051 家族サービス
水源の洞窟のお話の続きです。
帰り道の途中、洞窟の入口付近の崩壊している部分をどうするべきか考えていたんだけれど、このまま使えないのも不都合があるし、とりあえず直すことにしたの。
「キョーコ、すまないが生まれたばかりの俺にはまだ安定した力が無い。ここの修復は無理だ」
インディがとてもすまなそうに話すから、私は彼の頭を優しく撫ぜて首を横に振ったわ。
「ううん。良いのよ。それくらいは私が出来るから。少し離れていて」
「そんなことが出来るのか?」
「まぁ、見てなさいよ」
私は壁に手を付いて意識を集中する。
洞窟の出口までの構造を思い浮かべ、元の天井高になる様にくり貫いて補強をする感じで思い描き、それを元に錬成したわ。出来上がった洞窟はまるで地下鉄のトンネルみたいに綺麗に整備されちゃって、入り口付近と奥とのギャップが激しいかしら。
アレ? どうしてこうなった?
「……凄いな」
「そうだ、主は凄いのだ」
インディが素で驚いた顔をしているわ。
その隣でパトラッシュがとっても自慢げにニンマリと笑顔を浮かべている。
その顔を見てインディがパトラッシュの横っ腹に肘打ちをくらわしているのが見えたわ。もろに受けてパトラッシュは腹を抑えてしゃがみ込んで唸ってる。
私は溜息を吐いたわ。
「ちょっと、私をもとに喧嘩は止してよね。パトラッシュ、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ……なのだ」
必死に我慢して立ち上がるパトラッシュ。
それに対してぷいっと腕を組んで横を向くインディ。
うーむ。まぁ、すぐには仲良くはなれないわよね。
「インディ、仲良く出来るわよね?」
私はインディを見つめた。
ぷいっと横を向いたままのインディの顔に次第に脂汗の様な滴が浮かんでくるのが見える。
それでもそのままの姿勢を維持するのは意地かしら。
「……いいわ。すぐに仲良くするのは無理なことくらい分かってるから。でも、家族として助け合う心くらいは持っていて欲しいと思っているの。これは私の願いよ」
「お前は何を言っているんだ」
私の言葉を聞いて不思議そうに私の方を向いたインディ。
身構えていたはずが予想外の言葉に戸惑っている様子ね。
「普通の事を話しているまでよ。家族っていうのはそうあるものなの。貴方が困っていたら、私は何を置いても助けるわ。それが親の心というものなの。同様に子供も家族を大事にするものなのよ」
「……そうか」
私はそんなことを自分で言っていることに内心苦笑していたわ。
私が母から教わったことだけれど、こんな話をする日は来ないって思っていたもの。
確かに母はそんな人だった。
最後まで自分の事より私達の事を心配し続けて。私には正直それほどの覚悟は無いって思いながら、彼女の最後の時まで付き添ってお世話することしかできなかった。親孝行らしい事なんて、結局何も出来ず仕舞い。
不甲斐ない息子よ。ほんと。
それが何の因果かしらね。
相変わらず横を向いたままだけれど、あの返事は理解する気が有ると見た私は笑顔で頷くと、再び歩き始めたわ。
出来上がってしまった洞窟は、……出来てしまったものは仕方ないとして、水神様の神秘として片付けることにしたわ。都合が良いって? そうよ、使えるモノは使うのよ。
キャンプ場所に戻った私達は今後の計画を話し合ったわ。
生贄の問題については、水神であったインディが居なくなった以上終わらせなくてはいけない。
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど良いかしら」
「なんだ」
「何故、ラズウルド山脈の中に人間を立ち入らせたくなかったの?」
インディは私の問いに、暫く私の目を見たり伏せたりの繰り返しをして逡巡していたわ。
私は急かすことなく彼が話してくれるのを待っていたの。
「……魔王様との盟約により、俺はあの地に縛り付けられていた。俺の役目はラズウルドに人間達を立ち入らせないこと。それ以上の理由は知らぬ」
「魔王がラズウルドを保存していたわけね。でも、あそこには神の封印があったのは知っている?」
「あぁ。知っている」
「そう。だとしたら、魔王は神の封印を破らせないために保護していたということね。とすると、貴方の役割は既に無意味よ。私が封印を解除しちゃったもの」
「……そうか」
魔王の目的が分かったからには、ラズウルドの意味はもはや無いって結論なんだけれど、なんか引っかかるのよね。
神の行動も魔王の行動もなんだか噛みあっていないような違和感。それが何なのかは分からないけれど、あの場所が人に荒らされない方が良いって気もしているのよね。
それは私達の始まりの場所だったからかしら。
古巣を荒らされたくない的な。
これはもしかしたらインディも感じることかしら。
「インディ、ラズウルドへ人間を行かせない戒めを与えることは出来ると思うわ。貴方はそうしてほしい?」
「へ?」
「あなたにとってラズウルドは故郷でしょう? なら、大事にしたい気持ちも分かるのよ」
彼は自分の予想外の答えが返ってきて困惑している様子ね。それでも自分の中で私の言葉を吟味するかの様に考えている様だから、彼の答えを待ったわ。
「……可能なのか?」
「たぶんね。私もまだ試したことが無いから分からないけれど、方法はある。あなた次第よ」
「そうか。ならば、試してほしい。俺もあの地が荒らされるのは見たくない」
「そう。分かったわ」
私は笑顔で請け負ったわ。
彼は私の言葉を聞いて静かに微笑んだの。
そうよ。子供はそういう顔をするものよ。
その後は日が暮れるまで二人のための用意をしたわ。
人の姿になった二人のために子供用の食器を河原で錬成して、二人のための寝袋も用意して、下着や肌着やパジャマ代わりのスウェットに、この世界の住人っぽく見えるベージュ色の生成り生地のズボンにシャツとチュニック。あとは物を入れられる兎革のバッグを二つ。
「主、こんなに貰って良いのか!」
「貴方達の為に用意したんだから、良いに決まってるでしょう?」
パトラッシュは私から色々な物を貰えることが嬉しいみたいね。笑顔でキャッキャとはしゃいでいるわ。それに対してインディの方はというと、ずっと私の作業を食い入るように見ているのよ。大人しく。
「どうしたの? さっきからずっと私の事を見て」
問われた彼は慌てた様子でぷいっとまたそっぽを向いたわ。
私は一つ溜息を吐いた。
「別に見ていることが悪いと咎めるつもりはないの。何か私に言いたいことでもあるの?」
彼にそう問いかけると、横を向いていたのをやめて私の方へ向き直ったわ。それでも何か覚悟が要るのかじっと私の目を見ているの。どうするのかと待っていたら、意を決したようで口を開いたわ。
「お前の魔法、普通じゃない!俺の知っているものと全く違う。特にあのガレージという魔法はなんだ!? あんな非常識な魔法は見たことが無い」
何を気にしているのかと思ったら、そんなことだったのね。
「そこが気になったのね。ガレージは空間魔法。時間と空間を操作する空属性の魔法よ」
「時間と空間だと!? 世界にあるのは土、水、火、風、そして光と闇の6属性であろう」
「確かにそれらがあることは確認しているわ。でも、現に私が使える以上、存在しているのよ」
「それに、お前は破邪の結界を扱える。聖職者でもないのに何故使えるのだ」
「あら、聖職者である必要があるのかしら?」
「は?」
彼は眉根を寄せて一際理解できないという顔を見せたわ。
確かに私も何故使えると問われると困るのよね。
使えたから、としか言えないじゃない?
「私は宗教なんて興味が無いし、そもそも魔法とも縁の無い世界に暮らしていたわ。もっと言えば、一般的な人間の慣習からすれば外れた生き方をしている自覚もあるわね。そんな人間でも、この世界の魔法の原理を理解していれば使える。ただそれだけの話よ」
「原理だと?」
「そうよ。聖職者であるかどうかというよりは、如何に的確なイメージを描けるかが重要な様ね。ただ、私がこの世界について知らないことは山ほどあるから、もしかしたら種族的制約で使えないだとかの禁則条件が有るのかもしれないけれど、少なくとも私には使えるってことだけは言える」
「……滅茶苦茶な理由だな」
「そう? 割とシンプルな話だと思うわよ。それで、貴方は私の魔法に興味があるってことで良いのかしら?」
「え」
「だって、気になるからずっと観察していたんでしょう?」
「……」
インディは話して良いのか気まずそうに目を伏せて、手を組んだり動かしたりと落ち着かない様子。私は暫く彼の決意が固まるのを待ったわ。毎度この繰り返しだけど、彼は私の言葉を理解しようと考えてくれるから、私としてはそんな彼の反応を暖かく見守りたい気持ちになるのよ。そのうち互いを理解出来る様になれる日が来ると良いなって。
「……どのように魔法を詠唱しているのだ。人間が無詠唱で魔法を使うなんて聞いたことが無い」
「詠唱? 無いわよ」
「……そんな馬鹿な」
有り得ないと驚愕の表情を浮かべる彼。
なんだかんだと結構表情豊かね。
何はともあれ、どうやら彼の知っている人間について、より深く知る必要が有りそうね。
「ねぇ、貴方の知っている人間やこの世界に関する知識を教えてくれないかしら? 私は代わりにあなたが知りたい魔法の秘密を教えてあげるから。どう?」
「……そんなもので良いのか? 魔法の知識というものは他の者にそう易々と教えて良いものではないのだぞ」
なるほど、彼が先程から逡巡したりしていた理由はそこなのね。確かにその前提条件があったならば、赤の他人に秘密を教えろと言う非常識さが分かるかしら。彼は魔物にしては真面目な考え方をしているのよね。常識的であったりルールを重じたり、水神の件を考えても誠実ですらあるのかも。
こんなに生真面目な彼が嘘をついていないかどうかの保証はないけれど、律儀な彼の性格を思うと、思わずニンマリしてしまうのは私だけかしら。
「そうなの? じゃあ、この場合は家族サービスってところかしら」
「家族サービス?」
「そう。身内の中だけの秘密ってことよ。理解できて?」
「……分かった。その条件を飲もう」
「条件って……、まぁ、話は食事の後にしましょう」
私は夕食の用意をしたわ。
ガレージから兎のステーキを出して鉄板で焼いて野菜のスープといういつもの定番メニューなんだけど、インディはとっても喜んでお代わりまでしていたわ。パトラッシュも私と一緒に座って食べられることを喜んでいたわね。
食後はインディからこの世界のことや、人間達の文化や技能といった話を色々と教わったわ。
彼の話から分かったんだけれど、やはりというべきか人間の文明レベルは高くないわね。中世くらいの文化レベルに魔法という技術が違う方向の進化を促した感じかしら。便利な技術が有れば、わざわざ科学を使おうだなんて思わないものね。
とはいえ、これで必要最低限の知識は入ったかしら。
……ようやく村への扉が開かれた様な印象ね。
彼には約束通り魔法についての私なりの理論を教えたわ。
彼は私の説明を聞いて目を丸くしていたけれど、実際に実践させてみたら出来たことで理解した様ね。それからは私と彼とパトラッシュも一緒に魔法の練習をしたわ。
あの巨竜ラズウルドオルムであったインディからすれば、理解をすれば容易い様ね。それと比べるとパトラッシュは暫く練習が必要そうかしら。それでも空魔法についてはインディも使えなくて悔しがっていたわね。
……そりゃ当然よ。
あの魔法は慣れないと使い勝手悪いもの。
二人の顔が魔力的にも辛そうな表情になってきた辺りで切り上げて、バスタブを出して一緒にお風呂に入ったわ。小さい姿になっても二人の腕力自体は常人離れしていた様で、三人で持ってガレージから出してこれたの。頼もしいわね。
二人にパジャマ代わりのジャージを着せて寝かしつけたから、私は明日への準備に取り掛かったわ。
インディとの会話に心和んでいるキョーコですが、彼の話からこの世界の事を色々と知ることが出来ました。ようやく村へ出て行ける準備が整った様子です。
次は少し視点が変わります。




