第三章 「巴図魯殿、我等にかく語りし」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
そんな具合に、講演会を巡って家庭内では色々あった訳だけよ。
だけど、市民講演会自体は文句なしの大成功を収めたんだ。
合計二千人を収容出来るフェニーチェ堺の大ホールの壇上でスポットライトを浴びながら持論を展開出来た時は、「ついに私もここまで来たか…」って具合に感慨深かったね。
「皆様、こんにちは。先程ご紹介に与りました、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局所属の特命遊撃士の吹田千里少佐であります。私はこの度、中華王朝の愛新覚羅麗蘭第一王女殿下より巴図魯の官位を頂きました。日本人で初の巴図魯という栄誉ある立場となりました事、誠に光栄で御座います。」
私の立つ壇上には豪華な金屏風が広げられ、左右には中華王朝の黄龍旗と日本の日の丸という二カ国の国旗が掲げられていた。
要するに私は「日本に現れた中華王朝の要人」という立場だって事だね。
だからこそ決して失敗は許されない。
私は改めて気を引き締め、論旨を展開していったんだ。
「今でこそ、こうして五体満足の姿を皆様に御覧頂いている私ではありますが、これはあくまでも人類防衛機構の誇る高度な再生医療技術と国民の皆様方の血税によって再構成された賜物なのです。大尉階級の特命遊撃士だった頃、黙示協議会アポカリプス掃討作戦に参加していた私は高性能衝撃集中爆弾の直撃により瀕死の重傷を負ってしまいました。」
ここから先の発言内容には気をつけなければならなかったね。
何しろ下半身の圧壊や左目の損傷はショッキング過ぎるし、せっかくの講演会なのに内容が入ってこなくなるじゃない。
「余りに刺激が強過ぎますので具体的な負傷の詳細につきましてはこの場では割愛させて頂きます。至近距離での爆発からレーザーライフルを身を挺して庇った所を地上数十メートルの高さから地面に叩きつけられ、それから瓦礫に押し潰された。ここまで申し上げたなら、大体の被害状況は類推出来るかと存じ上げます。」
だから可能な限りオブラートに包んだんだけど、それでも客席のアチコチからは息を呑む音が聞こえてくるよ。
だけど、これなら手頃なインパクトを与えられたと言えるだろうね。
何故なら来場者の受けた衝撃はこれから私が話したい事とも関連している訳だし、注意を引き付けるには申し分なしだよ。
「目下の敵であるアポカリプス幹部の狙撃には成功したものの、それから私は2年半もの間を昏睡状態で過ごす事となったのです。最後に記憶にあるのは中1の夏で、目覚めた時は中学卒業間際の3月。しかも損傷著しい私の身体は、ありとあらゆる所にメスが入っていたのです。この左目もまた例外ではなく、今は生体義眼により機能を回復させています。」
この時にはもう、どよめきすら響かなかった。
客席は水を打ったように静まり返っていたの。
そしてこの時こそ、一番伝えたかった持論を主張する時だよ。
「大切な戦友にも可愛い後進たちにも、そして何より無辜の民間人にも、私と同じような目には遭って欲しくありません。その為には前線での戦闘という戦術面での対応は勿論ですが、より高次の領域である戦略的な対応へも目を向ける事が大切であるとの発想に至りました。より具体的に申しますと、国家や組織を繋ぐ高次の相互安全保障体制の組織網の緊密化が挙げられるでしょう。」
特定の何かを決して蔑ろにする事のないように細心の注意を払いながら、マイクに向かい主張を展開する私。
周囲の状況を的確に把握し、目的に目掛けて有効打を放つ。
それはある意味では、特命遊撃士として普段から遂行している狙撃任務と同じ事だね。
今のターゲットは来場者や視聴者の支持率であり、それをレーザーライフルではなくマイクによる弁論で射抜くんだ。
そのように解釈したら、全てがストンッと腑に落ちたよ。
「影武者任務の達成によるEMプロジェクトの成功が功績として評価され、私は中華王朝の準貴族である巴図魯という高貴な地位に就く事が出来ました。この富貴な地位への栄達を成し遂げた私だからこそ出来る事は何か。それは日中友好の深化と両国の安全保障体制の緊密化への貢献であり、それが公安職としての平和維持や最大多数の最大幸福に繋がるとの結論に至りました。孫子の『兵法』には『上兵は謀を伐つ、その次は交を伐つ』という言葉があり、敵の陰謀を未然に潰したり敵を孤立させて干上がらせたりといった実戦に至る前の段階での対処の大切さを説いていましたが、これはそのまま今日の安全保障に通じる理念で御座います。」
イギリスの哲学者であるジェレミー・ベンサムが提唱した功利主義に、孫子の「兵法」。
これらの知の結晶に言及していると、名だたる偉人達が私を後押ししてくれているような感覚になってくるね。
それは実に心強くて、尚且つ頼もしい事だったよ。
「日中両国に人類防衛機構。この三者の連携により、不穏分子の成立する土壌を干上がらせ、尚且つ有事に対する早期発見と早期対応による被害の最小化を成し遂げる。それは市民生活の安全は勿論ですが、平和維持の最前線で活動する公安職全体の安全にも繋がるのです。」
かくして私の伝えたかった事は思う存分にマイクに話す事が出来た訳で、後は美しく締め括るだけだよ。
昔から「終わり良ければ全て良し」って言うじゃない。
「この大目的に何時の日か携わる事が出来ますよう、これからも尽力していく所存で御座います。日本人で初の巴図魯としても、そして人類防衛機構の特命遊撃士としても。御清聴、誠に感謝致します。」
そう言って壇上で拱手礼を示す私に、割れんばかりの拍手とカメラのフラッシュが殺到したんだ。
それを浴びる私の胸中にあるのは、やるべき事を成したという達成感と心地良い晴れがましさだけだったよ。
「有り難う御座います、吹田千里少佐!日本人で初の巴図魯という名誉ある地位へ就かれました少佐の熱い意気込みが伝わってくる、素晴らしい講演で御座いました!それでは巴図魯殿の御友人にして伯爵令嬢でいらっしゃる生駒英里奈少佐より、花束の贈呈が行われます!」
そうして華やかな和装に身を包んだ英里奈ちゃんから花束を受け取り、深々と一礼する。
それはもう万感の思いだったよ。
その後には報道写真用に英里奈ちゃんと握手する所を撮影されたけど、「伯爵令嬢の英里奈ちゃんと公式の場で並んでも不自然ではない立場になったんだなぁ…」って改めて感慨深くなっちゃったね。
「おめでとう御座います、千里さん…」
だけど司会のお姉さんや来賓の皆さんの祝辞よりも、各新聞社のカメラのフラッシュよりも、耳元で囁いてくれた英里奈ちゃんの一言の方が遥かに嬉しかったよ。
こうして堺市役所との共催による市民講演会は、無事に幕を下ろしたんだ。




