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古鎖の監獄船2

 翌朝。

 船室の壁に33本目の線を刻む。

 この世界に転生させられてから33日が経った。

 33日前。忘れるはずがない。

 俺が一度死んだ日。殺された日。

 深夜の地下鉄のホーム。最前列で電車を待っていた。

 電車がホームに入ってきた。いきなり背中を押された。線路に落ちた。

 すぐに立ち上がろうとした。顔を上げた。目の前には電車。鳴り響くブレーキ音。

 衝撃――そこで記憶が途切れた。

 誰に突き落とされたのかは分からない。

 闇金の仕事だ。恨みはそれなりに買っている。

 とはいえ殺されるほどの悪行をしてきたとは思わない。

「生き返りたければ、他の6人の転生者を殺しなさい」

 そう言ったのは、琵琶みたいな楽器を持ったあの奇妙な女。

 俺はやってやると答えた。

 生き返って俺を殺した奴を突き止める。絶対に許さない。

 ところがどうだ。

 目を覚ますと両足は鎖で繋がれていた。

 囚人として監獄船に閉じ込められていた。

 元の世界ですら刑務所に入ったことはないのに。

 意味が分からなかった。他の転生者を探すどころじゃない。

 残りの刑期は約1年。このままでは監獄船から出られずに時間切れだ。

 この身体の元の持ち主――ヒースは貴族の屋敷で盗みを繰り返して捕まった人間の男。

 年齢は俺と同じ30。性格は自信過剰。盗みの才能がないのに義賊を気取るただの間抜け。

 監獄船にぶち込まれるのは3度目。刑期の短縮は望めない。

 ならば脱獄するしかない。

 監獄船から抜け出さないと何も始められない。

 俺は静かに刑期を務めた。ひたすら待った。チャンスを伺った。

 そのチャンスがようやく来た。

 まずはあのドワーフどもを出し抜く。


 昼。

 造船所の事務所。

 オークの大男とドワーフの2人が拡張工事の話をしている。

 囚人たちはそれを黙って聞いている。口を挟む奴はいない。

 扉の脇には看守がひとり。

 俺はドワーフ2人に眼を戻す。

 監獄船は夕方から朝まで海の上にある。脱獄は不可能。

 足枷の鎖が邪魔だ。看守の眼を盗んで海に飛び込んだとしても溺れ死ぬ。

 昼間の作業中は看守に加えて衛兵の監視がある。

 脱獄のためにクリアする条件は二つ。

 看守と衛兵がいない状態。

 足枷の鎖を外す方法。

 この二つをクリアできれば脱獄の可能性は高まる。

 明後日には本格的な工事が始まる。

 ドワーフの工夫たちも増える。監視の眼も増える。

 脱獄のチャンスは消える。

 今日と明日。猶予は二日。

 後のことは考えない。今はどうでもいい。

 とにかく自由の身を手に入れる。

 そのために使えるものは何でも使う。

「おい」

 怒気をはらんだ声。顔を上げる。

 目の前にドワーフが立っていた。名前はスレイ。

 もう一人のドワーフ――クインは黙ってこちらを見ている。

「なにか?」

「お前、話聞いてんのか?」

「ああ」

「お前の割り振りは?」

「壁の解体」

「聞いてんなら返事しろ」

 頷く。

 スレイの眼。イラついた眼。

 クインの眼。落ち着いた眼。

 俺は手を挙げた。スレイの眼を見た。

「なんだ?」

「解体作業でひとつ提案がある」

「言ってみろ」

「壁を見ながら話したほうが分かりやすい」

 スレイがクインを振り返る。

 頷くクイン。

「よし。じゃあ行くか」

 スレイがオークの大男に顔を向ける。

「ゲイツさん、この囚人を少し借りてもいいかい?」

「ああ。衛兵をつけよう」

「いらんよ。足枷つきの人間ひとり、俺とクインでどうにでもできる」

 正しい。俺の身体能力ではドワーフの筋力に太刀打ちできない。

 オークの大男が俺を見る。鼻を鳴らす。

「他の4人はどうする?」

「ひとまず作業場に戻してくれ。何かあれば、また後で集める」

「分かった」

 スレイがクインを見る。

「クイン、行くぞ」

「はい」

 クインが立ち上がる。

 スレイが俺を見る。扉を顎でしゃくる。

「先に行け」

 頷く。立ち上がる。足枷の鎖が軋む。

 事務所を出た。

 造船所の外に出る。

 外壁を回り込むように進む。解体個所は反対側。東側の壁。

 ゆっくりと歩く。

 背後でスレイとクインが今後の話をしている。

 二人の関係性は先輩と後輩。言葉遣いと雰囲気。

 スレイはやや粗暴。兄貴肌。仕事熱心。

 クインは真面目。従順。仕事熱心。

 書類の束をめくる音。

「ここの導線、もう少し整えられると思うんですけど」

「ん、どれだ?」

「ここです。廃材置き場がここで……こことここが、こう……」

「確かに悪くねえ案だが……こっちの作業場からはどうするんだ?」

「だから、ここに仮置き場を設置して中継点を作るんです。そうすれば、こことここでルートが、こうなるわけで……搬入と積込の時間も短縮できるんじゃないかと……」

「なるほど……だが、もうひとつ問題が増えるな」

「はい。衛兵の数を増やさないといけません」

「作業効率と人件費。どっちを取るかだな」

「ですね」

「……よし、分かった。衛兵の件は俺がゲイツさんに掛け合ってやる」

「ありがとうございます」

「お前は今夜、この案を親方に話せ」

「はい!」

 外壁の角を曲がる。

 東側の壁に到着。

 俺は壁に片手を突いた。ドワーフ2人に振り向く。

 この場にいるのは俺たち3人だけ。他には誰もいない。

 脱獄に至る条件をひとつクリア。


次回『古鎖の監獄船3』


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