第二章 「父と娘の公私の切り替え」
画像作成の際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
それ以来、私は日本と中華王朝を「二つの祖国」と呼び、両国の友好と繁栄の為に巴図魯として公務に励んでいるって訳だよ。
各地の中華街で開催されるイベントや式典に出席して現地の華僑コミュニティと友好関係を構築したり、黄檗宗や道教のような中華系の寺院やキトラ古墳といった日中の文化交流の象徴的な史跡に訪問させて頂いたり。
そして地元である堺県堺市においても、「巴図魯」という肩書きや「中華王朝の臣下になった日本人」という来歴が重要になる局面は少なからずあるんだよね。
例えば堺県や堺市が人類防衛機構との共催で行う「多文化共生社会」をテーマに据えた地域イベントに招待されて、講師として講演会やセミナーの壇上に立ったり、太極扇の演舞を披露したり。
まあ、これには私なりの父親孝行って意味合いも含まれているんだけど。
何しろ私の父である吹田陽太郎は、堺市役所に勤務する現役の事務職員だからね。
厳密に言えばお父さんの所属は広報課や地域振興課じゃないんだけど、同じ公務員としても娘としても協力は惜しまないよ。
「地域振興課にいる同期から話は聞いたけど、市民講演会の講師を快諾してくれたみたいだね。千里も忙しい身の上だというのに、本当に済まないね。」
「そんな事は言いっこなしだよ、お父さん。何しろ私は巴図魯として日中友好に尽力する事を中華王朝の王室に誓わせて頂いたんだからね。」
講演会の話が決まった日の夕食時には、こんな具合にお互い気楽な感じで話題にしていたんだ。
「そもそもこの堺県堺市は中世においては日明貿易の窓口として重要な役割を果たしていたし、今日でも中華王朝の連雲港市と姉妹都市提携をしている訳でしょ。日本人として初めて愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の臣下に任じられた私としても、そうした文化事業や国際交流には喜んで協力させて頂くよ。」
「千里も中華王朝の事になると、本当に熱が入るわね。お母さんも嬉しいわ、千里の功績が然るべき形で認められたんだから。」
誇らしげな母の笑顔を見ると、私も改めて嬉しくなっちゃったね。
ところが講演会の日程が迫るにつれ、父に段々と恐縮されるようになってきたんだ。
「へえ〜、今日はお父さんの方が先に帰ってたんだね。」
「あっ…やあ、千里…」
実家で顔を合わせる度にこれだから、もう参っちゃったよ。
まあ、それも無理はないだろうな。
何しろ講演会の打ち合わせの為に堺市役所へ来庁した私は、巴図魯としての肩書きを全面に押し出していたのだからね。
護衛役の士官と臨時秘書を伴い、礼服として誂えた満洲服をビシッと着こなして拱手の礼を示す。
それは私としては大恩ある中華王朝王室への敬意と帰属意識の表明であり、人類防衛機構としては適切な要人警護でしかなかった訳だよ。
だけどお父さんとしては、十七年間育てた娘が「他国の貴人」という普段と全く異なる立場で現れたのだからね。
そりゃ戸惑うのも無理はないよ。
講演会前後の期間限定で地域振興課に出向していた間は、本当に落ち着かなかっただろうな。
市役所の上層部としては「実の父と娘なのだから、お互いに気心も知れていてやりやすいだろう」という心遣いのつもりなのだろうけど、当人にしてみれば逆効果なのだろうな。
「全く困っちゃうなぁ、お父さんは…家の中では普通に親子として接してくれても良いのに。お母さんもそう思うでしょ?」
「男親というのはそういう物なのよ、千里。たとえ頭では分かっていても、公私をスパッと切り替えるのはそう簡単じゃないの。まあ、慣れれば難しくはないけどね。」
この時にお母さんの言った「慣れ」という一言は、なかなか正鵠を射ていたと思うんだよ。
何しろ私の母である吹田万里は少女時代に人類防衛機構の下士官である特命機動隊へ志願入隊し、今でも予備准尉として軍籍を保有しているからね。
つまり人類防衛機構における私と母は、上官と部下という具合に立場が逆転するんだ。
私が少尉階級の特命遊撃士として支局に正式配属された中一の四月からずっとこうだから、公私の切り替えはお互いに慣れっこだよ。
だけど私が中華王朝によって巴図魯の官職に取り立てられたのは、つい最近の話だからね。
私自身も若葉マーク付きの巴図魯という自覚はあるけれども、お父さんはそれ以上に慣れていないんだもの。
そこで堺市との共催による市民講演会が終わるまでの間だけ、実家を離れて支局の宿直室に連泊する事になったんだ。
要するに、物理的に公私を分けちゃうって事。
今までだって、連勤の日とかに支局の宿直室で寝泊まりする事は何度もあった訳だからね。
そして、これが良い感じに功を奏したんだよ。
どうもお父さんの中では、「実の娘で特命遊撃士をしている吹田千里少佐」は支局に詰めていて、講演会の壇上で熱弁を振るっている満洲服姿の私は「中華王朝の貴人である巴図魯殿」という具合に切り替えが出来たみたいなの。
それで講演会を終えて二日程のクールダウン期間を明けて実家に帰ったら、お父さんも普段通りに私と接する事が出来たんだよね。
「今回は支局で連泊出来たから良かったけど、毎回あんな芸当が出来る訳じゃないんだよ。宿直室は元々、勤務の疲れを癒す為の仮眠や連勤の時の為にあるんだからね。」
「悪かったよ、千里。これからはお父さんも、お母さんや千里を見習って公私の切り替えに慣れないとなぁ…」
こんな具合に面目なさそうに苦笑するお父さんを見ていると、娘としてあまり強くは言えないんだよね。
たとえ私がどんなに立身出世して立場が変わっていったとしても、男親としては何時まで経っても娘は娘なんだろうな。




