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後日談4 新生活

 「ほら、みぃ。明日これを区役所に持って行けば、俺達は夫婦だぞ」


 そう言って保がテーブルの上にに置いたのは、私達の婚姻届だ。

 既に私達の署名は入っていて、親の署名をもらうために実家に送ってあったものが今日送り返されてきた。


 「そうだな。

  保が私の…だ…旦那様になるのか」


 頬が熱い。

 もうこのような会話は何度もしてきたというのに、どうしてこうもいちいち照れずにいられないのか。


 「そうやって照れてるみぃを見るたび、嬉しくなるよ。

  永年の夢がようやく叶うんだなって」


 既に聞き慣れたはずの言葉ではあるが、赤面を免れない。

 保の方も、私がそうなることを知っていて、それを見たいがために言ってくるのだからタチが悪い。


 「いい加減、私で遊ぶのはやめてもらいたいものだ」


 「遊ぶだなんて人聞きの悪い。

  みぃが可愛いすぎるから、じゃれてるだけさ。

  なにせ、みぃは滅多に気持ちを言葉にしてくれないからな」


 「そ、そのようなことを軽々しく口にできるか!

  私の気持ちなど十分知っているくせに」


 先日も、散々言わせたくせに。

 いつからそうだったのか、私にもわからないが、ずっと保と一緒にいたいと思っていたことは間違いない。

 いつの間にか婚約者にされていた時も、戸惑いこそあれど嫌悪感はなかった。

 結婚するなら、相手は保をおいてほかにない。それは、ごく自然に感じていたことだった。


 「みぃの気持ちは、そりゃわかってるけどな。

  俺は、ちゃんと言葉にしてほしいのさ」


 邪気なく保が言う。

 言っていることは理解できなくもないが、そんな軽々に言えるものではないというのに。


 「先日、散々言ったのだから、それで満足してほしいものだ」


 「何度でも聞きたいさ。

  まあ、無理矢理言わせたんじゃ価値が下がるからな、明日のお楽しみにしとこう」


 明日……初夜、か。

 今まで保なりに節度をもって私に接してきたのだろうが、夫婦になれば遠慮はしない、ということか。

 それは、夫婦なのだから、求められれば吝かではない…のだが…。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 「柄垣ちゃんって、いつ結婚したの~?」


 区役所では、窓口など常に開いていなければならない部署も多いため、一口に昼休みといっても同時には取れず、いくつかのグループに分けて、ローテーションで休憩を取る。

 そうなると、自然に一緒に昼食をとるグループができてくる。

 私は採用当初から結婚指輪を着けているので、周囲から不思議がられていた面があるのだ。


 「先日、結婚1か月を迎えました」


 「え!? それって、大学卒業()てすぐってこと!?」


 「ええ、そうです」


 「相手は? 大学時代から付き合ってたんだよね」


 「いえ、その…「違うの!? え、もっと前?」


 「はい、幼なじみでして」


 「幼なじみと結婚!」

 「そんな都市伝説、現実にあるんだ…」


 些か大仰な反応が返ってきて面食らう。

 幼なじみと結婚するのは、そんなに珍しいことなのだろうか。確かに私の周囲には該当者はいないが。


 「付き合い始めたきっかけって何?」

 「どっちから告ったの?」


 “こくる”というのは、告白のことだったか。


 「主人からです。

  高校2年の頃に、ちゃんと付き合っているという形にしないと、卒業したら一緒にいられなくなるからと」


 「きゃーっ、旦那さん、情熱的~!」

 「で、柄垣ちゃんはなんて返事したの?」


 「恥ずかしながら、突然のことに驚いて呆然としているうちに婚約者になっていました」


 「そこんとこ詳しく!」


 詳しくと言われても、本当に何がなにやらわからずいる間に決まっていたことで、むしろ私が説明してほしいくらいなのだが。


 「主人が母のところに話を持っていったらしく、いつの間にか婚約していました」


 「親!? 高校生で婚約しちゃったの!?」


 「そうです。

  2人とも大学はこちらでしたので、同居することになりまして」


 「大学時代から同棲してたんだ。親公認で!?」


 同棲ではなく同居なのだが…それを言うと、何が違うのかを説明する必要がある。それは好ましくないな。


 「生活費や家賃を安くすませるためという目的があったようです。些か下世話な話ですが」


 「ね、同棲してると、ご飯とかどうしてたの?

  柄垣ちゃんがいつも作ってたり?」


 「ええ、それは」


 「それって、もう結婚してんのと変わんないじゃん!

  すごいすごい、さすが親公認」


 何がすごいのだろう。


 「主人は料理はさっぱりですし、理系なので実験などの都合で時間も不規則でしたから。

  掃除や洗い物などの家事は率先してやってくれていましたよ」


 「もしかしなくても、柄垣ちゃんって大和撫子?」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 「…などと言われてしまった。

  うすうすわかってはいたが、私達の関係というのは、かなり特殊なのだな」


 夕飯の際、保に昼のことを話した。

 何がおかしいのか、上機嫌に笑いながら聞いていた保は、


 「そりゃ、あれだ。

  みぃの反応が可愛いからお姉様方にからかわれたんだよ」


とこともなげに言った。


 「私の反応が可愛い? どこをどうすればそうなる? あ、いや、保が夫の欲目で言うのは理解できるが、私は気の利いた返しなどできていないぞ」


 反論すると、保はまた笑う。


 「だから、そういうところだよ。

  面白いこと言おうとか、ウケを狙おうとか、そういうのなしに素直に答えるからな。

  そういう擦れてない素直さがみぃの魅力だよ」


 「世間擦れしていないという点については首肯せざるを得ないが、それは欠点ではないのか」


 「場合によりけりだよ。

  商談でもしようってんなら、欠点だけどな。

  馴れ初め訊かれてストレートに答えるんだ、そりゃ可愛いだろう。

  新婚なら、惚気て当然の場面だろ」


 惚気…私のあれは、惚気になるのか?


 「事実をありのまま答えただけなのだが…」


 「ありのまま答える人なんて、滅多にいないよ。

  みぃが言ったことは、俺がみぃにベタ惚れで必死になって口説き落としたってことだからな。

  傍から見りゃ、相当面白いだろ」


 「私は保を笑いものにしてしまったのか!?」


 それは、困る。保は大切な…その…夫、だ。

 保を傷付けることなど、私は望んでいない。


 「ああ、そんなんじゃないから、気にすんなって。

  これからも、普通に答えていいからな。

  まずいことなんて、みぃが話すわけないんだから、気にしなくていいよ」


 「正直、話していいのがどこまでかなど、私には判別しかねるぞ」


 「大丈夫大丈夫。

  話しちゃまずいようなことなんて、みぃは照れちゃって話せないようなことだから」


 照れて話せない?


 「それは…」

 「例えば、これから俺達がするようなこと」


これからというと、2人で入浴して、それからベッドで…


 「な? 考えるだけで目がグルグルになってるんだから、外で話すなんてことあり得ないんだって」


 籍を入れた日、名実共に夫婦になってから、保との距離は妙に近くなった。

 それを嬉しく感じてしまうのも事実だ。

 こうやって保に手のひらの上で転がされながら、私は生きていくのだろうと思う。

 それは、案外幸せな一生になりそうな気もする。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  にぶいの一言を突き詰めてテーマにしていて、面白かったです。  うまく本人が謎解きみたいに解き明かしていって、結果みぃちゃんの目がグルグル、言葉使いは硬いのにウブで可愛かったです! みぃと…
[良い点] 安定のラブラブ〜♡(*´艸`*)♡ この素直さに癒やされるわ〜(*´∀`*σ)σ
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