。



 その山村は異質であった。


 唯一の創造主たる存在を崇める国教が広まる国にあって、土着の神が未だ祀られている。


 そして天上よりその神の使者を招き崇めることで、あらゆる厄はその地へ入ることを拒むようになるのだという。



 その山村は──────────











「…………迷っちゃったよ」


 周囲を見渡すと、特別に地理的特徴もなくただひたすらに木々が生い茂っている。


 逃げ出した犬を追いかけて普段は入るなと言われているこの森へ足を踏み入れ、無事見つけたはいいもののこの始末だ。


 ここら一体は比較的傾斜も緩く、さしたる苦もなく歩み続けられてしまうのがよくなかった。この事態の原因である犬野郎を抱きかかえながら、惰性で歩みを進める。


「どうしようか……ほら、お前のせいだぞ、なんか知恵絞れよ」


 つい、そんな出来もしないことを言ってしまう。そもそもこいつは俺の言うことを聞かない。だからこんなことになっているのだ。


 こんな時お貴族様なら魔法で空を飛んで戻れるんだろうけど、俺に限らずこの村にそんな芸当ができる奴なんていない。…………いや、村長なら可能かもしれないけど。


 ほとんどの村人が立ち入り禁止であるこの森に入ってしまった以上、村の皆が俺の失踪に気付いても助けに来てはもらえないだろう。自力で帰ることができれば、まだ誤魔化すこともできるかもしれないが……



 そんなことを考えていると、どこからかせせらぎが耳に入るようになってきた。村の近辺の水場は大体把握している。目印さえあれば戻る算段はつけられる。そうなればこちらのものだと意気揚々と走り出した先に見えたのは…………





「神殿?」


 閑静なこの村には似つかわしくない外観の建物。川に沿う形で建つそれは、単語として学ぶのみの神殿のイメージと完全一致した物だった。



 

 この森に立ち入ることが禁じられているのは、神の使いが住まう土地であるからなのだという。


 使者たる存在がこの森奥深くで歓待され、この地を見守るからこそこの村は外からの干渉を受けず、平穏に暮らしていける。


 そんな大切な地に穢れを持ち込まないために、この森に入ることができるのはごく限られた人間のみ。目の前の神殿を見て、村人なら全員知っているこの話が思い出された。



「…………やばいとこまで来ちゃった」

 

 バレたら叱られるどころでは済まないだろう。前例があるわけではないが、村八分とかされかねない。慌てて踵を返そうとしたところで。


「あっ、おいチョメ!」


 それまで腕の中で大人しくしていた犬が急に走り出し、神殿の方へ駆けていった。まったくこの犬野郎は、面倒に面倒を重ねやがって…………!そう、眉間に皺を寄せた俺の目に映ったのは………………



「………………え?」


 

 神殿の中で犬を抱き寄せようとする、少女の姿だった。

 







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■





「えーっと…………君は一体?」

「………………」


 困惑したまま目の前の彼女に問いかける。向こうもこちらに気づいた瞬間困惑を浮かべ、すぐさま警戒心をあらわにした表情を見せた。


 抱いた犬を撫でながら無言を貫く。犬を愛でる様子は表情と裏腹に和やかで、どうにも締まらない。



 少女は俺と同世代に見える背格好だが、馴染みのない妙な服を着ている。閉鎖的な村なため村人の顔は全員把握しているが、見たことのない顔立ちだ。


 ………………ちょっと可愛いかも。


「ここ立ち入り禁止って話なはずなんだが…………なんでこんなところにいるんだ?」


 人のことは言えないような質問を投げかけても返答はなく、無言で首を傾げるばかり。もしかして、会話の意味が分かっていない?


「まさか話通じてないんじゃないだろうな?」

「………………」



 この質問にも無言。どうやら、思ったとおりらしい。神の使いが住む立ち入り禁止の森に口のきけない少女。いったい何がどうなっているんだか………………



「……っていうかチョメ、いつまで撫でられてるんだよ。戻って来いよ」


 目の前の疑問に気を取られ忘れかけていた犬に呼びかける。俺の言うことは聞かないくせになにを見ず知らずの奴に懐いているんだ?


「あー……とりあえずチョメ返してくんない?」


 通じないだろうと思いつつそう呟くと、彼女は犬を指差し、


「…………チョメ?」


 そう、確かに発声した。


「えっ?ああ、そうそいつ、チョメ。そいつをこっちに返してほしいんだけど」


 声は出せたのか。その驚きを抑えつつ俺の方に向けて手招きしてそう言うと、彼女は犬を降ろし、こちらへ行くよう促してくれた。やはり彼女には懐いているのか素直に動く。


「まったくお前、何回迷惑をかければ気が済むんだよ…………おーいそこの人、ありがとうな」

「…………」


 また無言だ。本当に声が出せるだけで言葉は通じていないのか。通じていないなりに意図は汲もうとしてくれているみたいだけど。



「えっと……じゃあ俺帰るから…………」


 犬を連れ戻せればここに残る理由もない。村へ戻る算段も付いたし、疑問は尽きないが再び踵を返そうと振り返りきる直前、



「…………リツコ」


 彼女は自分自身を指差し、そう呟いた。


「もしかして、名前か?」


 そう思い当たって、彼女を指差しリツコと呼んでみる。


 それを聞くと彼女は泣きそうな笑顔で頷いた。何がそんなに嬉しいのかはさっぱりわからない。だが顔を合わせた時の警戒心を思うと悪い気はしない。


 こうなってはこちらが名乗らないのは失礼だろうと、俺も自分を指差し、




「リオ」


「俺、リオっていうんだ。また会うか知らないけど、よろしく」

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