057 開墾 後編
開墾の続きです。
日が明ける頃には、私が初めに考えていた理想の広さ以上の大きな畑が出来上がっていたわ。
畑の開墾作業は息子さん二人がしっかりやってくれた。
インディくんはキョウさんに文句を言ったりしていたけれど、都度キョウさんに怒られて、それに渋々従うという姿が見られたかな。
綺麗に出来上がった畑を見たキョウさんは、また収納魔法の中に入ると、中から色々な苗を取り出していたわ。
「キョウさん、これらは?」
「これはねぇ、それぞれクレディル、フォルボー、プルマニア、カラシェ。いずれも薬草ですよ」
「薬草?」
「はい。貴方のお兄さんを治した薬の原材料です」
「え!?」
「ここでこれを生産して、街で売ったら利益が出るのではないかと思いまして。申し遅れましたが、私はこの西の地に拠点を構えて商売をしたく考えておりまして、貴方の畑を生産拠点として薬の製造を始めてみようかと考えたのです。つまり、私が畑作りに協力したのは、我々の先行投資でもあるのですよ。どうです?」
キョウさんの申し出は有り難いけれど、うちみたいな貧乏な家にどうして?
「あの、本当に私達が関わっても良かったのですか。そういうお話でしたら、村長さんとお話しした上で、ご自分の土地をお持ちになった方が自由に出来るかと思うのですが」
「良いんですよ。貴方がたの協力が有れば、ここを現地拠点として任せる人材を確保する手間が省けます。見ず知らずの我々に宿をお与え下さった貴女なら信頼できます。それではご不満ですか?」
「いえ、不満なんて。そんな。キョウさんが宜しければ、私は言うことはありません」
「では、商談成立ですね」
そう言って彼は右手を差し出した。
私はその手をしっかりと握った。
暖かい手。でも、とてもしっかりとした大人の男の人の手。
だけど、他の男の人と違って、いえ、私の手とも違うと思う。
とっても柔らかくて、綺麗な手。
私達はキョウさんの出した苗を植える。
キョウさんの話では土地に合うのかも分からないから、しばらく様子を見ながら観察記録というものを付けていくそうよ。
植え方が変わっていて、苗を一列に同じ間隔に空けて植えていくの。
空けてある分勿体無く感じるんだけれど、キョウさんが言うにはその方がしっかり苗に土地の栄養が行くから良いそうなの。たぶん、キョウさんが仰るのだから良いのだと思うけれど、こんな植え方は初めてよ。
薬の苗の他には染料の花の苗や、ハーブも色々と植えたわ。
他にはベリーの様な苗木や、キョウさんがこの村周辺で見つけたという葉物野菜や根菜類も植えたけれど、私には雑草にしか見えないから大丈夫なのかしら?
あと、キョウさんが実験的に育つかを見たいという作物だけを植える一角があって、そこに色々と植えていたわね。
それだけで全部が埋まるわけじゃないから、私の持っている麦や雑穀の種も綺麗に等間隔に植えたの。
朝の光が夜空を完全に追いやる頃には、私の畑はとても立派な農園になっていたわ。
「……本当に、なんて言って良いのやら」
「礼には及びません。畑作りはまだまだ始まったばかりです。暫く御厄介になりますよ」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いします」
私達は朝の仕事を終えて家に帰ることにしたわ。
途中、森の中に生える野草を幾つか拾ったりして帰ったの。
これまで私がただの雑草だと思っていたものの中にも、ハーブがあったり、葉物野菜が有ったりと、新しい発見が一杯だった。
キョウさんの知識には驚くばかり。
朝食は摘んできたハーブで作ったサラダという料理と、兎肉にハーブを沢山使ったスープが振る舞われたわ。
キョウさんと一緒に作ったんだけれど、キョウさんの持っている道具も素晴らしいもので、包丁やハサミという刃物はとっても切れ味が良くて簡単に調理できる道具よ。
昨日の今日でこの料理。
もう本当にこの生活に慣れたら、私達戻れなくなりそう。
気を引き締めないといけないと思いつつ、誘惑に負けてしまうわ。
朝食後は皆でご近所に挨拶回りをすることになったの。
兄が無事に回復したことと、キョウさん達が暫く滞在するということの挨拶として、一軒一軒回って丁寧に挨拶をしていったわ。
最初はみんな怪訝な顔や迷惑そうな顔を見せていたんだけれど、キョウさんが手土産と言って綺麗に包まれた干し肉を差し上げたら、みんな愛想良くなって。
この時期は食料が不足するから食べ物を貰えるって嬉しいものね。
でも、そんなに沢山配って大丈夫なのかしらと、半ば心配しながら見ていたわ。
挨拶回りを終える頃には日も高く昇ってからりと晴れ渡った空が広がったわ。
キョウさんは挨拶回りの帰り道で家にトイレという物を作るって話していて、その作業を始めたわ。トイレというものは私達の使っている便壺の事なんだけど、昨日は家財道具を出した際に便壺は外に置いて使いましょうって話で外に簡単な囲いをして置いたの。
だけれど、キョウさんはどうしてもトイレという物を作りたいそうなの。きっと素晴らしい物なのかもしれないけれど、便壺が素晴らしい物になると言われても、ちょっとピンと来ないのよね。
私はそれらはキョウさんのお好きなようにしてもらうこととして、洗濯板とタライを持って洗濯に出掛けたわ。
井戸では既に沢山の奥さん達が集まってジャブジャブと洗っていた。
普段ならもっと早くに私も出てきているものだけれど、今日は挨拶回りに出ていたから。
「あら、ジェシー。今日は遅いわね。何かあったのかい?」
ライルの所のバルナおばさんが洗濯しながら話しかけてきたわ。
元のご近所がみんな私達を避ける様になっても、バルナおばさんは全く変わらず相手をしてくれる。両親を亡くしている私達を一番親身に心配してくれたのもバルナおばさんだった。
「今日は兄が回復したのと、暫くお客様がうちに滞在するので、ご近所に挨拶をして回っていたんです」
「あら、シャインが治ったのかい!? それは良かったねぇ。うんうん。そして、お客さんは昨日の方々かい?」
「はい。お客様のお持ちの薬のおかげで治ったんです。お客様は暫く滞在したいというお話でしたので、うちで出来る精一杯のお礼として好きなだけ滞在して頂くことにしたんです」
「おやまぁ、そうだったのかい。それは良いご縁だったねぇ」
バルナおばさんは目を細めて自分の事の様に喜んでくれたわ。
私が洗濯を始めると、先程挨拶回りをしたご近所の奥さん達が私に話しかけてきたの。これまではこんなことは無かったから内心驚いていたけれど、刺々しい雰囲気が無く和やかに話しながら洗濯をすることができたの。
挨拶回りって大事なことなのね。
和やかな雰囲気の中、大した量も無い洗濯物を終えると、私は家路についたわ。
「ただいま」
私が家の中に入ると、ルードが駆け寄ってきたの。
「姉ちゃん、姉ちゃん!凄いんだよ!見てよ!」
そう言って私の手を引っ張るから、私はちょっと待ってと言って洗濯板とタライを片付けると、ルードに案内されてお風呂場の隣に出来た真新しいドアの前に来たの。
ルードがそれを開くと、そこには白い椅子の様なものが置かれていたわ。棚の上には葉っぱが置かれていて、奥には四角い大きな壺みたいなものが備え付けられているわね。
「姉ちゃん、これはね、この蓋を開けて座ってするんだよ!」
ルードがそう言って椅子に触れると、確かに蓋の様にパカリと開いて、中央に穴の開いた椅子が出てきたの。
私は弟に促されるままに座ってみたのだけれど、確かにこの姿勢は楽ね。
これまでの壺に跨っていたのを考えると。
「この葉っぱや奥の壺は何のためにあるのかしら?」
「葉っぱは拭くためだし、壺はね、姉ちゃんまず立って!」
そう言われて私が立ち上がると、ルードは壺の上から吊るされている鎖に触れたの。その鎖を少し上に持ち上げると、椅子の穴に水が流れたのよ。そして、弟が鎖を下ろすと水の流れが止まったの。どうなっているの?
「ルード、これは?」
「出したものを流すための水なんだって。流れた水は下の『じょうかそう』って所で臭くなくされて、土になっちゃうんだって。その土が溜まったら、畑に撒いて使うと『ひりょう』ってものになって、野菜がすくすく育つんだって!凄いよね!あとは、葉っぱと水だけ用意しておけば、いつも綺麗に使えるんだよ」
何がどうなっているのかは分からないけれど、家の中が臭くならずに使えるってことなのよね。こんなものが世の中に有ったなんて……東方は進んでいるのね。
教えてくれたことに礼を告げてから、家に居ないキョウさん達や兄の事を尋ねたの。
兄は挨拶回りをした後で、自分一人でも世話になっていた先や職場の方に挨拶に向かったそう。
……兄が動ける様になって本当に良かったわ。
私が亡くなったとしても、これでルードが背負うものは無くなったもの。
兄もうずうずしていたから、挨拶して回りたい気持ちは分かるわ。
キョウさん達については、トイレを作り終えてから畑の方に出掛けたそう。
わざわざ様子を見に行ってくれるなんて、本当に有り難いことね。
ルードはその後すぐに森へ行ってくると言って出て行ったわ。
私は微笑んでそれを見送ると、私のしなければならないことを終えることにしたの。
繕い物も溜まっていたから、繕い物をして、その後は内職の縫物を始めたわ。
その作業に集中していたら、昼頃にはみんな帰って来た。
新しい立派な農園が出来ました。
キョウからは薬の販売を持ち掛けられ、彼女はそれに乗ることにしました。
洗濯場では挨拶回り効果もあって、これまでの冷たい雰囲気が和らぎました。
そして、家に帰ってみればトイレが出来ていました。
弟も大喜びです。
次の話は再びキョーコさん視点に戻ります。




