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古鎖の監獄船3

 しばらく沈黙が続いた。

 スレイが腕を組む。壁にもたれかかる。

 クインが書類の束を抱え直す。

「……で?」

 スレイが口を開く。

「どういうつもりだ、お前?」

「あ?」

「あ? あ、じゃねえだろ」

 ドスのきいた声。

「解体作業の提案だぁ? 舐めてんのか?」

 俺は思わず舌打ちを漏らした。逆に釣り出された。

「じゃあ、なぜここに来た?」

「馬鹿野郎。訊いてんのはこっちだ。つまんねえ嘘吐いた理由を言えっつてんだよ」

 確かに舐めていた。

 軌道を修正する必要がある。

 首をこきりと鳴らす。

「あんたたち、金の流れには納得してるのか?」

 眉をひそめるスレイ。クインを見る。

 クインが頭を掻く。

「それ、キックバックの話ですか?」

 頷く。

 労働組合は今回の工費を抑えるために人件費のかからない囚人を使っている。

 代わりに組合は監獄船にキックバックを支払う。

 施工主のドワーフたちに支払われる金額は必然的に減る。

「気持ちのいい話じゃないだろ?」

 スレイが嗤う。

「今さらかよ」

 クインが頷く。

「座組の件は親方と組合の間で話がついてます」 

 俺は首を横に振る。

「それだけじゃない」

 事実の上に嘘を積み上げる。バランスを崩すな。

「上流はもっと歪んでる」

「……どういうことですか?」

 クインが食いついた。

 ひと呼吸置く。

「組合はあんたたちもただ働きさせるつもりだ」

 スレイが嗤う。

「できるわけねえだろ」

「できるさ」

「……どんな方法で?」

 またクインが食いついた。

 ひと呼吸置く。

「工事が終盤に差し掛かった辺りで、囚人の一部が暴動を起こす予定になっている。工事中の囚人を管理するのはあんたたちだ。責任を取らされる」

 スレイが嗤う。

「賠償金でも払わされるってか?」

 頷く。

 クインが顎を撫でる。

「……あり得ないですよ。工事期間が延びるだけです。どの道、追加で費用がかかります」

「拡張工事だけで見ればな」

「どういう意味ですか?」

「連中の狙いはもっとデカい金を引っ張ることだ」

「どこから?」

「参議会から」

 スレイが腕を組み直す。笑みが消えた。こっちも食いついた。

「なんで参議会が出てくるんだ?」

 ひと呼吸置く。

「組合は老朽化の進んだ監獄船を廃止し、港の端に大型の刑務所を作ろうとしている」

「老朽化が問題なら、新しい監獄船を作ればいいだけじゃねえか」

「参議会から拒否された。既存の古い客船を流用すればいいと」

 クインが書類の束を抱え直す。

「だとしても監獄船そのものを廃止する理由は何ですか?」

「港に刑務所を作れば、囚人をもっと効率よく管理できる。監獄船の運用は管理側にとっても、あんたたちが考える以上に負担が大きい。連中も監獄船にはうんざりしてるんだよ」

 ひと呼吸置く。

「それに刑務所が港にあれば、囚人の作業時間を1日あたり2時間は伸ばすことができる。港の労働組合も願ったりだ。もっともこれは裏。表向きは囚人をより人道的な環境で扱うため、ということになってる」

 クインがこめかみを掻く。

「そのために囚人の暴動を利用するということですか?」

 頷く。

「あんたたちは巻き込まれたのさ。割を食うことになる」

 スレイが壁から背中を離す。

「……で、なんでお前がそんなこと知ってんだ?」

「監獄船で看守長とゲイツが話しているのを盗み聞きした。偶然だがな」

 クインが俺の眼を見る。

「……何か証拠はあるんですか?」

 頷く。

 ひと呼吸置く。

「看守長の部屋に計画書がある。監獄船の中だ」

 スレイが俺の眼を見る。

「なんで俺たちに話した?」

「あんたたちが真っ当な職人だからだ」

 沈黙。

 スレイがクインに歩み寄る。耳打ち。何を話しているかは聞こえない。

 何度か俺に視線をくれるスレイ。

 神妙な顔で何度も頷くクイン。

 クインが首を横に振る。

 スレイがクインの背中を叩く。

 クインが首を縦に振る。不承不承。

 スレイが振り返る。俺に歩み寄る。

「その計画書を盗むことはできるか?」

「任せろ。盗みは俺の専門だ。明日には持ってきてやる」

 スレイが顎髭を撫でる。

「ぶち込まれてる盗賊がよく言うぜ。失敗したらどうするつもりだ?」

「明日、俺が監獄船から生きて降りることはないだろうな」

 ひと呼吸置く。

「ひとつ頼みがある」

 スレイが眉をひそめる。

「なんだ?」

 俺は足元に視線を落とした。

「足枷の鎖を付け外しできるようにしてくれ。盗みの邪魔になる」

 スレイが顎髭を撫でる。しばしの沈黙。

「夕方、お前が監獄船に戻る直前に事務室へ呼ぶ。そこで足枷に細工してやる」

 頷く。

 スレイがクインに振り向く。

「戻るぞ」

 クインが頷く。

 俺は先に立って歩き出した。足枷の鎖が軋む。

 脱獄に至る条件のふたつめをクリア。


 夜。監獄船の甲板。

 夕食後、囚人たちに与えられた僅かな自由時間。

 多くの囚人が甲板に出て、思い思いに時間を過ごす。

 周囲には看守たちの監視の眼。

 俺は船央近くの縁に肘を乗せる。ここの縁が一番低い。

 暗い海。

 その向こうに見える『フォートネクサス』の街の灯り。

 自由の灯り。

「よお、ヒース」

 二コラが左隣に立つ。夕食時に声をかけておいた。

 縁に肘を乗せる二コラ。

「来てやったぜ。で、美味しい話ってのは何だ?」

「明後日からの作業の件だ」

「おっ、いいねえ」

 二コラが無邪気に笑う。

 俺は周囲を伺った。他の囚人や看守との距離。問題はない。

 二コラに向き直る。

 俺は二コラの右肩に左手を乗せる。

「二コラ、耳を貸せ」

「おう、なんだ?」

 思い切り引き寄せる。右膝を二コラの鳩尾に叩き込む。

 くの字に折れる二コラ。

 俺は二コラの右脇に頭を滑り込ませた。

 傍目には俺が二コラに頭を抱えられているように見えるはず。

 すかさず大声で喚く。

「何をするんだ、二コラ! やめろ!」

 身体をじたばたと動かす。

 周囲で人が騒めく気配。

「貴様ら、何をしているんだ!」

 看守の怒声。

 今だ。俺は二コラの身体を持ち上げた。勢いそのままに縁に向かって倒れ込む。

 縁を乗り越える。視界がひっくり返る。落ちる。暗い海に真っ逆さま。

 水面にぶつかる衝撃――音と光が消えた。


次回『夜の黄昏亭5』


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